第十七話 『世界が滅んでいただろうに』
目を開けると、見えたのは見知った天井だった。
これではシンジ君の気持ちが分からない。
いや、そもそも俺はシンジ君の気持ちが分からなかった。
エヴァンゲリオンは友人の悪魔に死ぬほど見せられたけれど。
何度見ても、彼の気持ちを理解することはできなかった。
なぜ彼は恐怖したのか。
なぜ彼は逃げ出したのか。
なぜ彼は戦ったのか。
あるいは恐怖しなかったのか。
あるいは逃げ出さなかったのか。
あるいは戦わなかったのか。
何回見ても答えは出なくて。
ただ胸の辺りのモヤモヤのみが蓄積していった。
死ぬのは怖いのだろうか?
生きるのは辛いのだろうか?
戦うのは恐ろしいのだろうか?
分からなかった。
分かろうとはしたけれど。
――分からなかった。
「そのまま死んでしまえば、きっと分かったんじゃない?」
見知った天井に、見知った顔がフェイドインしてきた。
鬼瞳哀赤。
殺人鬼。
どうやら着替えたらしく、格好はワインレッドのワンピースに戻っていた。
「ここは――実家か?」
「ええ、彼女……いえ、彼かしら? に聞いたら教えてくれたから、気絶していたあなたを連れてきたのよ」
体を起こして部屋を見渡すと、そこはよく見知った実家の俺の部屋だった。
と言っても、もう相当数の家具や持ち物はアパートのほうにあるので原形を留めてはいなかったけれど。
あるのは今俺が寝ていベッドくらいだった。
窓からは朝日が射し、部屋の中を照らしていた。
そして部屋を見渡すと同時に目に入る、その物体。
彼女とも言えるし、彼とも言える。
性別のない生物。
悪魔。
「久しいのお、ムッキー」
「変な呼び方すんな。ああ、久しぶりだな、フルフル」
俺がフルフルと呼ぶその生物は、浴衣を着ていた。
青の生地に紫のアジサイ。
長く黒い髪は頭の後ろでポニーテールになっている。
語部了子。
その姿がそこにあった。
姿だけだけれど。
「ありがと、お前が助けてくれたんだろ?」
「例を呼ばれる覚えはないわい。なにせ友達じゃからの、助けるのは当然じゃ。黒服の奴らの安否も安心せい。記憶を飛ばしただけじゃ。そこの赤鬼の父君が借金をしていたという記憶そのものを消しておいた。もう追ってはこないじゃろうて」
「そうか、そこまでしてくれるなんてな。改めてありがとう。けどさ、欲を言えばもっと速く出てきてほしかったわけなんだけど?」
「まあ、そう言うでない。ワシにもワシなりのタイミングというものがある。その代わりに人払いの結界を張ってやったのじゃから感謝してほしいくらいじゃわい」
「良く言うぜ、俺と途中ですれ違ってたじゃねえか」
「ん? すれ違う? 何のことじゃ?」
この野郎、すっとぼけやがって。
まあ、今はそんなことどうでもいいか。
「あの……あなたがその……悪魔なんですか?」
俺とフルフルがそんなやり取りをしていると、恐る恐る鬼瞳が話し掛けてきた。
別に緊張することないのに。
こいつは近所のおじちゃんレベルと考えて、なんの問題もない。
「いかにも。ソロモン七十二柱の魔神の一柱にして、二十六の悪魔軍団を率いる序列三十四番の地獄伯爵、フルフルとはワシのことじゃ」
「嘘……本当だったなんて……」
鬼瞳の奴、やっぱり嘘だと思ってたのかよ……。
まあ、実際にフルフルの力を目の前で見ているはずだし、これで信じてくれんだろ。
「と言いたいところなんじゃが、それは人間が勝手に付けた記号だからの。そんな堅っ苦しい名義よりも――モンハンに出てくるフルフルくらいに思ってくれ」
「お前は余計なこと言うんじゃねえ!」
俺の信用もお前の信用もガタ落ちだよ!
「町の子供たちからは『二丁目のフルチン先生』と呼ばれておる」
「愛されてんなあ、おい!」
俺がいない間に何やってんだよ。
「子供たちにモンハンを教えておった」
「マジで何してんだ!?」
「持ちネタは『フルフルはワシに任せろ!』『いや、先生もフルフルじゃん』が鉄板じゃな」
「そんな情報はいらねえよ! なんかもっとスゴイ情報とかねえのか?」
「スゴイ情報のお……ああ、そういえば昨日商店街の福引で一等が当たったぞ」
「スゲェ!」
確かにスゴイ! スゴイけども!
