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第一話 『とうに終わっている』



   第一章



 ふと、考える。

 俺は生きているのだろうか。

 それとも死んでいるのだろうか。

 時々分からなくなることが多々ある。

 もしくは、これが夢か現実か分からなくなる。

 多分、誰しもがこんな経験は一度はしていると思うし、していないと思う。

 まあ、どっちでも良いか。


「ただ一つ言えるのは、君が壊れているということかな?」


 そんな疑問をふと思い、友人に何気なく質問したのは授業課程二時限目の休み時間のことだった。

 返ってきたのは、そんな台詞。

「随分ヒデェこと言うじゃねえか、語部(かたりべ)

 私立第七高校。四獅子市にある共学校で偏差値全国平均ちょい上の普通の学園。野球が強い。そこの三階、二年七組の教室で、俺と語部は前後に向かい合うように席に座り、話していた。

 俺が普通に座って、向こうが机や椅子と逆方向に馬乗りするようにして座り、向かい合う。

 制服のスカートが捲くれ、パンツが見えそうだった。

 口には出さない。

 目の保養だ。

 語部(かたりべ)了子(りょうこ)

 肩口くらいの黒い髪を、頭の後ろでポニーテールに結んでいる。

 今時の女子高生な感じの人だ。

「例えば君、愛ってなんだと思う?」

 そんな質問を投げかけてくる。

 その綺麗な太ももとスカートの境界線じゃないでしょうか?

 言いそうになるのを、とりあえず抑える。

「好きってことじゃないのか?」

 無難な答えを出す。

「じゃあ、憎いってことは?」

「好きだってことだろ?」

 躊躇うことなく答える。

 正直な感想を。

「君、間違ってるぜ?」

「……」

 いや、そんなキメ顔で言われても……。

 自分が間違っている気分にはなれない。

「美味しいってことは?」

 さらに質問が飛んでくる。

「食べられるってことか?」

「不味いは?」

「食べられないってことだろ」

「空と海の違いは?」

「色が違う」

「いじめっ子といじめられっ子の違いは?」

「支持率」

「老女と幼女の違いは?」

「萌えるか萌えないか」

「ちなみにどっちに?」

「どっちにも」

「パンと白米はどっちが好きだい?」

「どっちでも」

「野菜と肉は?」

「雑食です」

「男と女は?」

「無刀です」

「好きと嫌いは?」

「どちらも愛」

 そこまで一気に質問してきたところで、語部は「はあ……」と深くため息を吐いた。

「なんだよ、人に散々質問してため息とか吐くなよな」

「ああ、悪い悪い。すまなかった。けれど愛川、君がそれを本気で言っているのだと思うと、私はどうしようもない劣等感に駆られるね」

「劣等感?」

「そう、劣等感。種としての、というか人間としての劣等感。君はもう完成しているんだろうねえ、そういう意味じゃ。いや、未完成のまま完成しているのか」

「何言ってんだよ。俺なんかが完成してるわけないだろ。成績は中の下、運動も五十メートル走六秒九一。こんな人間が完成品なら、アインシュタインやらボルトは完全品だよ」

「そういうことを言ってるんじゃないんだよ、私は」

 語部はそう言うと、途中でダルくなったのか、腕をダラりとぶら下げ、俺の机に頬擦りをするように顔を伏せた。

「……ちめたい」

「やる気ねえなあ、おい!」

 さっきまでのシリアスどこ行った!

 夏だから熱いのは分かるけどさあ!

「あー、なんの話ししてたっけ?」

「忘れんなよ……。完成がどうとかって話しだよ」

「ああ、そうだったそうだった。よし、シリアルな展開に戻そうか」

「勝手に話しを美味しくするな。あと、今から戻すのは至難の業だ。普通に続けてくれ、普通に」

「おーけー、普通にだね。じゃあ語尾にニャアかザマスを付けるから選んでくれ」

「普通にって言ったじゃん!」

 語尾に付ける必要あったか!?

「気分の問題だニャア」

「付けるの速いよ……」

 追いつけねえよ。

 お前今、実はものすごくテンション高いだろ?

「そんなことないザマス」

「ニャアでお願いします」

 思わず頭を下げてしまった。

 ザマスのほうがギャグとしては、圧倒的に破壊力が上だった。

 その語尾で笑わずに、会話を続ける自信が俺にはない。

「つまりニャア、愛川。君は戦争はなぜ起きると思うニャ?」

「文化の違いとか、考え方の相違だろ? あとは領土の問題とか」

「ニャ。けど君からしたらどうだ? 君にとって白人と黒人の違いが分かるかニャ?」

「ハゲかオカッパか?」

「凄い偏見だニャア……。正直に言うといいニャ。たとえ君がどんな答えを出したとしても、私は理解する自信があるニャ」

 正直に……って言われても……。

 目の前の人間がニャアニャア言ってる状況で、冗談を交えないで会話するとか無理だ。

 まあ……。

「俺は昔から白と黒の違いが判らないんだよ。だから絵はド下手だ」

「だろうね」

 あ、戻った。

 相変わらず、飽きるのが速い。

「君にとって、そんなのはどっちでもいい。だって、区別がつかないんだから。でもね、愛川。世の中にはそんな理由で争っている奴らなんて、五万六万といるんだよ。私だってもし黄色人種を馬鹿にする人種が現れたら、迷うことなく黄色人種の味方をする。だって私は黄色人種だからね。君はどうだい、愛川? 君だったらどうする?」

