第七話 『誰に殺されたんだよ?』
と、いうわけで俺ん家。
どういうわけかは、俺にもサッパリだが。
とにかく俺の部屋にいた。
つうか、普通に帰宅して、学校が半ドンだったせいもあり、暇を持て余していたのだ。
暇を持て余して……。
それが原因ではないと思うけれど。
なぜか俺の部屋に、殺人鬼がいた。
正確にはシャワールームで、現在シャワーを浴びている。
台所には、解体凶器の包丁があるし。
玄関には紅色のパンプス。
洗濯機は女性用の下着と、黒ソックスを入れて絶賛回転中。
赤いワンピースドレスは、洗濯機印にバッテンが付いていたので、今は洗面台の上で薬品漬けになっている。
それでも、あの血が全部落ちるとは思わないけれど……。
そもそもあのワンピース、元々は浅い赤色だったみたいなのだ。
けれど、血を吸って血をすすって、今のワインレッドになったらしい。
どれだけの人を殺してきたのか……。
あの血の中には……語部のものもあったのだろうか……。
まあ、それを聞くために、わざわざ家にまで上げて、殺人鬼を匿っているのだ。
じゃなければ、警察に通報している。
愛川さんにも、それくらいの常識はあるのだ。
「ところで、殺しても良いのかしら?」
そんな風にボーっと。
明らかにボーっと。
ベットに座ってミネラルウォーターのペットボトルを片手に、どこを見るともせずどこかを見ていたら、突然。
それは目の前に現れた。
「どういう思考回路してたら、そういう結論に辿り着くんだ?」
「口癖として定着させたいのだけれど、なかなか遣う機会がないのよ」
「そんな口癖は捨ててしまえ」
「えー。そんなことしたら、あたしのキャラが薄くなるじゃない」
「殺人鬼って時点で、相当濃いから大丈夫だよ!」
むしろ俺のキャラが心配だよ……。
お前に食われてる感じがする。
赤い髪に、赤い瞳。
赤鬼の貴女にして鬼女。
鬼瞳哀赤が、そこにいた。
Yシャツ一枚で。
「ぶふぅはっ!」
飲んでいたミネラルウォーターを吹く。
「なにやってんだ! Tシャツとかジーンズとか、脱衣所に置いといただろうが!」
「着たら妊娠しそうで……」
「しねえよ!」
第一、そのYシャツだって俺のだろうが!
基準が分からねえ!
「まあ、どうせ脱がされるのだから、どちらでも一緒でしょ?」
「脱がさねえよ。速く着替えてこい」
「そんなこと言いながらも、俺はついつい、彼女の体を直視してしまう」
「メッチャ後ろ向いてるよ! 勝手に地の文を改変すんな!」
「ちっ」
舌打ちすんなよ……。
お前、キャラは濃いけどブレまくってんのな。
諦めたのか、渋々と脱衣所に戻る鬼瞳。
俺もその間に、コーヒーを淹れる為に立ち上がる。
まあ、一応あれでもお客だ。
お客にミネラルウォーターもないだろう。
普段はめったに飲まないのだが、このインスタントコーヒーも、彼女が置いていったものだ。
『客が来て、ミネラルウォーターじゃ失礼だよ?』
「お前以外に来る奴なんていねえよ」
なんて。
話したような、気がする。
語部。
なーんで、死んじゃったかなー。
俺はまだ、お前に何も返してないのに……。
な。
「あたしは別に、ミネラルウォーターでも構わなかったけど?」
「俺が……ていうか、俺の友達が構うんだよ」
今度は別に驚かない。
普通に、後ろにいるのは分かっていた。
そもそも、ワンルームのアパートだ。
気づかない方がどうかしている。
お湯が沸き、コーヒーを淹れて、マグカップを部屋の真ん中にあるちゃぶ台に運ぶ。
俺の部屋には、基本的に物が少ない……らしい。
テレビに冷蔵庫にベッド、各種ハンガーとちゃぶ台に座布団二枚。それとヤカン。
昔はちゃぶ台も座布団もなかった。
語部曰く。
『今にも自殺しそうな奴の部屋』
だそうだ。
座布団に座って、鬼瞳にも向かい側に座るように促す。
すると。
「あたしはこっち」
と言って、俺のベッドに寝っころがった。
「妊娠するぞ?」
「あたしの子宮が、あなたの遺伝子程度に負けるわけないじゃない」
「へいへい、そうですかー」
好き勝手な奴だった。
というか、遺伝子レベルで俺はコイツに負けているのだろうか?
…………負けてるんだろうなあ。
少し気が滅入る。
「ところで、今あたしのパンツはビショビショなわけだけれど」
「洗濯しましたからねー」
変な言い方するんじゃねえ。
「あと、ブラをしてないわけだけど」
「してこいよ!」
洗濯して、脱水かけたろうが!
洗濯機さんも頑張ってくれたんだぞ!
