第十三話 『非望町』
電車に乗るのは何となく好きだった。
優先順位が上というわけじゃないけれど、多分みんなもそうだと思う。
「それで、殺しても良いのかしら?」
「だから、無理矢理口癖を遣おうとするなよ……」
「噛んじゃったのよ。それで、どこに向かっているの? と言おうとしたの」
「そんな噛み方があるか。ああ、まあ……」
要するに、地元だよ。
故郷とも言うのか。
俺にとってあそこが故郷と言えるかと思うと、そうでもないと答えが返ってくるけれど。
少なくとも、俺の生まれた町だ。
今はそこに向かって電車で走っている。
俺と鬼瞳は隣り合うように客席に座っていた。
車両には俺と鬼瞳の他に、ちらほらと乗客がいる程度。
まあ、田舎だしな。
ちなみに鬼瞳は昨日着ていた赤いワンピースにフォームチェンジしていた。
赤いワンピースに黒のストッキング、それと紅色のパンプス。
ワンピースは結局血の色が落ちず、ワインレッドのままだった。
まるで彼女の罪のように。
それが落ちることは、一生ないのだろうか。
「里帰りねえ。お盆の季節はまだ先だったと思うけれど?」
「実家には帰らないよ。だた、実家の近くにある森に用があるだけさ」
「あら? どうせなら愛川君のご両親に挨拶しに行きたかったのだけど」
「何の挨拶だよ……。やめてやってくれ、ただでさえ追い出した息子帰ってきたってだけで卒倒しちまうのに、殺人鬼が訪ねてきたとあっちゃあ、うちの親が死んじまうだろうが」
「追い出した? 何、愛川君って親から勘当でもされてるの?」
「正確に言うなら、勘当すらされてないんだよ」
電車の窓から外の景色を見る。
次第に自分の家が近くなっていくのが分かっったが、特に何の感慨もなかった。
「何て言うかさ。その……無機君が家出てくれると嬉しいなー的な空気を出されてたわけよ。小学生の時からずっとな。だから高校に上がる時に思い切って出てきた。俺も正直、荷が軽くなったし、両親にとってもこれが一番いい方法だったんだろうな」
「何それ、気味が悪いわ」
「そう言ってやるなよ。むしろ俺の親なんて十六年間よく頑張った方だと思うぜ? 大概の奴は一年俺と一緒にいれば離れていくのさ、次第にな。気味でも悪くなったのか、もしくは気色が悪くなったのか。まあ、何にしたって俺の周りにはいつだって誰もいないのさ」
そういう意味では、語部は少し例外だった。
アイツはアイツで変な奴で。
鬼瞳の話だと、アイツはアイツで例外だったようだ。
例外の中の例外。
確かそんな風に言ってたけか。
「なるほどね。あなたはあなたでそれほど普通とも呼べない人生を歩んできたってわけね。失笑だわ」
「ハッ、俺が綺麗に失敗できた原因はもしかしたら親にあるのかもな。自分の息子だろうが、気持ち悪いものは気持ち悪いってちゃんと言えたんだからな、あの人たちは。俺のことをどうこうしようって気は微塵もなかったみたいだし、むしろ俺のことなんて、もう忘れてんじゃないかな」
「酷い話ね」
「酷くなんてないよ。当たり前の話だ。気持ち悪いものからは逃げればいいし、気味の悪いものは避ければいい。そんなのは当然の話だろ?」
俺がそう言うと、鬼瞳は「ムッ」と呟いた。
「…………あなたのダメなところは、そんな台詞をなんて気も無しに吐けてしまうことね。いい、愛川君? 自分のことを気持ちが悪いとか、気味が悪いとか、簡単に言っちゃだめよ。それは自分でそれを認めるってことで、みんなにそう思われることを容認しているってことなんだから」
……殺人鬼に説教されてしまった。
何気なく、そんな姿に語部を重ねる。
だからなのか、なぜか反撃してみたくなってしまった。
「いいよ、俺はそれで。それにさ、いつかお前も離れてくんだよ。一年としないうちに、みんなみんな離れてくんだ。きっと自分でも気付かないうちに色んな人を巻き込んで潰してるんだよ、俺は。それで、最後には誰もいなくなる」
「あたしは……!」
あたしは離れないわ!
…………。
え?
「あっ、い、いえ、あの、そのね。な、何でもないわよ、忘れなさい。ただね……あなただけじゃないのよ、独りなのは」
「…………」
あたしだって、もう十二分に独りだわ。
「それにあたしは殺人鬼ですもの。普通の人と一緒にしないでくれるかしら?」
「……ハハッ。ああ、その通りだな」
「語部さん風に言うのなら、あなた間違ってるわよ?」
鬼瞳のその言葉に少しだけドモる。
「ああ、その通りだ」
その後は二人ともただ黙って過ごしていた。
沈黙は、そこまで不快ではなかったような気がする。
そして着く。
俺の実家。
地元。
生まれた場所。
故郷。
どれも当てはまらない。
どれでも当てはまる。
思い出のない故郷。
非望町。
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