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第四話 『見つけたわよ、ダーリン』

 うちの学校の生徒が殺されたせいか、学校全体に妙な緊張感が走っているのが、嫌でも分かった。

 登下校の道には先生方が律儀に直立し、下校時間も昼頃と早まった。

 半ドンというやつだ。

 語部了子は下校中に殺された。

 道の隅の方で、バラバラのグチャグチャになっていたそうだ。

 その中から、かろうじて第七高校の制服が見つかっている。

 あとは全部バラバラ。

 あとは全部グチャグチャ。

 挽き肉のほうが、まだ見れる状態だったらしい。

 噂だけど。

 噂だけど、なんとなく確かめたいなあ、なんて思って。

 俺は学校が終わった後、殺害現場に向かっていた。

 現場は何の偶然か俺の下校する道の近くだった。

 もちろんすでに死体はないだろうけど。

 なんとなく、語部が死んだという証明書みたいなものが、欲しかったんだと思う。

 だから俺は自分の下校ゾーンから少しズレ、その細い路地に入っていった。

 この路地の奥の方に、語部の殺害現場があるはずだ。

 そうして奥に進む。

 少しずつ光が届かなくなっていく。

 暗い。

 夜みたいな暗さだった。

 しかし、そんな闇の中に赤い血だまりが見えた。

 赤い、赤い血だまりだ。

 ここか?

 それにしては、随分と浅くないか?

 まだ、路地の半分程度も来ていない。

 そして、気が付く。

 ふと、気付く。


 まだそこに、死体があることに気が付く。


「!?」

 なんだ? まだ回収されてないのか? 回収業者の職務怠慢か?

 いや、違う。

 これは。

 この死体は。

 今作られた……!


「ところで、あなたは殺しても良いのかしら?」


 声。

 心臓を貫くみたいな、女の人の低い声。

 地面に向いていた顔を上げる。

 血だまりに向いていた心を向ける。

 いつからそこにいたのか。

 将又、最初からそこにいたのか。

 赤鬼が、そこにいた。

 赤い鬼。

 真っ赤な鬼。

 優しい鬼。

 そんな印象は影もなく、しかし彼女は鬼だった。

 赤い瞳に赤い髪。

 長くのばされたそれは、返り血に当たり、まるで血の風呂にでも入った後のように、真っ赤に染まっていた。

 出で立ちは普通の女の人。年は多分、俺の少し上。

 手には少し大きな文化包丁。

 それすらも余すことなく、真紅になっていた。

 真っ赤な真っ赤な、赤鬼が。

 俺の前にいた。

「ねえ?」

 俺が色んなことに驚き、驚愕している間に、その女はグイッっと俺との距離を縮めてきた。

 顔が近い。

「あなた、自分が死ぬと思う?」

 そんな質問をしてくる。

 知ったことじゃない。

 俺は、お前に会いに来たんじゃないんだ。

 語部に会いに来たんだよ。

「死ぬってなんだ?」

 それでも、仕方なしに質問に答える。

 彼女の手には、未だに文化包丁が握られている。

 そして、死体。

 多分、死体。

 グチャグチャになりすぎて、それが何なのか、分からないのだ。

 俺には、ただの肉片のようにしか見えなかった。

 死体なんて、ただの肉片だけれど。

 それでも、彼女が殺したのは一目瞭然だった。

「…………そう言われると、何なのかしら?」

「…………」

「例えば、動かなくなるとか?」

「それじゃあ、全身不随の人間は死んでるのか?」

「あれは意識があるもの」

「じゃあ、脳死患者は?」

「あれは、死んでるわよ。人が生かしてるだけでしょ?」

「じゃあ、自殺志願者は?」

「死んでないじゃない」

「死んでるよ。心が死んでるんだ、あいつらは。いや、自分で殺したんだろうな、苦しすぎて」

「でも、この世界にあるじゃない」

「死体だって、この世のものだろ? あれも生きてるのか?」

「…………」

「なあ……人って、いつ死ぬんだろうな?」

 俺がそう言うと、彼女は静かに距離をとった。

 そして俺の目を見る。

 ジッと見つめて、十秒間。

 照れてくる。

「…………あなた、面白いわね」

「ツマらない者ですが」

「いいえ、おっもしろい」

 おっもしろいって……。

 こちとらさっきから戦々恐々、怖くて怖くて仕方がない。

 語部。

 怖いものが見つかったよ。理解してても怖いもの。

 俺は、この女が怖い。

「だってあなた、生きることと死ぬことの、区別すら付いてないじゃない」

「…………」

 また、それか……。

 顔にでも書いてあるのだろうか。

 確かに、最近ニキビが酷い。

「お前だって、そうだろ……」

「え?」

「お前だって、人間の区別なんて付いてない」

 付いてんのは、死体の区別くらいだ。

 だから、殺すのか……?

 だから、語部も殺したのか?

 お前が、あいつをバラバラにしたのかよ?

 なあ。

「…………見つけたっ」

 俺のそんな気持ちも知らないで、彼女は突然そう言って、オレに抱き着いてきた。

 血の付いたその体で。

 手には包丁を握ったまま。

 必然、俺の肌にも血が付いて、ヌルリと悪寒を漂わせる。

 背中には刃。

 う、動けない……。

「あたしよりも、終わってる子」

「…………」


「見つけたわよ、ダーリン」


 彼女は笑って、そう言った。

 クスクスと。

 冷たいでも、暖かいでもなく、ただクスクスと。

 俺みたいに笑って。

 口付けてきた。

 俺の唇に、余すことなくその唇を重ねて。

 まるで、自分の味を覚えさせようとするみたいに。

 しかし、するのは血の味。

 口の中に血でも溜めていたのか、俺の口の中にも、それがドロリと流れてきた。

 驚いて、彼女を突き飛ばす。

「ぶはっ! て、てめえ。何してんだ!?」

「何って? キス」

 そんな、「なんで?」みたいな目で見るな。

 俺の常識の牙城が崩れるだろうが。

 まあ元々、砂のお城だったわけだけど。

 補強補強。

「死体を……食ったのか?」

 さっきの、血の味の説明を求める。

「ええ、さっき興味本位でかじってみたの」

 人間の死体を……。

 興味本位って……。

「美味しかったわ」

「…………」

「生まれて初めて、美味しいと感じたわ。今まで、牛を食べようが、豚を食べようが、鳥を食べようが、犬を食べようが、羊を食べようが、こんな気持ちにはならなかったのに」

 人間は、美味しかったわ。

「…………」

「あなたも、食べてみる?」

「…………いや、いいよ」

 さっきの血を飲んで分かった。

 たいして水と変わらない。

 味はする。

 触感もある。

 快楽だってあるだろう。

 けれど、そんなものは関係なく、俺の中では水と血は同価値のものでしかなかった。

「なるほど、確かに、お前の方が幾分マシみたいだ」

 死体の区別ができるだけ、まだマシか。

 俺には、それすらできないらしい。

「やっと見つけたわ」

 彼女は言った。

「あたしより、ダメな人」

「…………悪かったな」

 ダメな奴でさ。

 俺がそう言うと、しかし彼女は。

「いいえ、良かったのよ」

 と笑った。

 クスクスと。

 多分、生きているものの区別がつかない、その目で。

「いてくれて、ありがとう。あなたのおかげで、あたしはほんのちょっとだけ、救われたわ」

 ああ、そうかい。


「俺は地獄に来た気分だ」


 それはきっと、凄く気持ちがいいと。

 そう思った。



 コメントをくれると、作者は泣いて喜びます。

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