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第二十三話 『いってらっしゃい、ダーリン』



『語部さんは自殺だった』

 万全くんは、確かにそう言った。

 じゃあ、どうやって自殺したのかと聞けば、それは難しいようで簡単だった。

 自分の胸に、ナイフを刺したのだ。

 俺を殺すために、万全くんが持ってきていた果物ナイフを、彼の前に立ちふさがり、彼の手から奪い取り、自分で刺したのだという。

 なら、グチャグチャにする必要はなかったじゃないか、と言うと。

 万全くんは知らないと。

 ボクは彼女を解体なんてしていない。

 そう言った。

 そしてあの魔方陣も。

 彼ではないらしい。

 ならば、一体誰が?

 誰がお前をそんな風にしたんだ、語部?

 聞こうにも。

 死体は依然、消えたままだった。

「…………」

 回想終了。

 さあ、現実に戻ろうか。

「そんなことも関係なく、今俺は幸せな日々を過ごしているのだから」

「誰に向かって言ってるの?」

「いや、別に」

 俺の部屋で二人、鬼瞳と一緒に朝食を食べていた。

 食パンのトーストにベーコンエッグと牛乳。

 簡単なシーチキンサラダを口にしながら、俺はそう言った。

 鬼瞳の奴、実は家事の部類が得意らしく、今は料理も洗濯も掃除も彼女に任せっきりだった。

 未だにワンルームのアパートなので、掃除するのは楽だろうが。

 やたら俺の部屋にものが増えた感はいなめない。 本棚があるし、布団があるし、鍋があるし、包丁があるし、まな板があった。

 それと便座カバー。

 失礼、言いたかっただけだ。

 まあ、何よりの一番の驚きは、彼女が少年ジャンプ愛読者だったということぐらいか。

 あれから――1年が過ぎた。

「今日は生徒会があるから少し遅くなるよ。そっちはバイトだっけ?」

「ええ、飲食店の、肉をミンチにする仕事よ」

「ハッ、お前らしいな」

「接客よりも向いているって話しでしょ」

 一年が経って、鬼瞳は学校を中退した。

 仕方がなかったとはいえ、彼女と一緒に一度でいいから学校に行きたかったものである。

 あと、何の因果か俺は生徒会の副会長になった。 昨今の不況のせいなのか、特別クラスの内部構造が編制し直され、代々続いていた伝統の生徒会は破綻した。

 だからというわけじゃないが、だからなのか、俺は生徒会に立候補し他に候補者がいなかったがために当選してしまったのだ。

 冗談半分のつもりだったのだ。、まあ、これで良かったのだろう。

 そして、俺は高校三年生になって、あのクラスともおさらばになった。

 語部と話した教室。

 語部がいたはずの教室。

 俺は、その場所から卒業した。

 彼女の件に関しては、まだまだ警察でも解決できない問題が山積みだけれど。

 少なくとも、俺たちは幸せに暮らしていた。

 だから、それでいいんだと思った。

「お前、フルフルが借金チャラにしてくれたんだから、お父さん呼び戻せば?」

 食べ終わった食器を台所に運びながら、鬼瞳に言う。

 とうの鬼瞳は着ている黒と赤のキャミソールを揺らしながらベッドに倒れていた。

 今でもあのベッドは彼女の特等席である。

 その代わりに俺には布団が支給されたけれど。

「あら、もう呼び戻してるのよ?」

「ああ、そうなの? いつ帰ってこれるって?」

「うん? 今日」

 ベッドに寝っ転がりながらリモコンでテレビを点け、彼女はなんて気もなしにそう言った。

 ふうん、今日ね。

 ……………………今日?

 今日だって?

「お前……なんで速く言わねえんだ!」

「だって、その方が面白いと思って」

「面白くねえ!」

 帰ってきたら、あらビックリ。彼女のお父さんが俺の部屋に……。

 いやいやいや。

「お前、こういうのには心の準備ってものがな――」

「大丈夫よ、あたしは出来ているから」

「俺が出来てねえんだ!」

 ふざけないでくれ!

 わりとマジで!

「心配しなくても、あなたのことはキチンと父に伝えてあるわ」

「おお、それはありがた――」

「誘拐犯として」

「――くない! その紹介は笑えない!」

 お前、何がしたいんだよ……って。

 楽しいことがしたいに、決まってるか。

 案外、鬼瞳はそういう奴だった。

「ふふふっ、あなたを見て、父はどう思うのかしらね?」

「想像したくもないよ……」

 一年前と比べ、まだそのナリを潜めたとはいえ、未だに俺の周りに漂う不快感は健在なのだ。

 その不安定感は、人をダメにする。

 だから俺の周りには、一年以上同じ人間はいなかった。

 鬼瞳も明日で一年。

 果たして、俺と彼女はこれから先も、上手くやれるのだろうか……。

「心配ないわよ。あなたとあたしなら」

 決して、離れないもの。

 鬼瞳は笑顔でそう言う。

 冷たくもなく、苦しくもなく、悪魔的でもない。

 そんな笑顔で笑う。

 あれからの彼女の殺人回数はとりあえずのところ、ゼロだった。

 ミンチ作業に精を出しているおかげかも知れない。

 関係ないか。

 それは、彼女自身の問題だった。

「ほら、遅刻するわよ。学校」

「あ、ヤッベ」

 確かに部屋の時計を見ると、分針は十五分。つまりギリギリを示していた。

 慌てて玄関で靴を履く。

「んじゃ、行ってくる」

「――――ちょっと待って」

急ごうと、玄関ドアを開けたところで鬼瞳が声を掛けてきた。

「? なんだよ、急がないと遅刻――」

「ネクタイ」

 曲がってるわ。と、こちらに近付いてくる鬼瞳。

 確かに、制服のネクタイが少しどころかあらぬ方向へ曲がっていて、ダラしがないにもほどがあった。

 それを鬼瞳が直してくれる。

「今日は、父も好きだったホワイトシチューよ。早く帰ってきなさい」

「……はい」

「それと、語部さんの命日だから」

 それも踏まえて、献杯しましょ。と鬼瞳は言った。

「ああ」

 あれから一年。

 今日は、語部の命日だった。

「他の女に色目遣ったら、許さないわよ……」

「し、しません」

 絶対にしないから、ネクタイで首を絞めるのをやめてくれ。

 うっかり絞殺死体になっちまう。

 ……鬼嫁とは、まさにこいつのことだ。

将来、尻に敷かれる図はもう見えていた。

「じゃあ、いってらっしゃい、ダーリン」

「うん、いってきます」

 出かけ際に交わした口付けは――。



 ――まだあの時と、同じ味がしたけれど。




 コメントをくれると、作者は死んで喜びます。

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