第十九話 『世界に名探偵は必要ない』
第八章
『そういえば、私は推理小説が嫌いなのだよ、愛川』
『は?』
いきなり何を言い出すんだ、コイツは。
一年の終わりの終業式の日、突然語部はそう言った。
『推理小説というのは、なぜいつも、誰かが謎を解いてしまうんだい?』
『推理小説だからな』
何当たり前のこと聞いてんだよ。
『当たり前、ねえ……なら愛川、君は例えば私が殺されたとして、犯人を捜すかい?』
『捜すさ。お前を殺した犯人ならなおさら一生懸命に。捜して捜してとっ捕まえてやるよ。まあ、お前が殺されるのなんて想像もつかないけどな』
『そうかい? 想像はつきそうなものだけど――まあ、この場合それが問題なんじゃなかったな。だから君は間違っているんだよ、愛川』
『出たな、口癖』
『決め台詞と言ってくれ。……何にしても、普通の人間ならそこで捜したりしないんだよ、愛川。普通の人はね、そんな危ないことは警察に任せて、そんな危険なものは自衛隊にでも任せて、自分は日常を続けるんだよ。けれど、名探偵ってのはどうしてああも事件に首を突っ込むのかね?』
『仕事だからだろ?』
『いや、仕事じゃなくても彼らは動くだろう?』
『…………まあ、確かに』
同時に名探偵の登場しないミステリーだって、世界には五万とあるのだと思ったが、あえて口には出さなかった。
語部が饒舌になったら、例え閻魔でもその舌を抜くことはできない。
『なぜ推理小説というのは謎を解くんだ? 謎は謎のままでいいじゃないか? なぜそれをワザワザ解こうとするのかが、私には理解できないんだよ』
『そっちのほうが面白いからだろ?』
『なるほど、一理あるな。でも、なら君は面白ければ命を投げ出すようなマネでもするのかい?』
『ん』
それはまあ、多分しない。
『だろう? それには命を投げ出すだけの価値がない。前も言ったと思うけれど、私たちは死んだ人間のことを考えるべきであって、殺した人間に構うべきじゃない。殺した人間も不幸だが、死んだ人間は不運だからね。だから生きている人間は果たして、秘密など暴くべきではないんじゃないかい?』
『けれどそれは死んだ人間の供養にもなる』
『そうかも知れない。でもそれはあくまで幸せな人間の定理だよ。不幸だった人間は、生きているときに理不尽を感じていた人間には少なからず秘密がある。果たして、生きている人間に死者はそれを知ってほしいと思うのかな?』
『死人に口なしだ』
『生きている人間が喋りすぎなだけだと思うよ、私は。死人だって口はなくとも話しはするさ。死体に口はあるんだからね。事件を解決するということは、その事柄に対する相互理解を意味する。けれど、その秘密は果たして暴かれていいものなのだろうか?』
『何が言いたいんだ?』
そろそろ終業式の時間なので、体育館へ行かねばならず、俺は会話の尺を巻く。
結論。
『謎は謎のままが、一番美しいということさ』
『俺はそうは思わない』
『でも君が、その存在そのものだ』
『認めたくはないけれど――』
『ゆえに人はあるのだよ』
体育館への歩を後ろ歩きで進めながら、語部は後ろ(前?)を歩いていた俺に向かい合い、言った。
『世界に名探偵は必要ない』
もしくは必要悪なのかな、と語部は呟いて。
前を向き、静かに廊下を歩いていった。
もう振り返らないと、言わんばかりに――。
コメントをくれると、作者はへこんで喜びます。