「南極に行って、ペンギンと友達になる」

「だろ?」

 いや、スルーかよ。

 一応ボケたのだが……。

「そこまで話しを広げなくても、例えば君が、何か個人プレーのスポーツをしていたとする。君は勝ちたいと思うかい?」

「思わない」

「なぜ?」

「だって、負けようが勝とうが、それってどっちでも同じことだろ? 別に何か違いがあるわけじゃないだろ? どちらにしたって、勝負事には勝ち負けがあるんだ。なら俺が勝とうが相手が負けようが、それって同じことじゃねえか?」

「そこが完成しているというのだよ、愛川。いいかい、人間っていうのは生きている限り欲を持つ。睡眠欲、食欲、せ……性欲だけでなく、所有欲、独占欲、破壊欲。変わったとことでは殺人欲とかね。皆、誰しもが自分の欲を埋めるために必死だ。そのためには人さえ殺す。戦争さえ起こす。けれど、君はどうだい、愛川? 君には区別が付いているのかな? 君にとって、世の中の物には優先順位があるのかい?」

「…………そろそろ授業始まるな。ちょっとトイレ行ってくるよ」

 席を立ち、廊下に続く扉に向かう。

 けれどそれは、制服の袖を掴まれるという、ごく一般的な必殺技で封じられてしまった。

「逃げるなよ、愛川」

 俺の服の袖を掴みながら、そう言う語部。

「…………」

「答える気がないならいいさ。でも聞いてくれ。きっとこれは、君に必要な話しだ」

「…………」

「人間には優先順位がある。命だとか、宝物だとか、愛だとか。何でもいい。何でもいいけれど、そこには確かに優先順位があるんだ。人には一つくらいは、譲れないものがあってしかるべきだと私は思う。でもね、愛川。人は譲れないものがあるからでこそ、争うのさ。自分の譲れないものを脅かす者たちから、それ守るためにね。だから戦いは起きるし、戦争は開かれる。人が人である限り、戦いはなくならないんだよ。でも。でもだよ、愛川? もし、世界の住人全員が君だとする。そしたら、世の中から戦争はなくなると、そう思わないかい?」

「…………それ以上言うなら、怒るぞ?」

「怒らせてるんだよ」

 怒りという感情はあるんだね。と語部は続けた。

 実は怒る気などサラサラない。

 言ってみたかっただけ、というやつだ。

 そもそも俺にとっては、あまり……いや、あまりにも。怒りという感情は、他の感情と区別が付かない。

 人は、嫌な気分がするというけれど。

 嬉しい時にだって、嫌な気分はするじゃないか。

「人には、守るものがある。他者との分水嶺がある。戦いを一種のコミュニケーションと言う人もいるけれど、それは間違いだよ。人と人が戦うとき、ぶつかるとき、それはいつだって殺し合いさ」

「…………」

「それは自分の、個人の中であっても変わらない。人の中で、常に優先順位は変動しているからね。人間一人の中にも、千の考えがある。だから普通の人間が……例えば、そこの席に座っている万全(まんぜん)くん」

 語部は教室の隅の方に座って、顔を伏せている男子を指差す。

 たしか、うちのクラスの保健委員。

 根暗な少年だったと記憶してる。

「例えば、世界全員、六十三億人が全て彼だったとしても、それでも戦争は起きると思うよ。当たり前だ。同じ人間であっても、住んでいる場所、生きている時間、出会った人で、人間は幾らだって変わる。まあ最も、この場合は全員同一人物なんだけど。しかし、それでも人間は千差万別だ。いや、億差兆別とでも言っておこうかな?」

「でも……それは俺だってそうだろ?」

 精一杯の反抗をする。

 無駄だとは知っている。

「いいや、君は違う」

 真剣な目で、そう言う語部。

 学校の教室、授業合間の休み時間とは思えない光景だ。

 しかし、そんな俺の思いも知らず。否、知っていて、語部は冷たく笑った。

 冷笑主義。

 シニシズム。

 通り名どおりの奴だな、コイツは。

「君は間違っているよ、愛川」

 君はそれに、気が付くべきだ。

 語部がそう言うと同時に、三時間目の始業を告げる音楽が学校を包んだ。

 廊下にいた生徒たちがゾロゾロと教室に入り、席に座る。

 俺と語部も、自分の席に着いた。

 そんなこと。

 気づいているさ。

 二年前に。

 とっくのとうに。


「あ、トイレ行き忘れた」


 俺はとうに、終わってるんだから。



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