「賞品はPS3。これでやっとワシもHDが買えるわい」
「庶民派すぎるだろ、お前……」
どこの世界に子供と一緒にモンハンする悪魔がいるんだよ……。
いや、ここにいるけどさ……。
「まあ、ワシは庶民派だけども……。お主は相当過激派らしいの」
「ん? 俺の? どこが?」
「一年ごとに女をとっかえひっかえとは、さしものワシも恐れ入った」
鬼瞳を悪魔的に笑いながら見るフルフル。
「しかも、赤鬼とはのう。過激に過激をプラスして、そこまでスパイシーに自分の人生をアレンジしたいのなら、いっそのことカレー屋にでもなれとでも言いたい気分じゃわい。去年の娘っ子はどうした? この顔の。お主が女子と歩いているのを見かけたので、この顔で近づいて驚かせようとしたのじゃが……。まさかたった一年で恋仲を変えるほどお主がプレイボーイだったとはワシも思わんかったよ」
そうか、こんな田舎にまであの事件は伝わらないか。
もしくはこの悪魔がニュースをあまり見ないかのどちらかだ。
「ああ、あいつなら――――」
「……そうか、死んだか」
いや、まだ何も言ってないのだが……。
決して小説的技法とかではない。
心を読んだのだろう。
悪魔であるがゆえに。
悪魔だからこそ。
まあ、もう慣れっこだった。
「しかも、なるほど。里帰りしてきたのもそれが理由か。ワシに用があるんじゃな?」
「ああ」
だが、ある一定のラインからは侵入してこない。
それは悪魔と人間というよりも、俺とフルフルの不可侵条約だった。
ポケットの中から携帯電話を取り出し、データフォルダの魔法陣の写真を液晶に映す。
途中間違えてエロ画像を開いてしまったが、誰にも見られることはなかった。
しかしフルフルがニヨニヨしながらこっちを見てくる。
不可侵とか、絶対ウソだろアイツ……。
まあその件は一端置いといて、液晶をフルフルに見せる。
「この魔法陣を描いたのって、誰か分かるか?」
「誰か……は分からん。ワシとて万能じゃないしの。ただまあ、こんな魔法陣は初めて見るわい。まるでオリジナルティの塊。とてもじゃないが悪魔が描いたとは思えんの」
「悪魔が描いたんじゃない……ね」
俺がそう呟くと、鬼瞳がそれに割り込むように「でも」と口ずさんだ。
「でも、人間には魔法は遣えないでしょ? 悪魔以外の人間が魔法陣を描く意味なんてあるの?」
「ん? 鬼っ子よ。誰がいつそんなことを言ったんじゃ?」
「え?」
「誰がいつ、人間に魔法は遣えないと言ったんじゃ?」
「え、え?」
まるで間違いを指摘された子供のようになる鬼瞳。
まあ、普通はそうだよな……。
一般的には、魔法は人間には遣えないものとされている。
けれどそれは……。
「それは魔法を遣えない人間が言ったことじゃろう? 魔法を遣えない人間が、自分だけが他人から劣することがないように、そう言ったんじゃよ。偉い学者か、将又政治家か。まあ、何にしてもそれは嘘じゃよ。人間にだって魔法は遣える」
「ハハッ、父が聞いたら卒倒ものだわ……。じゃあ何? 頑張っちゃえば、あたしでも魔法を遣えるようになるのかしら?」
冗談めかして言う鬼瞳。
しかし、この悪魔に冗談は通じない。
「その通りじゃよ、赤鬼。頑張って、努力して、必死に一生懸命がむしゃらになれば、人間にも魔法が遣えるようになる。ある一定の素質と才能を持っていればな」
「素質と才能?」
「魔法を遣う素質と奇跡を起こす才能じゃ。魔法というのは要するに確率の底上げじゃからの。奇跡が起きる確率を上げているに過ぎん。だからその才能がない奴がどんなに頑張ってもそれは無意味じゃ。そいつには一生魔法は遣えん」
「なるほど、個人差があるのね。じゃあそこまで言うくらいなのだし、実際にもう魔法を遣っている人間はいるのよね?」
――――おそらく、鬼瞳なりのイジワルなのだろう。
しかし。
しかし、その会話の流れはヤバい。
それは、あの悪魔が口を滑らす会話の流れだ。
「フハハッ、いるも何も目の前に。かの『大召喚の大魔導師』。世界最初の魔術師がいるではないか」
大笑いしながら。
悪魔的に大笑いしながら、フルフルは俺を指差した。
この野郎……。
見事に口滑らせやがって……。
「あれ? 言ってはいけなかったかの……?」
