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第十一話 『区別』



「で、結局お前はどうするの?」

 俺がそう質問すると、ベッドの上に寝っころがりながらポテトチップスを貪っていた殺人鬼は、「ん?」と首を傾げた。

 ちなみにポテトチップスは、さっきコンビニで買ってきたものだ。

 夕飯を買いに行ったら、いつの間にかレジに置かれていた。

 付いてくるなと言ったんだがなあ……。

「何が?」

「何がじゃねえ。ここに泊まんのは別に構わねえけどさ。親御さんとか、心配してんじゃねえのか?」

「だから、言ったじゃない。家族全員海外旅行に行っちゃって、家から閉め出されちゃったのよ」

「それがどうにも怪しいから言ってんだ。お前、自分の事特別クラスだって言ってたじゃねえか、てことは家もそれ相応の金持ちなんだろ? なのに、娘を置いて海外旅行に行くってだけでもおかしいのに、果たして家から閉め出されたりしますかね?」

 俺の台詞を聞いて、顔をしかめる鬼瞳。

 なんだ?

 何か俺、聞いちゃいけないこと聞いたか?

「…………それがそうでもないのよ。あたしの家はそれ相応どころか、それなりですらない。上級家庭の中でも下の下の下の家でね。この度、借金取りに追われて国外逃亡ってわけ。家も差し押さえられちゃって、閉め出されてるわ」

「…………」

「ほら、嘘は吐いてないでしょ?」

「いや……なんかゴメン」

「いいのよ。バカなのは発狂した父なのだから。対応できなかったのね、この世界に……最近、その非現実的な存在の新種が現れたって聞いて、もうダメだったみたい。それで会社も倒産。元々借金があったらしくて、その負債を抱えきれずに国外逃亡。笑っちゃうわよね」

 まったく……バカだわ。

 そう言って、鬼瞳はパリっとポテチをかじった。

「それで、お前一人で野宿してたのか? どこのホームレスお嬢様だよ。いや、それどころの騒ぎじゃないのか。なんでお前一人、日本にいるんだよ? 他の家族はみんな一緒なんだろ?」

「あたしは……邪魔だもの」

「邪魔?」

「邪魔よ。自分でも、あたしが自分の娘なら置いて行くと思うもの。あのね、愛川君、あたしが初めて人を殺したのはいつだと思う?」

「?」

 連続殺人が始まったのが一週間前だから、その頃か?

 俺がそう言うと、鬼瞳は「いえいえ」と首を振った。

「三歳のころよ」

「三歳……?」

「そう、三歳。初めての七五三よ」

「いや、今その情報はどうでもいい」

「もしくはビッチに覚醒する時期よ」

「ビッチとか言うな」

 思春期と言え、思春期と。

 第一性徴期だ。

「まあ、あたしの場合は殺人鬼に覚醒してしまったわけだけれど」

「…………」

 そういう大事なことをサラッと言うのをやめて欲しい。

 クセなのだろうか。

「それこそ初めての七五三だったかしら……? 何かしらの晴れ舞台の日だったと思うのだけれどね、その日にあたしは自分の姉を殺したわ」

「お前、姉妹がいたのか……」

 いえ、そこは重要じゃないのだけれどね?

 でも大事な、重要じゃないけれど大事な姉だったわ。

 そう言って鬼瞳は話を続けた。

「テンプレのようだけれど、優しい姉でね。いつもあたしに優しくしてくれて、子供ながらに愛想も良くて、大人にも子供にも人気だったのよ。それで、あたしもそんな姉が好きになってね。生まれて初めて、誰かを好きになってね。


 それを、区別したくなってしまったのよ。


 まだそのころ、死というものを知らなかったあたしは、多分あなたと同じ視界だったと思うわ。だから、そんな靄の掛かった視界の中から姉を出したくなって、もっとハッキリ姉の顔を見たくて、だからあたしは姉を殺したわ」

 区別するために。

 他の人間と区別するために殺した。

 愛する人を。

 愛するゆえに。

 殺し尽くした。

「死んだ姉は綺麗だったわ。この世界で一番。少なくともあたしが……三歳のあたしが見てきたものの中では随一に、彼女は完璧になった。あたしの視界の中で唯一、その目でハッキリと見えるものになったのよ。そうね、例えるなら地上アナログから地上デジタルになったみたいなものかしら?」

「案外どうでもいい違いだな、おい」

「そりゃあ、あなたにとってはどうでもいいでしょうけど、あたしにとっては革新的な違いだったのよ。それからね、あたしが殺人鬼として行動したのは」

「お前がお姉さんを殺したのを、父親とか母親は知ってたんだろ? なんで止めなかったんだ?」

「そりゃあ、企業の社長の令嬢がその妹に殺されたとなっては、社会的な対面の問題にもなるし、しかも残った跡取りはあたし一人。両親からすれば、姉の存在をもみ消して、あたしを匿った方がメリットはあったのよ」

「メリットって……」

「メリットよ。メリットとデメリット。それだけなのよ、世の中って。簡単だわ」

「俺には分からねえ違いだな。メリットデメリットって、リンスの名前しか思いつかねえや」

「ふふっ、あなたらしいわね」

 そう言って鬼瞳が笑ってくれたのが、ほんの少し救いだった。

 メリット。

 デメリット。

 俺にとって一番遠い言葉だ。

「まあ、そんなこともあってあたしは殺人鬼に目覚めちゃって、それからも色んな人を殺して殺して殺して、潰して潰して潰して、折って破って切り捨てて、生きてきたのだけれど」

