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第二十話 『……え?』


 俺が探偵役に向いていないことは、始めから分かっていた。

 だってこの世界の探偵は、それこそ語部了子で――。

 彼女しかいなかったのだから。

 その彼女が死んだ時点で。

 初めから、この事件はそもそも解決のしようがなかった。

 名探偵が殺されたこの世界では、誰も真実には辿り着けない。

 みんながみんな、右往左往。

 全員が全員、迷探偵。

 だから初めから、この物語の結末は決まっていたのだ。

 もう何も綺麗に終わることなんて出来ないけれど。

 せめて愛を知ってくるよ、語部。

 お前の死を遣って。

 お前の死を乗り越して。

 俺は俺の目的を果たそう。

 探偵役どころか。

 語り部役ですらなかった俺にできることといえば、それくらいだ。

 だから――――。


「なあ、万全(まんぜん)くん」


 目の前の少年に話しかける。

 少年と言っても、同い年のクラスメイトは見事に痩せ細っていて、見るに堪えない顔になっていたけれど。

 元からそうだったのかもしれないし。

 そうなってしまったのかもしれない。

 何にしても、俺は彼の名前しか知らなかった。

 姿すらも記憶せず、形すらも覚えがない。

 万全(まんぜん)明理(みょうり)くん。

 俺が彼に対して知っていることといえばそのくらいで。

 それだって語部から風の噂のように聞いていただけだった。

 うちのクラスの保健委員。

 根暗な性格。

 あと知っているのはそれくらい。

 俺には何の関係もなく。

 接点もなく、交差点もなく、また境界線もないと思っていたから。

 ――でもやはり、彼が犯人だった。

 語部を殺したのは、彼だった。

「こんにちは」

 返事がないのでもう一度声を掛ける。

 正式な面会室での邂逅ではなかった。

 牢屋の中と外。

 俺が外で、彼が中。

 独房の中で体育座りをしている彼に、俺が立ちながら話す状態で、辺りに他の人はいなかった。

 場所は四獅子市の七名県警察署。

 県警に自主をしに来た彼はまだその身柄を一時拘束されている状態なので、県警の中の仮設牢に入れられていた。

「…………」

 返事はない。

 ……昨日、あのテロップを見た後、鬼瞳だけを先に俺の部屋に帰し、俺はまた電車を乗り継ぎ非望町に戻った。

 結局、また来ちまった……。

 いや、実際はそんな感傷に浸る間もなく、俺は実家の近くの森に赴いた。

 かねての予想通り、フルフルはそこにいた。

 落ちているエロ本を読んでいる最中だった。

『何やってんだ、エロ悪魔』

『おおう! 無機の字! な、なな、何をやってるのじゃ!?』

『今ちょうど、雑誌のグラビアアイドルに変身した悪魔に再会したところだ』

 金髪ロングの際どい水着を着たお姉さんが、森の切り株の上でエロ本を読んでいたら、それは悪魔です。すぐ逃げてください。

 いや、悪魔じゃなくても逃げろと言いたいけど。

『ここここれは違うんじゃ! ワシが興味があるのはあくまで二次元で、これは単なる出来心というかなんというか……そう、血迷ったのじゃ!』

『ああ、確かにお前は血迷ってるよ』

 迷走しまくりだった。

 まあ、とりあえず置いておこう。

『手を貸して欲しいんだ』

『ん? 何だ、それが帰ってきた理由か?』

『ああ、ちょっと話したい奴がいるんだ。手伝ってくれないか?』

『ワシは別に構わんよ。そもそもお主は今でもワシの召喚者なのじゃから、いちいちここまで来ずとも、呼べばこっちから行くのじゃぞ?』

『あれ、そうなの?』

『知らなかったのか……?』

『愛川さんは教えられないと出来ない人なんだよ。じゃあ今度からはそうするさ。そしたらもうここに帰ってくることもないしな』

『ああ、祭りのある日は拒否るけどの?』

『祭り大好きだな、お前……』

 だから本当に悪魔かよ、と。

 いや、今は水着の金髪美人のお姉さんだけどさ。

『じゃがの、無機よ』

『ん?』

『お主は何をしたいんじゃ?』

『何をって?』

『推理小説の主人公にでもなったつもりならやめておけよ。この世界はすでにミステリーなんかが通用する世界じゃないからの。『魔法殺人』なんてものがおそらくそのうち起こる。それくらいに世界は今や融和状態じゃ』

『別に……そんなことがしたいんじゃないさ。俺はさ、自分の中に、確かなものが欲しいんだよ。この不確かな世界の中で、俺が不確かにしてしまった世界の中で、確かなものが欲しいんだよ』

『愛がそれだと思うのか?』

『それすら分からねえよ。世の中なんて分からないことだらけさ。けど、そんな中でみんな生きてる。俺には何でそんな状態で生きられるのかも分からないけどさ。でも、俺もみんなの仲間に入れて欲しいんだよ』