しばらく、俺と鬼瞳が無言の時間を続けていると、さすがに鈍い悪魔さんも気が付いたらしく、オロオロと俺と鬼瞳の顔を交互に見始めた。
遅えよ、バカヤロウ。
鬼瞳の顔見てみろ。
もうあれ人間の顔じゃねえよ。
殺人鬼の顔だよ。
「…………殺される前に遺言はあるかしら、愛川君?」
「おいおい、いつもの口癖はどうした! 待て、ちょっと待って! 言い訳させて!」
包丁を持っている鬼瞳を必死に制す。
交渉のすえ、執行猶予を貰う。
十分間の執行猶予。
ドラマにしたら栄えそうなタイトルだ。
「そやつが悪魔を召喚したのは三歳のときじゃ」
「おいてめえ、これ以上余計なこと言うなよ?」
「分かっておるわい。さっきのはちょっと匙の加減を間違えただけじゃ。その挽回という意味も込めて、ワシに説明させてくれんかの?」
お前は量るカップの大きさを間違えてんだよ。と言おうと思ったが、もうこうなってしまった以上、俺の言葉よりも第三者の説明のほうが鬼瞳も信用できるに違いない。
分かった。任せるよ。
言葉には出さなかったが、心の中でそう言う。
これで十分にアイツには伝わるはずだ。
「こやつが悪魔を召喚したのは今から十三年前、三歳の時のことじゃった。当時はまだ、自身のぶっ壊れ加減に気付かぬ愉快に不愉快な子供での。まあ、その頃からすでにこやつの両親はこやつを手離そうかどうか考えていたようじゃが、それは置いておこうかの」
いや、余計なこと言うなって言ったじゃん。
置くなよ、捨てろ。
「そんな年の頃の事じゃ。こやつが砂場で遊んどっての。その時描いた図形が偶然にもワシの召喚式をクリアしておったのじゃ」
「三歳で悪魔を召喚したってこと……? 何の知識もなく、ただの偶然で?」
「ただの奇跡で、じゃよ」
「有り得るの? そんなこと……?」
「言ったじゃろう? 魔法というのは要するにただの奇跡じゃ。何の知識もなく、何の修練も積まずとも、起こる可能性はある。けれどまあ……悪魔を何の知識もなしに召喚してしまうというのは、明らかに異例だけどものう。確率で言えば、宝くじを当てながら雷に打たれ、飛行機事故に巻き込まれながら電車の脱線事故に居合わせ、童貞なのに性病に掛かり、地球が宇宙から消滅しても生き残り、宇宙空間で異星人と会う。この過程を一つの人生で百回繰り返すくらいの確率の奇跡じゃ。もう人間の使用する数字言語では表記できんほどのな。だから、ワシら悪魔はこれを『無限分の一』の確率と呼んでおる」
「『無限分の一』……。随分と恥ずかしいネーミングね、愛川君」
「お前に言われたくねえ」
殺人姫がなにを言うか。
……まあ、だけど。要するにそういうことだった。
俺は無限分の一の確率でフルフルを召喚した。
けれど、問題はその後で――。
「まあ、それはまだ良かったんじゃがな。召喚されたところで、三歳の子供にはワシの力は遣えこなせんし、ワシもそのまま魔界に返ればいいだけの話じゃったからの。けれど……ワシは一つの間違いを犯したんじゃ……」
「間違い……? 悪魔でも間違うことなんてあるの?」
「それはあるとも。特にこやつの前では、間違いしか起こせん」
言って、俺を睨み付けるフルフル。
あの時は悪かったって……。
つうか、それは忘れる約束だろうが。
「ワシはな。不覚にも話し掛けてしまったのじゃよ。目の前のその子供に。ただの子供なら良かった。しかし、悪魔を召喚するような子供が、果たしてただの子供なわけがない。だから、ワシは話し掛けてはいけなかった。その子供に触れる前に、その子供と一言も話すこともなく、立ち去るべきだったのじゃ。しかし結果はこの通り、話し掛けた結果、ワシはこの世界に固定されてしまった……。悪魔が『こんにちは』と言ってきて、普通に何の気も無しに『こんにちは』と返す人間に、ワシは触れてしまったのじゃ」
「それがどうしたの? そんな挨拶一つで、何かがどうにかなるの?」
「鬼の子よ、それがな、なるんじゃよ。なにせこの男は人間と悪魔の違いも分からなかったんじゃから。
こやつは、ワシを見て、それを人間だと思ったのじゃからのう。
人の姿を取ってはいなかった。翼の生えた牡鹿じゃったよ、ワシは。けれどこやつはそんなこと関係もなく、ワシのことを人間だと思ったのじゃ。×××をしたのじゃ。そして、そんな×××のせいでワシはこの世界に固定されてしまった。気付いた時には遅かったよ。もうワシは、魔界には戻れなくなっておった」
