第五話 『ロリコンなのね』
第三章
『人を殺すというのはどんな気分なんだろうね、愛川? 例えば、君あたりは殺人鬼になるための才能というか、本質を持っていると思うけど、でも君は人を殺したりはしないだろう? 人殺しにはメリットがないからね。まあ、君にはそれさえも、関係ないことだとは思うけどさ。でも例えば、人を殺すことにメリットを見出す奴がいて、殺人鬼なんて呼ばれているんだとしたら、笑っちゃうよね。鬼、だなんてさ。それも確かに、人間の中にある、一つの衝動だっていうのに』
殺人鬼は、人からしか生まれない。
あいつの口癖だったように思う。
「鬼瞳哀赤。殺人鬼さ」
「そんな、どっかの名探偵みたいに自己紹介するな。殺人鬼は誇っていい名称じゃねえよ」
「二つ名は《死体生裂》よ」
「かっけえ!」
「特殊能力は二次元キャラの声が真似られる程度の能力」
「二つ名となんの関係もねえじゃねえか!」
「ボク、ドラえもん~」
「驚くほど似ている!」
しかも、わさびさんじゃねえのな。ちゃんと信代さんの声だった。
なつかしい……。
じゃなくてさ。
「なんで付いてくんだよ」
「あら、いけないの、ダーリン?」
「気持ち悪い呼び方すんじゃねえ」
「だって名前、教えてくれないんだもの」
「殺人鬼に名乗る名前なんかねえよ」
「中二カッケ―」
「中二とか言うな」
今、俺たちが何をしているかと言うと、普通に歩いていた。
ふっつうに、下校までの道を。
ただ真っ直ぐに歩いていた。
結局、語部の殺害現場を見ることはなく、殺人鬼に出会った地点で俺は回れ右をして、自宅への帰路についた。
そしたら、何やら後ろから付いてくる影があるのだ。
後ろを振り返ると、赤いワンピースドレスを着た殺人鬼が血塗れで立っていた。
というわけで。
以下略。
「タオルあんなら、さっさと拭けよ。てめえ、自分が犯罪者だって自覚あんのか?」
「だから、拭いたじゃない。まあ、確かに警察に捕まって、あたしにメリットはないものね。仕方ないわ。あなたの言うとおりにしてあげる、ご主人様。この哀れな奴隷に何なりとお申し付けください」
「急に変なキャラになるなや。誰がご主人様だ、誰が」
「じゃあ、どんなのが好みなの? それが分からない限り、あなたのプレーに答えることなんて出来ないわ」
「プレーとかじゃないから! 愛川! 愛川無機だよ、バカやろう!」
「ムッキーね」
「ちげえ!」
せめて、せめて普通に愛川君とか呼んでくれ!
俺がそんな風に叫んでいる中、鬼瞳は「やっぱりね……」と呟いていた。
やっぱり?
「あたしのことは、アイちゃんでいいわ」
「図々しいな、お前」
鬼瞳って呼ぶことにするよ。
普通にな。
「で、愛川君はどこに向かっているの?」
「帰宅してんだよ」
「ふうん……いいわね、おうちがあるのって」
「…………お前」
殺人鬼。
一般的な犯罪者とは、どちらかと言えば線引きされてしまう異常者。
彼女なりにも……色々あったのだろうか……。
「家族全員、あたしを置いて海外旅行に行っちゃって、家に入れないのよ」
「幸せだな、おい!」
みんな、お前が殺しちゃったとかじゃねえんだ!
シリアスになって損したわ!