『……お主の求めるものは、この事件の顛末にはないぞ』

『それでもいい』

『最後にはまた一人になると言っても?』

『それでもいい』

『もし、今回の件の真実を知れば、お主は後悔する――――と言っても?』

『それでもいい。動かなきゃ、何も始まらないし。考えなきゃ、何も変わらない』

『…………ならいい。理不尽を受け入れられる覚悟があるのなら、それでいい』

『勘違いするなよ、フルフル』

『ん?』

『俺はいつだって理不尽の中で生きてきたんだぜ?』

『ハッ、そうだったの』

 フルフルは悪魔的に笑って。

『ああ、少しばっかし――――愛って奴を知ってくるよ』

 俺は冷たく笑った。


「――――何をしに来たんですか?」


 回想終了。

 今に戻ろう。

 突然のことだった。

 一時間ほど、牢屋の前で一人、話し続けていた俺に万全くんはそう言った。

「愛を知りに」

「……ふざけないでください」

「よく言われるよ」

 万全くん、まさかの優等生風の子だった。

 今時、デスマス口調とかいるんだな……。

「どうやってここに?」

「知り合いに祭り好きの悪魔がいてね。そいつに人払いの結界を張ってもらってる。ここには、君と俺しか入れない」

「…………」

 怪訝そうな顔をする万全くん。

 嘘じゃないんだけどなあ……。

「なんで自首したの?」

「……自分の罪に耐え切れなくなったと言ったら?」

「笑ってやるよ」

 鼻でさ。

 フフン、って。

 第一、俺はこの三日間ずっと殺人鬼と行動を共にしてたんだ。

 罪とか罰とか。

 笑っちゃうぜ。

「君、語部了子って知ってる?」

 犯人に……いや、クラスメイトにこの質問はどうかと思ったが、一応してみる。

 知らないのなら、きっと彼は愛なんて知らない。

 あの殺人鬼のように。

「……あの人をうちの学校で知らない人はいませんよ。しかもボクは去年、彼女と同じクラスでしたし」

「同じクラス? ってことは……」

 俺とも?

「――――まあ、あんたのことだから覚えちゃいないんだろうなとは思いましたよ。それでいてずっと語部さんの近くにいて、鬱陶しかった」

「……否定は出来ないな」

 去年はずっと語部にお世話になってたし。

 あいつがいなかったら今頃俺はあの部屋で孤独死しているところだ。

 飢え死にとも言う。

「なんなんですかね。去年からずーっと、あんたと語部さんを見てきて、ボクは語部さんに情が移っちゃったんでしょうね」

「それは、恋だの愛だのって意味でか?」

「おそらくは」

 断言は出来ません、と万全くんは続けた。

 ビンゴ。

 で、いいのだろうか?

「それでもまあ――あんたと語部さんは仲が良さそうだったし。正直、諦めようと思っていたんですよ。けど、あんたは『違った』」

「人間じゃなかった?」

「それどころでもないでしょ。悪魔に魂を売り、殺人鬼を誘惑し、人を無自覚に殺してきた。そんなのが――


 そんな人でなしが、彼女の近くにいるのをボクは許せなかった」


 なるほど、去年から――。

 ならもう一年だ。

 俺に出会ってから、彼の中で一年が経っている。

 それはつまり、限界という意味だった。

「あの日、もうすでに語部さんには限界が来ていました」

 あの時のクラスでの会話。

 そうか、顔を伏せながら聞いていたのか――。

「ボクはなんとかしようと必死で、必死で、でもなんとかする方法なんて思いつかなくて」

「それで――それがなんで語部を殺すことに繋がるんだ?」

 俺が聞くと、万全くんは黙って会話を黙殺した。

 文字通り黙殺。

 殺そうかと言い出すほどに、彼は俺を睨み付けていた。

 その目に映っていたのは憎く恨めしい人間の顔だった。

 つまり、俺の顔だった。

「……ボクは――あんたを殺そうとしたんだ」

「…………」

 なるほど――――殺害現場が俺の下校ゾーンに近かったのも、ただの偶然じゃなかったってことか……。

 本当は、俺が殺されるはずだったんだな。語部。

 本当は俺が殺されて、お前がそれこそ名探偵さながらに事件を解決する。

 それが世界の未来予想だったんだ。

 なのに。

 生き残ったのは俺で。

 死んだのはお前で。

 だからこんなにも、色んなことがおかしくなっちまったんだな。

 名探偵が殺されて。

 被害者が生き残った物語。

 いよいよ滑稽で。

 そろそろ無様だった。

「ボクはあんたを殺して、彼女を助けようとした。救おうとした。解放しようとした。彼女ももう限界だろうと思って。彼女のためを思って。けどさ、けどな、けどね。違ったんだ。違ったんですよ……。彼女は――――


 ――彼女はあんたが好きだった!」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 誰が――。

 誰を好きだって――?

