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第一章『誘拐-3』



「――とまあそんなわけで、僕は今日中に良い事と悪い事を三つずつやらなければならないんだよ」

 僕はそこで話を区切って、再びあんみつの残りを食べ始めた。それにしても、あんみつに入っているこのカラフルな餅は一体何という名前の食べ物なんだろう。これだけ別に売ってないのだろうか。

「……よ、よし。しげっちがどんな状況に置かれているのか、何となく理解したよ。……たぶん」

 明らかに混乱したような表情で、友久はそう言った。無理もない。かなり図太い性格であると自負している僕でさえ、驚きのあまり妙なことを口走ってしまったくらいだ。

「……それで? さっき言ってた証拠ってのは?」

 ここで始めて、友久は僕の話が本当かどうか疑う表情を見せた。僕は当惑しきった彼の頭に更なる追い討ちをかけるため、左の手のひらを差し出してそこに意識を集中させた。痒いようなくすぐったいような不思議な感覚が走ったかと思うと、次の瞬間には黒い文字列が僕の手のひらを占領していた。

 全部で三行に分かれたそれらの文字は、右側に英数字、左側にその数字の意味を示した英単語が書かれるという、シンプルな形式をしていた。一番上の『holiday』の横には『0』。英単語からして休日という意味だろう。二段目の『right』と『wrong』は『3』。こちらはそれぞれ良い事と悪い事のカウントを表しているのだと推測される。

と、ここまでなら友久にこれがトリックではないということを証明するのは難しい。何せ手のひらに英単語と数字が書かれているだけだ。ペンがあれば誰でも再現できる。しかし、この証拠が証拠足りうる理由は、三段目に表示された文字列にこそある。

「こ……これ、は……!」

 案の定、それを見た友久は驚愕のあまり固まってしまった。予想通りの反応に、僕は内心で歩くそ笑む。

 三段目に表示された英単語は『time』。その意味は翌日の午前零時までの残り時間で、百分の一秒単位までしっかりと表示されている。さすがの友久も、手のひらに書かれた文字が現在進行形で変わり続けるのを見て、「これはただの手品だ」とは言えないだろう。

 僕はしばらく友久の驚く顔を見ながらニタニタと笑っていたのだが、彼の顔からだんだんと血の気が引いていくのを見て、これはまずいと思い直した。どうやら驚きを通り越して恐怖を与えてしまったらしい。

「えっと……これで信じてくれるかい、友久?」

「……お、おう。そ、そうだな」

 僕の必殺技である目ん玉うるうる上目遣いも、今の友久には効果がないようだった。さすがの僕も、焦りのあまり冷や汗が出てきた。今ここで対応を間違えれば、彼との関係は修復不可能なくらいズタズタに引き裂かれてしまうような絶望的な予感がして、僕の頭は恐怖で埋め尽くされた。

何かしなければ。でも、何をすればいい?

 僕の脳みそは答えを求めてかつてないほどにフル回転し、一秒と経たないうちに結論を出した。……焦った割には意外と早かったな。

「……友久。実はもう一つ、僕が宇宙人にさらわれたという証拠があるんだ」

「……!」

 友久の顔がさらにひきつり、恐怖のあまり生唾を飲むのが聞こえた。真似をするわけではないけれど、僕も緊張して乾いた口の中に精一杯唾液を溜めた。こういう時は、頭に梅干しを思い浮かべるといいんだっけ。

 口内に十分な唾液が溜まったのを確認すると、僕は唾液を飲み込まないように気を付けながら、友久に話しかけた。

「友久……目を瞑って」

言われるがままに目を閉じる友久。いつもと違うその従順な姿がちょっぴりかわいく見えてきて、今からやる行為のこともあり、僕は顔から火が出るんじゃないかと思うくらいに赤面した。いや、本当に目を瞑らせておいて正解だったな。

 かといって、今の僕に躊躇している余裕はなかった。僕は友久の頭を逃げられないように両腕でがっしりと掴み、彼の唇に思いっきり接吻した。

 予想通り、友久は一瞬で茹で蛸みたいに真っ赤になって僕から逃げようともがき始めた。もちろんここで離してしまってはせっかくのチャンス……いや、作戦が台無しになってしまうので、僕は暴れる友久を力ずくで押さえつけ、彼の頭を上に向けた。予想外の行動に、彼の抵抗が若干弱まる。

 その隙を狙って、僕はきつく閉じられた上下の歯を無理やりこじ開けつつ、今まで溜め込んだ大量の唾液を彼の喉目掛けて一気に流し込んだ。そして同時に、僕が友久のためにプログラムした特別製のナノマシンが、彼の体内へと侵入していった。