「アハハッ、そんな漫画みたいなこと、あるわけないじゃない」
「お前が言うな」
殺人鬼の方がよっぽどマンガチックだよ。
見ると、確かに彼女のワンピースは薄汚れ、髪もベタついて……。
「って、人殺せば、そら汚れるわな」
「いいじゃない、趣味なんだから」
「趣味で人を殺すなよ……。最低だよ、お前」
「あら、あなたに言われたくないわ」
む。
「あたしは人間を殺すけど、あなたは心を死なすじゃない」
「またそれかよ。色んな奴に言われるけどな、意味わかんねえんだよ」
「意味が分からない……ねえ」
壊れてるのね。と言う鬼瞳。
可笑しそうに笑いながら。
「で……さっきから殺人鬼殺人鬼と決めつけてしまって悪いんだけど、一応確認。あの死体、お前が殺したんだよな?」
「ええ、そうよ、あたしが殺ったわ。まあ、正確には制作った、と言って欲しいのだけれど」
「んなカッコイイ言い方しねえよ。じゃあ、最近ちまたで噂の殺人鬼っていうのは……」
「あたしの事でしょうね」
「…………」
「何よ。怖くなった?」
お前のことは最初から怖いよ。
とは言わない。
こいつにはあまり弱味を見せたくないと、本能が言っていた。
「あたし的には、《殺人姫》で流行らせたいのだけど……」
「いちいちカッコ良くしようとするな。そんな可愛いもんじゃねえだろ」
「あら。あたし、可愛くないかしら?」
言われて、ついつい鬼瞳の方を見てしまう。
長いストレートの赤毛……というよりも紅の髪に、整った顔立ち。
胸は語部さんよりもある感じ。
…………見るんじゃなかった。
ワンピースの丈も膝丈くらいで、その下の黒いストッキングが……。
だから見るんじゃないよ、俺。
素数を数えるんだ、素数を。
「興奮した?」
「女子がそういうこと聞くんじゃありません。残念だな、俺は年下か、同い年にしか興味ねえんだよ」
まあ、冗談だが。
「そう……ロリコンなのね」
「違う!」
年下好きは皆ロリコンとか、偏見以外の何ものでもねえ!
「まあ、なら良かったわ。一応あたしはあなたの守備範囲なのね?」
「ん?」
いや、お前は年上だろうに。と言いながら、年上を『お前』呼ばわりしている自分もどうなんだろうか。と思ってしまった。
「あたし、あなたと同い年よ?」
「は?」
「さらに言うなら、同じ学年」
「あれ?」
「もっと言うなら同じ学校よ? 見たことないかしら?」
「…………」
こんなんだから、人の区別が付いてないとか言われるんだ。
多分、すれ違ったことくらいはあるのだろう。
少なくとも、向こうは俺の事を知っていたわけだし。
しかし、俺にはやっぱりその記憶はなかった。
こんな目立つ奴も、俺にとっては他の奴らと同じ扱いらしい。
自分のことながら、不思議だった。
「まあ、あなた有名だものね」
「ん? 俺が? お前がじゃなくて?」
「あたしも有名だとは思うけれど、あなたの方がよっぽどよ。『赫色賢美』って、聞いたことないかしら?」
「あー」
そういえば、クラスの女子が話しているのを聞いたことがある。
うちの学校は、二から七組までの通常クラスと、一組の一クラスのみ特別クラスがある。
第七学園は設備だけは物凄く良いので、令嬢やらお坊ちゃんが通うためにあるクラスらしい。
体育祭とか、学園祭に出店してるとこも見たことないし、教室も見ないから、てっきり架空のクラスだと思ってたわ……。
五行機関か何かだと……。
「《第七の紅》だっけ……?」
「なんだ、知ってるじゃない」
「いや、こんな恥ずかしいアダ名、一体誰が付けたんだろうなと、気になってたんだよ」
「ああ、それあたしが付けたのよ」
「自分で!?」
驚きのネーミングセンスだ。
イジメられてんだと、思ったわ。
「でも、それでもあなたの方が有名よ。あの《冷笑趣戯》……シズシニカルの語部了子の恋人でしょ?」
「はあああ? 恋人? 誰が?」
「あなたがよ。代々、特別クラスだけで構成される生徒会史上、ただ一人の通常クラス。例外という例外、副会長の語部了子。その恋人でしょ、あなた?」
生徒会、副会長……。
あいつ、優等生なのは知ってたけど、生徒会役員だったのか……。
でも。
「恋人ってのはおかしいだろ。俺とあいつはそんな関係じゃねえよ」
「あら、違うの? あたし、略奪愛に手を染める覚悟は出来ていたのだけれど……」
「何するつもりだったんだよ……」
「ナニかするつもりだったのよ」
かくいうあたしも生徒会書記なんだけどね。
という鬼瞳。
ああ、まあ。
その話しはあとにしよう。
「ここが俺ん家だ」
話している間に着いてしまった。
二階建てのワンルームアパートの二階。
ああ、なんだかな。
今回も辿り着けそうに…………ない。
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