「まさか、気付いてなかったんですか……? 彼女の思いを受けて、寵愛を施されて、あんなに長い時間一緒にいて、それでも気が付かなかったんですか? 自分達はどう思っていたかは知りませんが、他から見れば、あなたたちはお似合いのカップルでしたよ。付かず離れず程々に、いい感じのね。だからボクは屈したのに……あの人を諦めたのに……気付かなかっただって!?」

 ――ふざけるな!

 そう言って彼は鉄の格子に手をつけて、俺を殺さんとばかりに顔を歪めた。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 ――殺してやる!

 まるで静かな怨念が聞こえてくるように。

 その言葉は牢の中と外に響いた。

 だが、俺の中には響かない。

 響いちゃくれない。

「ハハッ、そういえば……あんたは愛を知らないんでしたね?」

「…………」

 この間の語部とのやり取りを見ていたのか。

 ああ、その通りだよ。

 俺は愛を知らないんだ。

 だから教えてくれ。

 だから答えてくれ。

 愛って一体、何なんだ?

「ここにも、愛を知りにきたとかほざいてやがりましたし――教えてあげますよ。愛、愛、愛って奴をね! …………彼女と一緒にいて、胸が熱くならなかったんですか? 口がドモることは? 締め付けられるような感覚に襲われたことは? 考えがまとまらなくなったことは? 意味も分からず泣き出しそうになってしまったことは? 目で追ってしまうことは? 笑みがこぼれてしまったことは? 誰かを好きになるって、あなた考えたことあるんですか!?」

「…………」

 思い当たる節がないわけじゃない。

 語部が近くにいると、体が火照ったし。

 口上は下手になったし。

 息苦しかったし。

 思っていることをちゃんと伝えられなかったし。

 あいつの優しさに子供みたいに泣きそうになったし。

 いつもあいつを見ていたし。

 何よりも。

 ――楽しかったんだ。

 あいつと一緒にいるのが。

 楽しくて、仕方なかった。

 ないわけじゃない。

 ないわけがないんだ。

 そうか……俺は――


 ――――俺は語部が、好きだったのか。


「なかったんですかっ!?」

「……あったよ。あった」

 これが、『愛』だったのか。

 好きっていう、気持ちなのか……。

 あの高揚は。

 心臓の高鳴りは……。

 ――愛だったのか。

「今になって気付いた……。今頃になって気付いた。俺は、語部が、語部了子が好きだったんだ……」

 なんで気付かなかったのだろう。

 なぜ気付けなかったのだろう。

 壊れているからか。

 世界が。

 俺が。

 ――壊れていたからなのか……?

「なんで……分からなかったんですか――なんで、なんで……」

「なんでもだ」

 なんでもだったんだ。

 手遅れだった。

 とうに終わってたんだ、俺は。

『真実を知れば、後悔するぞ?』

 なるほど、フルフルはこのことを知ってたわけだ。

 だからそんなことを言ったんだ。

 なんだよ。結局俺は、自分のダメさ加減を再確認しただけじゃないか……。

 もう、語部はいないのだから。

 もう、死んでしまったのだから……。

 手遅れだったんだ。

 遅かったんだ。

 ――俺はとっくのとうに、自分の愛を失っていたんだ。

 知る由もなく。

 気付くこともできず。

 俺は。

 俺は……。

 俺は――!

「あんたは、間違ってますよ」

「…………思い知ったよ」

 嫌と言うほど知っているつもりだった。

 けれど、

 好きと言うほど知らないでいた。

「もう、俺は一生このままだ」

 愛を知って、分かったことはそれだけだった。

 世界は今でも不確かで。

 不安定に浮遊して。

 突然空が落ちてくるような不安感。

 不安定感。

 きっと俺は、ずっとこのままだ。

 進むことなど出来ず。

 そして、後戻りも出来なくなってしまった。

 もう、とっくのとうに手遅れだった。

 分かったのは。

 それだけだ。

「結局、俺は最後の推理も外してたしな」

「推理?」

 さっきまで激昂してい万全くんも、弱々しく床に崩れた俺を見て冷静さを取り戻していた。

「やっぱ探偵役には向いてなかったんだよ、俺。……だって俺は――――


 ――――語部は、自殺したと思ってたんだ」


 死を怖れていた彼女は。

 人間が怖いと言っていた彼女は。

 『死』ぬことで、それを回避したと思ったのだ。

 死をもってして、死のない世界へ行く。

 死ぬことで、人間のいない世界に行く。

 そんな考えを実践したと思ったのだ。

 けれどそもそも、そんな馬鹿馬鹿しい考えを根拠もなく公言できるのは俺くらいだった。

 死を怖れず、人間と他のものの区別も付かない。

 そんな俺だから言えたことだった。

 普通の人間はそんな考え方はしない。

 壊れているからこそ、そんなことが言えるのだ。

 ――――けれど。

「…………なんで知ってるんですか?」

「え?」

「誰にも、誰にも話してないのに……」

 急に驚愕の表情へと変わる万全くん。

 その真意は見えない。


「なんであなたがそれを――――語部さんが、自殺したことを知っているんですか?」




 ………………………………………………………………………………………………え?







 コメントをくれると、作者はムーンウォークします。

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