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最後の色  作者: するめいか英明
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第4話

 人々はみな杖をついて歩く。まだ物の位置を把握したり大きな文字を視認したりする程度には目が機能していたが、杖は便利だ。物理的に足場の細かな起伏を確認できることもその有用性の1つだが、何より多機能だ。データの送受信が手軽に行えるので仕事にも私生活にも役立つ。今や信号が廃止された横断歩道を渡って良いタイミングも杖が振動で教えてくれる。杖は人々の生活になくてはならない存在である。


 色覚障害が問題視された当初は自動歩行器を開発しようとした会社もあった。信号を認識する機能をつけておけば交通事故が減らせると考えたためだ。しかし足のみに固定をする機器では歩行や停止を行うたびに膝や腰に負担が掛かり、また機器の死角となる方向から物が衝突してくる際には逆に回避行動を取れなくしてしまう。様々な問題を抱えたまま、商品化の道は途絶えた。全身を覆う型の自動歩行器もあったが、機能性において著しく問題がありすぐに廃れた。結局は杖にいくつかの機能をつける方が快適だったのだ。


 犬に歩行補助を行わせるよう訓練する事業も数多くあり、多くの国が支援していた。それは確かに成功だったらしく、当時は街中で犬を見掛けたのだと何かで読んだことがある。しかしそういった事業は僕が生まれるより20年くらい前になくなってしまった。犬を訓練することのできる人間がいなくなったからである。ただ犬を家で飼うのと違い、人間の歩行補助を行えるような特殊技能を犬に教えこむには結局のところ、人間の目が必要なのだった。


 会社に着くと、僕は仕事を始めた。全ての機器は視覚に過度に頼らない設計になっており、たいていの仕事は滞りなく行われる。というのも昔の人間が行っていた仕事は大部分が機械で自動化されているからだ。人間の補助を目的とした犬の訓練のように人間の介入が不可欠な仕事を除き、昔よりずっと楽に働ける環境になったと思う。


 とはいえ人は普通にミスをする。僕は少しばかりの不注意で周りに迷惑を掛けてしまった。過去の失敗を頭の中で反芻させても仕方ないのだが、僕はそこまで気持ちの切り替えのうまい方ではなかった。こんな時は何か気分転換でしたいところだ。そんなことを考えていると、帰りの電車でも行きと同じ広告を目にした。


 そうだ、すっかり忘れていた。妻と一緒にこの映画を見よう。恐らくこれが最後の映画になるだろう。僕はそう思った。最近は映画館がどこも満席なので、早いうちに予約をしておこうと思った。もちろん妻の予定を確かめてからだ。電車が駅に着くと、僕ははやる気持ちを抑えつつ足早に家路を歩んだ。


 玄関を開けると食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。妻は僕を笑顔で出迎えつつも少し驚いた表情をした。それもそうだろう、駅から早足で来たものだからいつもより帰宅が3分も早い。僕ら会社員は多くが定時に仕事を終え、決まった時間の電車に乗り、決まった速度で歩いて帰る。電車の運行が乱れることもなければ、横断歩道が通行止めになることもない。今もまた、交通事故とは無縁な社会なのだから。


 僕が早足で帰ってきたことに気付いている妻は、きっと何か良い知らせがあると思ったのだろう。とても機嫌が良さそうだった。そのまま妻の予定を確認しようとすると、今度は僕が驚いた。妻が僕に見せてきたのは、あの映画のパンフレットだった。妻もまた、同じことを考えていたようだった。

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