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最後の色  作者: するめいか英明
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第1話

「あなたは最後に何を見たいですか?」


 通勤電車に揺られながら、漫然と広告を眺めていた。とはいえ、この薄く消えかかった広告はもう見飽きるほど目にしており、半ば通勤時の惰性として目を向けてしまっているだけであった。


(最後に見たいもの、か――)


 朝の通勤時間、「灰色」の車内で、僕はぼんやりと思いを馳せた。


 子供の頃、祖父や祖母は僕に会いに来るたびに花や果物を持って来てくれた。花には大して興味がなかったが、果物はとても美味しかったので僕はいつも大喜びだった。僕の喜ぶ顔を見て、祖父も祖母も嬉しそうだった。一昔前だと花や果物を持って行くのは病人のお見舞いと相場が決まっていたようだが、今ではその限りでない。祖父や祖母は元気が取り柄だった僕に、どうしても「色とりどり」の花や果物を見せたかったのだった。


 120年ほど前、眼科医によってとある異変が報告された。それは当時あまり話題にもならなかったが、後に歴史の教科書に載るほどの出来事として取り上げられ、今では社会の常識となっている。その異変とは、人々の色覚――すなわち色の識別能力――が下がっているということだった。


 その報告が脚光を浴びるようになったのはそれから20年ほどしてからだった。歩行者の信号無視による交通事故が多発した。自動車に自動操縦機能が加わってからというもの、歩行者が信号を守る限り交通事故は一切起こらないものであったため、中には「交通事故」という文字自体あまり目にすることはないご時世だった。連日新聞に載る交通事故のニュースは人々を大いに不安に駆り立てた。信号が見にくいという指摘はそれ以前からもあったため、人々は道路を管理する行政へ避難の眼差しを浴びせた。しかし程なくして、交通事故の多発が各国で同期していることが取り上げられた。その時にようやく、世間は人々の色覚が抱える異変に目を向けたのだった。


 新しい病気だろうか? もちろん何らかの病気で色を識別しにくい人もいるが、そういった人たちの比率が増えたわけではなく、各国医療機関で検査をしていった限り全ての人間の色覚がそれ以前よりごくわずかに衰えていたのだった。全人類が同時に同じ病気に罹ったと考えるのは無理があったため、病気が原因の色覚障害という線は排除された。


 人類の退化だろうか? 脱文明化を謳い自然への回帰を掲げる団体は、ここぞとばかりに文明社会に内省を促した。文明の恩恵に甘え生物としての機能が失われているという持論は、混乱の中で藁にもすがる思いの人々により瞬く間に拡散された。しかし、その流行もすぐに過ぎ去っていった。きっかけは動物医が発表した論文であった。それは世界中を震撼させ、各国の新聞の一面を飾った。


「世界中を不安に陥れている色覚の問題は、我々人類だけが抱えているものでない」

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