「×××で……? ×××なんかであなたは戻れなくなったの?」
「悪魔に対してそれ以上に強力な力はないからの。悪魔というのはどうしても人間の考えや思いに左右されてしまう。じゃから、人間に……それも召喚師にそう思われてしまったら。そうなるしかないのじゃよ」
だからワシは、世界に留まった。
嫌々じゃったが、そうするしかなくなってしまったのじゃよ。
フルフルはそう言って、おそらく何の意味もなく、俺の寝ているベッドに座った。
その顔で俺に近づかないでほしい……。
嫌がらせのつもりなら、それは無意味だ。
「でも、おかしいわね? 悪魔が発見されたのは二年前のことよ? あなたが十三年も前にこの世界に来ていたのなら、もっと速く騒ぎになってもよかったのじゃない?」
「ああ、悪魔は召喚した本人にしか見えないからのう、普通なら。……そうか、あれからもう二年になるのか。時間が進むという概念には、どうにも不慣れじゃな」
「じゃあ何? 今の状況は普通じゃないの?」
「当たり前のことを聞くな、赤鬼。これだけの悪魔が同時に召喚され、しかも世界中の人間に見える。そんな状況が普通なわけがなかろう」
「それはそうだけど……。なら、なんでこんな状況になったのよ? 今の状態が異常なのは世界中の人間が知ってるわ。なら一体、誰がこんな状況にしたの……?」
鬼瞳が言うと、フルフルは沈黙した。
そりゃそうだ。
そして、俺もまた沈黙を余儀なくされるんだからな。
「誰が……こんな世界にしたの?」
おそらく、鬼瞳は最初からそれが言いたかったのだろう。
世界を壊した奴は。
自分の家族を壊した奴は。
一体、誰なのだと……。
「俺だよ」
沈黙を破るように、俺はそう言い放った。
白状するように、告白するように。
白々しくも、自分の罪を言い放った。
「俺がフルフルを召喚して、この世界に留めた。そのせいで――――普通は召喚者の願いを叶えて、すぐ魔界に返るはずの悪魔をこの世界に留め続けたせいで、世界同士の境に亀裂が入った。だから悪魔が次々召喚され、世界中の人間に見えるようになっちまったのさ。つまり、全部俺のせいなんだよ、鬼瞳。俺が世界を壊して、お前の家族を壊したんだ」
鬼瞳のほうを向き、目を見ながら話す。
その目は、まるで地獄のように燃えていた。
復讐の炎。憎しみの炎。怨念の炎。恨みの炎。
そして――――殺しの炎。
そこにあったのは、確かに殺人鬼の目だった。
殺される。
俺はコイツに殺される。
今からきっと、グチャグチャになる。
それは一体、どんな気分なのだろう。
興味はあった。
しかし。
「ふうん、そう」
鬼瞳はそんな風に言って、目を逸らした。
なんで――。
「お前、俺のこと殺したいと思わないのか?」
俺がそう言うと、鬼瞳は「何で?」と首を傾げた。
「確かに家族を壊したことは憎いし、辛いし、苦しいし。正直、今にもあなたを殺したいと本能は言っているのだけれどね。どうにも意識のほうが……あたしの理性のほうが、別にいいって言ってるのよ。そんなことは、だってもう終わったことだものってね」
「終わったこと……」
「終わったことじゃない。父も家族も世界の事も、もう一段落ついたのだから、それは一回リセットしないと。あたしはそんなことよりも、あなたの方が大事なのだから」
「大事って……」
「あの時――男の人たちに囲まれた時、あたしはね、諦めたのよ」
――自分の命を。
それは……知っていた。
「でも、あなたは諦めないでくれた。自分の危険も考えないで、あなたは、あたしを助けてくれた」
助けるというより、ただ叫んでいただけなのだが……。
だが、あれはあれで意味があったということなのだろう。
「あたしはね、それがどうしようもなく嬉しかったのよ」
鬼瞳は、途中から若干伏せ目がちになりながら、そう言った。
とりわけ俺自身、あの状況で自分が役に立ったなどと思ってはいなかったが。
それでもそう言われると、こっちまで嬉しくなった。
「……ねえ、愛川君――」
言って、俺の方を見る鬼瞳。
その顔は笑顔で。
途方もなく笑顔で。
彼女は言った。