 僕は念のため、彼の身体の中でマシンが正常に作動するまでの間そのままの恰好でいたのだが、しばらくすると友久の喉がこくりこくりと振動し始めた。どうやら僕の流し込んだ唾液を、残らず飲み込もうとしているらしい。気持ち悪くないのかな、と少し心配になってきた僕だったが、そもそも口を塞がれているのだから吐き出すこともできないのだと気づき、慌てて舌を引き抜いた。

 友久から離れると同時に、僕は改めて自分のしたことの恥かしさを認識し、急いで周りを見渡した。しかし幸いなことに、僕たちが座っていた座席が比較的店の隅の方にあったおかげで、通りすがりの店員が目を丸くしてこちらを凝視している以外には、特に視線を感じることはなかった。……一人くらいなら、ものの数には入らないさ。たぶん。

 その後数分経って、ようやくナノマシンが友久の体内で安定した活動を始めていくのを感じていると、それまで魂を抜かれたかのように呆然としていた彼が、我に返ったように口を開いた。

「し、しげ……しししげっち!」

 かなり動揺はしていたけれど。

「お前、今のはなんの意味があって――」

 友久は僕に向かって説教をするように話し始め、目があった瞬間に赤くなってそっぽを向いた。ちくしょう、なんてかわいいんだ、こいつ。

 僕は友久の愛らしさに感激しつつも、彼が理解できる範囲での説明を始めた。

「だからさっきも言ったように、僕には体液を通じて、他の人間に超人的な力を授ける能力があるんだ。まあそれについての詳しい知識は、明日の朝起きたら全て記憶されているはずだから、その点は安心していいよ。睡眠学習ってやつかな?」

「……睡眠学習? 何だそのご都合主義みたいな話は」

「口頭で説明されるよりはわかりやすいと思うよ。睡眠を取れば嫌でも今の現状が理解できるって辺り、宇宙人も中々親切なプログラミングをしてくれたみたいだ」

「プログラミング? 何だか知らないが明日になれば全部説明がつくってわけか。……よし、わかった」

 僕の説明を聞いた友久は、さながら地球を侵略しに来た宇宙人に対して、核攻撃を行うことを決意したどこぞの大統領のような表情を見せた。どうやら少しは僕の話を信じる気になったようだ。

「とりあえず、しげっちの言ったことは真実だと思うことにしよう。いくらしげっちでも、ここまで手の込んだ悪戯はしないだろうからな。……でもそれはそれとして、一つ気がかりなことがある」

「ん、何だい?」

「これからもその……そんなやり方を続ける気か?」

「……何の話?」

「だ、だから、超能力とやらを授けるのに、今みたいなことをするのかってことだよ!」

 まさかそんなことまで気にかけて貰えるとは思わなくて、僕は不覚ながら真っ赤になってしまった。なんだか今日の友久は、僕の弱点を的確についてくるな。

 しかしここまで露骨な反応をした後では、僕としても引き下がるわけにはいかなかった。僕は例のごとく目ん玉うるうる上目遣いを駆使しつつ、友久に反撃の言葉を放った。

「大丈夫だよ。僕は友久以外の人間に、あんなやり方でナノマシンを注入するつもりはないから。あ、でも――」

 ここで僕は少しうつむいてためをつくり、自分でも気持ち悪くなるくらいの甘ったるい声で、続きの言葉を口にした。

「友久がしたいって言うなら、いつでもしていいからね」

 僕の歯の浮くようなセリフに対する彼の反応は概ね予想通りだったので、あえて特筆しないことにする。

 そんなわけで(どんなわけだ)、僕はどうにか例の話を友久に信じさせることに成功した。まあ、若干疑っていたような感じが無きにしも非ずだったが、どうせ明日の朝になればたちまち解決するだろうから、問題はないだろう。

「……それで、これからどうするんだ? 良い事と悪い事ってのをやればいいのか」

「ああそのことなんだけど――イタッ!」

「ど、どうしたしげっち!」

「いや、急にお腹が痛くなってね。ちょっと待っていてくれ、お手洗いに行ってくる」

「そうか、わかった」

 なぜか友久に僕の任務とやらの手伝いを頼もうとした瞬間、お腹に激痛が走った。今朝大きい方は済ませてあったはずなのだが、珍しいこともあるものだ。とりあえず痛みに耐えながらトイレに向かい、女性用の個室に入る。


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