言われてみると、女子が体操着を着た時に見える、あの独特の線がないような……。
いやまあ、Tシャツに男物のジーンズなので、そこまで強調されてはいないのだが。
「話しは変わるけれど、女子の肋骨ってエロいと思わない?」
「それを女子が言うなよ」
「露骨に肋骨、露出して」
「不覚にも面白いと思ってしまった……」
「見せましょうか、肋骨?」
「いや、いいよ」
当然のように脱ごうとするな。
何がしたいんだ、お前は。
「でさ、話しを変えるっつうか。こっちが本線なんだけど、お前、語部の知り合いなのか?」
話しを戻す。
本線に、本編に。
そもそもそれが理由で、お前を匿っているのだから、答えてほしいものだ。
なぜ、語部を殺したのか。
俺が知りたいのはそれだけだった。
「知り合いなら、良かったのだけれどねえ。知り合い程度なら、多分あたしも、彼女とお友達になれたと思うわ」
「友達以上だったってことか?」
友達以上恋人未満?
どこの少女マンガだ。
「いやいや、そんな感じでもなかったのよ。一番的確な表現は……そうね、敵対関係かしら?」
「敵対? 敵だったってことか? 同じ生徒会なのに?」
「同じ生徒会だからこそよ。まあ、本当はあたしとしては、あの子とお友達になりたかったのだけれど……。魅力的な子だからね、それこそ略奪愛。あなたから彼女を奪うなんていう平行世界もあったかもよ?」
そんな風に冗談めかして言う鬼瞳。
しかし目は笑っていなかった。
どうでもいいけど、俺のベッドでゴロゴロするな。
「でも、ダメなのよ。あなたには分からないだろうし、あたしとしても、どうでも良かったのだけど、あの生徒会という場所はとうに終わってたのよ」
「終わってた? うちの生徒会がか? にしては、キチンと仕事してたみたいだけど?」
「それは外見の話でしょ? 問題なのは中身よ。あそこは代々、特別クラスだけで編成された超上流家庭のミニ社会。そんな中に、優秀な中流家庭の生徒が入ってきたら、どうなると思う?」
「どうにかなるのか?」
「あー。まあ、あたしもそう思うし、仕方ないわね。そう、どうにかなるのよ。そういう状況になれば、上流家庭のお坊ちゃまやお嬢様はどう思うかしら? 自分より優秀な中流家庭の役員が、生徒たちの支持を受け、さらには先生方にも寵愛されて。そんな状況になれば、アイツらはこう考えるのよ。『あいつを蹴落とそう』ってね」
腐ってるわ、と一言。
まさに腐男子ね、と二言。
いえ、負けているのだから負男子かしら、と三言。
余計な奴だった。
「かくいう、あたしも彼女をイジめていた一人なのだけれど」
「ダメじゃん!」
お前もイジメてんじゃねえかよ!
それでよく、人のこと負男子とか言えたな!
お前の方がよっぽど腐ってんじゃねえか!
「返す言葉がないわね……。《冷笑趣戯》だって、あたしが彼女に付けたアダ名だし」
「お前が犯人か!」
見事に定着してるよ!
つか全然、イジメになってねえし。
一応、良心はあったということなのだろうか……。
「《死に狩る(シニカル)》とかもっと中二チックにしようとしたのだけれど……」
「いじめ、ダメ絶対!」
さすがの俺もそれは嫌だよ。
てめえのセンスが本気で怖いわ。
「…………」
だから語部の奴、《冷笑趣戯》って呼ぶと怒ったのか……。
…………。
そうか。
あいつはそんな状況の中で、毎日戦ってたのか……。
俺はあいつのことなんて、何も知らなかったわけだ。
ハッ。
笑えないぜ。
「特に酷かったのは生徒会長ね。あの人、自分より優秀な人間には容赦しないから」
「…………それで、語部を殺したってわけだ」
「は?」
「なるほど、語部が言うところの地位欲とか権力欲ってとこか。それが愛の正体なんかねえ――」
「え、あの、ちょっと待って? 語部さんがなんだって?」
「だから、お前が殺したんだろ? 地位欲とか権力欲のためにさ。いや、愛なのかな、これも」
「殺した? あたしが? 何言ってるの? 愛川君。
あたしは語部さんを殺してなんかいない。
というか、彼女がどうしたって? まさか……死んだの?」
驚いている……。
本気で……。
鬼瞳の表情は、嘘を吐いている風ではなかった。
むしろ困惑している。
動揺している。
まるで。
まるで今、語部の死を知ったかのように……。
どういうことだ?
鬼瞳じゃないのか?
殺人鬼じゃないのか?
語部は、鬼に殺されたんじゃないのか?
なにがどうなってる?
どういうことだ?
意味が分からない。
じゃあ一体、語部は誰に殺されたんだ?
なあ、語部。
お前一体、
誰に殺されたんだよ?
コメントをくれると、作者は踊って喜びます。