「――――あたしと、友達になってくれませんか?」
「………………あ、うん」
突然の出来事に対処しきれなくなってしまい、そんな淡白な返事を返す。
いや。
キチンとしよう。
やり直そう。
「ありがとう、嬉しいよ。俺もちょうど、そう言いたいと思ってた」
言ったら殺されると思ったから言わなかったけれど。
俺はずっと前から、お前と友達になりたいと思ってたんだぜ、鬼瞳。
「そう……あたしも嬉しいわ」
言いながら目を伏せてしまう鬼瞳。
顔が赤くなっている。
ああ、俺も恥ずかしいよ。まったく――。
そのまま鬼瞳は「飲み物でも貰ってくるわね」と部屋を出て行ってしまった。
果たして、俺の両親が飲み物をくれるのかどうか気になったが、その考えはとりあえず頭の隅に追いやり、ベッドに横になった。
まだ少し頭が痛い。
触ると歪な形のタンコブが出来ていて、ゾワッとする感覚が背中を走った。
「いつからお主は人目も憚らずに異性とイチャイチャするようになったのじゃ?」
「うるせえ」
横になった俺の顔を覗き込むようにフルフルはベッドに座った。
「いい加減、語部の姿でいるのやめろよな。不謹慎だろうが」
「不謹慎のう……。果たして、今のこの世界でそんな言葉は通用するのか……」
「……どういうことだ?」
意味深長に言葉を紡ぐフルフルに質問する。
何かが起きてるのか?
「何かが起きようとしている、と言うのが正答じゃな。――――また少し、世界の境目が緩くなった」
「…………それは、ヤバいってことか?」
フルフルの言葉を慎重に解いていく。
何かが起きようとしている。
じゃあ、何が起きるって言うんだ?
「分からん」
「あっさりしてるなあ、おい!」
さっきのタメはなんだったんだ!?
なんでそんなシリアスな雰囲気になる必要があったんだよ!
「分からん。分からんけれど、もしかしたら、人間にも普通に魔法が遣えるようになるかもしれん」
「素質が無くても?」
「いや、才能も素質もまだまだ必要じゃよ? だからワシもそこまで危険視はしておらん。ただ以前よりも魔法で起きる奇跡が起こりやすくなったというだけの話じゃ。と言っても、お前以外に悪魔を召喚しようなんていう阿呆もいないだろうし、人間が自ら自身に魔法を遣えないという暗示を掛けてくれているなら、そこまで問題でもなかろうよ」
「そうか……」
「まあ、ワシとしてはリアル魔法少女が見れるんじゃないかとワクテカしておるのじゃが――」
「そんなもんにワクワクすんな!」
お前本当に悪魔かよ……。
最近マジで一般人になっているような気がする。
それも変なベクトルで。
「鬼っ娘も萌えるのう……」
「お前に鬼瞳は渡さねえ!」
さっそく友達のピンチだった。
いや、つうかあいつは世間一般の言うところの鬼っ娘とは大分違うだろうに。
角生えてないし。
「殺人鬼なんじゃろ?」
「いや、確かにそうだけどさあ……」
殺人鬼を萌えの対象に見るってのは、明らかに異常者だろうに。
あいつに萌えるのなら、俺は幼女誘拐監禁殺人未遂事件の容疑者にまで萌えなくてはいけなくなる。
まあ、幼女誘拐監禁殺人未遂事件の容疑者が綺麗なお姉さんだと言うなら話は別だが。
「この娘は……死んだんじゃったか」
自分の顔を差しながら言うフルフル。
ああ、そいつは死んだよ。
もう随分前のことに思える。
「黒髪ロングは稀少なのにのう……」
「だから、俺の友達をそういう目で見るのやめて貰えますかねえ!」
どんな神経してんだよ……。
現代の文化障害が悪魔にも表れていた。
しかも重症。
「まあ、それなら良かったわい」
「ん? 何がだ?」
「この女、死んだんじゃろ?」
改めて自分の顔を差すフルフル。
いや、だから言ってんだろうが。
「それのどこが良かったんだよ? あんまり語部のこと悪く言うなら、いくらお前でも許さねえぞ?」
「いや、別に彼女自身が悪かったわけではないんじゃがの。ただまあ――――」
もしこの女が今でも生きていたのなら――
――――今頃、世界が滅んでいただろうに。
と思っての――。
そんな言葉が――。
耳を貫くようなそんな言葉が――。
――――酷く、頭に響いた。
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