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第十八話 『辿り着けそうに――ない』



 帰りの電車の中、俺は考えていた。

『もしこの女が今でも生きていたのなら、今頃世界が滅んでいただろうに。と思っての』

 フルフルはそう言っていた。

 話を聞くと、どうやら語部は物凄い魔法力を持っていたらしい。

 奇跡を起こす力、というよりも。

 魔法を扱うテクニックがあったらしい。

 語部自身もそれに気付いてはいなかったけれど、もし今、人間が魔法を遣いやすくなっているこの状況で彼女が生きていたら、世界を滅ぼせるほどの魔術師になっていたのに……という。つまりそれだけのことらしかった。

 別に語部が世界を滅ぼすとか。

 そんなことをフルフルは言いたいわけではなかったようだ。

『彼女のことを特別扱いせずにはいられないのよ』

 鬼瞳もそういえばそんなことを言っていたっけか。

 なるほど、確かに語部は特別だったわけだ。

 俺にとっては、今でもただの友達だけれど。

 どうやら本当はスゴイ奴らしかった。

 まあ、死んでしまった今となってはどうでもいいことだけれど。

 電車の中の液晶掲示板が次々とCMを流す。

 途中、保険のCMになり『あなたの幸せ、無事ですか?』というテロップが流れた。

 だからだろう。ふと、質問したくなった。

「なあ、鬼瞳。語部は幸せだったと思うか?」

 俺の隣で、寝ているフリをして肩に寄り掛かってきていた鬼瞳に話し掛ける。

 バレバレだよ、お前。

「あたしは今寝ているのだから話しかけないで」

「じゃあ、独り言ってことで」

「…………別に、彼女は不幸ではなかったと思うわ」

 俺の言葉に諦めたのか、話し始める鬼瞳。

 どうせなら肩から頭を退けていただけると助かるのだが……。

「幸せかどうかと言われると、それは微妙なラインになってしまうけどね。でも不幸ではなかったと思うわよ? 冷たく笑い、いつも何かを皮肉るように微笑んでいたけれど……それを不幸と呼ぶほど、あなたは愚かではないわよね?」

「ああ、大丈夫だよ。……そういえば、生徒会でのあいつってどんな風だったんだ?」

「まだ違う女の話を続けるつもり?」

「違う友達の話だよ。良いじゃねえか――もういない奴のことを少しぐらい語っても。バチは当たらねえだろ?」

「あたしの包丁は突き刺さるかもね?」

「ご、ごめんなさい」

「フフッ、ウ・ソ・よ」

「聞こえねえんだよ……」

 お前が言うと余計にな。

「語部さんは……そうね、有能で万能だったイメージがあるわ」

「そんなに凄かったのか?」

「ええ、万能とマンボウを取り違えるくらいには」

「それは凄いのか分からねえな……」

 果たしてマンボウは万能なのか。

 いや、関係ないけど。

「大抵の雑務なら一人で済ませてしまうし、その上勉強も完璧。スポーツまで完全となれば、憧れない人はいないわよね」

「あいつ――そんなスーパーマンみたいな奴だったのか……」

「スーパーマン、ねえ……。聞こえはいいけれど、それってつまり――独りってことじゃない?」

 鬼瞳にそう言われ、確かにそうだと思った。

 スーパーマンは強い、賢い、カッコイイ。

 なるほど、まるで語部だ。

 けれど、その実。

 独りで秘密を抱える孤独屋でもあった。

 彼女は決して、俺にそんな風は見せなかったけれど、それさえもまた彼女の強さだったのかもしれない。

 俺はやっぱり、彼女の事を何も知らなかったのだと思い知った。

 でもそこに罪悪はなかったし。

 また同時に、天罰もなかった。

「語部さんも、スーパーマンでなく、パーマンだったら良かったのにね」

 鬼瞳がそんな感じに締めて、この会話は終わった。

 うるせえよ、パーマン二号。

 そして暫くの間沈黙が続いた。

 俺は何も考えず、ただボーッと液晶の掲示板を眺めていたが。

 一体、鬼瞳の奴は何を考えていたのだろうか。

 父親のことか。

 悪魔のことか。

 語部のことか。

 はたまた俺のことか。

 死について考察していたのかもしれない。

 もしくは、何も考えていなかったのかもしれなかった。

 そういえば、俺の両親は結局、俺と会話することはなかった。

 鬼瞳とは随分話していたようだが、俺とはからっきし。

 ただいまも言わなければ、おかえりもなかった。

 そしてさよならも言わず、俺は昼頃にはあの家を出たのだった。

 もう、あの家は俺の家ではないのだろう。

 何となくそう思った。

 何の感傷もなかったけれど。

 フルフルも駅まで送ってくれて「また、暇があったら来いの」なんて、それこそ親みたいに言ってくれたけれど(結局最後まで語部の姿だった)。

 もう多分、あの町に帰ることは二度とないだろうなと思った。

 去年も同じことを言っていたのを思い出すけどさ。

「結局、収穫はなかったわね」

「ん? 語部の事件のことか?」

「それ以外にないじゃない。というか、最初の目的はそれだったはずなのに。随分と色々遠回りをしたものだわ」

「まあ、俺の人生なんていつもそんな感じだしな」

 遠回りして、行き止まって。

 また回り道するも辿り着けず。

 そのまま一生迷ったまんまで。

「でもまあ、今回は収穫がなかったってほどじゃなかったけど」

 辿り着けないまでも、近づけはした。

「ふうん。何? 犯人でも分かったの?」

「ああ、分かった」

 俺の一言に、鬼瞳は「えっ」と意外そうな反応を見せる。

「分かったの? 犯人?」

「だから分かったって言ってんだろ。嘘なんか吐かねえよ。俺は友達に嘘は吐かないんだ」

「ダウト」

「なぜバレた」

 友達に嘘を吐かない、のほうで。

「なら、すぐにでも捕まえなさいよ。人殺しが街中を歩いているなんて、考えただけでも恐ろしいわ」

「ダウト」

「なんでバレたのかしら?」

 お前が言うなってことだよ。

「捕まえるも何も、どうしようもねえんだよ。なんつうか、ツマらない結末だった」

「勿体ぶってないで言いなさいよ。それで、結局だれが犯人だったの?」

「ああ……それは――」

 ――――その瞬間。

 ――――――その一瞬。

 それは俺の目に飛び込むかのようにして、横から流れてきた。

 テロップが――。

 電車の出口付近に設置されている液晶掲示板のテロップが――。

 まるで俺の言葉を遮るように。

 俺の視界を遮った。

 いや、実際に遮られたわけじゃない。

 見えなくなったわけじゃなく、目を奪われた。

 それすらも比喩表現にすぎなかったが、だがしかし、確かに俺は目を奪われた。


『四獅子市連続通り魔事件の犯人が自首。犯人は十七歳少年の模様。現在取調べ中』


 その端的な文章で、全てが伝わった。

 そして、全てが終わった。

 とうに事件は解決していたのだ。

 俺が解決編をやる必要もなく。

 この物語に、解決編は存在しない。

 もうとっくに、終わった物語だったのだから。


 俺の人生はいつもこうだ――。


                 どうやら今回も。


                             辿り着けそうに――ない。




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