「でも、お前は未だに捕まってないよな? それどころか噂にすらならない。やっぱりそれも……」

「ええまあ、父が裏で工作してくれていたんでしょうね。当時は、それくらいの余裕もあったし、父としても唯一の跡取りを失いたくなかったでしょうから。それに、あたしを矯正しようとしていたし」

「矯正?」

「そう、心の矯正。心のお医者さんに掛かって、なんとか殺人行動を止めようとしていたのよ。結果はまあ、見ての通りというか、悪化の一途を辿って、終着地点が見えてきちゃった感じがあるけれど、でも頑張ってはいたわ。それでもダメだったけど。話したと思うけど、父は非現実的なものがあまり受け入れられる気質じゃなくてね。要するに、自分の娘が殺人衝動なんていう、非現実的なものに侵されるのが耐え切れなかったのよ」

「だから矯正しようとしたのか……」

「それが、あたしが失敗し損ねた理由」

 少しばかりの常識を身に着けてしまったがために、得た苦痛。

「あたしもせめて、あなたのように綺麗に失敗できていたら、また違った人生があったんじゃないかと思うわ」

「綺麗に失敗って……褒めてねえよな?」

「モチのロンよ」

 ハッ。

 ハハッ。

 その後、二人ともひとしきり笑った。

 お互いを嘲笑するように。

 お互いを慰めあうように。

 ただ笑っていた。

「あたしが置いて行かれるのは、だから当たり前のことなのよ。仕方ないわ、あの家を壊してしまったのは、誰が何と言おうとあたしなんだもの。あたしがもう少しマトモだったのなら、今でもどうかしら。笑えていたのかしらね、家族全員で。ねえ、どう思う? 愛川君」

「どうもねえし、こうもないさ。お前も言ってたじゃねえか、考えたって仕方がない。人間なんてのは、何も考えずにただ飯食って寝て、エロいことしてりゃあ幸せなんだよ。それ以上を求めるから失敗するんだ。少なくとも、俺はそうしてる」

「…………そうね。考えたって仕方ないわ。でも愛川君、あなた、ならなんでそこまでして、語部さんを殺した犯人を捜しているの? 探偵ごっこでもなく、刑事ドラマでもなく、土曜ワイド劇場でもないのなら、何のためにやってるのよ?」

「…………愛を探すため、って言ったら?」

「ふざけてるとブン殴るわよ?」

「ふざけてねえよ!」

 なんだそのガキ大将理論!

 別にふざけてるわけじゃねえよ。

 これでも本気なんだ。

「お前にとっては『死』こそが、世界を区別するための鍵みたいなものだったんだよな?」

「ええ、だから人に会ったらまず殺すわ」

「出会った瞬間さようならじゃねえか!」

 どんな殺人鬼だ!

 節操なさすぎなんだよ、お前。

「まあ……だから、俺も俺なりのトリガーを探してるんだよ」

「それで何で、あんな恥ずかしい答えに繋がるの?」

「恥ずかしいとか言うな」

 必死に考えてんだぞ、これでも。

「とりあえずまず、俺が世の中で特別に思うものを上げてみた。誰にだってあるじゃねえか? 優先順位の一番上にくるもの。世の中で一番大切に思うものって」

「あたしにとっての殺人とかね」

「そうそう」

「で、結果は?」

「まあ…………なかったわけだけどさ」

「ゲームオーバーが速すぎるわよ。クロノトリガー買ってあげるから、それで我慢しなさいな」

「いや、いいよ」

 そんな慰めはいらない。

 クロノトリガーはちょっと欲しいけど、いらない。

「まあ、それで見つからなくてさ。語部曰く、俺の中には優先順位ってものがないらしいんだよ」

「それは見ていれば、語部さんじゃなくても分かるわね」

「天秤にさ、何を乗せても常に一定。どんな重さの物を乗せても、あるいは乗せなくても一定なんだ。だから俺にとっては、お前にとってのトリガーであるところの『死』でさえも、また平等。生きることとそこまで違わない」

「それも、最初に会った時に分かったわよ。あなた、死というものをこれっぽっちも怖がっていなかったもの。どっちでも良いですって目をしてたわ」

「そこまで酷かったか?」

「ええ、酷いも酷い。今まで色々な人を殺してきたけど、あなたみたいな人間は前代未聞よ。こっちが怖かったくらいだわ」

 俺もあなたが怖かったんですけどねー。

 バレてなかったようでホッとした。

「だからまあ、端的に言えば諦めた。その方向でのアプローチはムダだって分かったからな。それで考えて考えて、俺は思い付いた」

「何を?」

「俺は『愛』を知らない」

「ほう……本格的に殴られたいらしいわね? もしくは、殺しても良いのかしら?」

「いや、だからふざけてねえって!」

 手が出るのが速すぎるんだよ、お前。

 あと、無理矢理使い道のない口癖を挟むのもやめろ。

「知らなかったんだよ、愛の価値って言うか、重さみたいなものをさ。多分世界で唯一、それだけを知らなかったんだ」

 世界中でたった一つ。

 愛だけが、俺の中でその天秤に乗せようもない存在だった。

 重さが分からないのだから、乗せようがない。

 大きさが分からないのだから、比べようがない。

 俺は、愛を知らなかった。

「だから、それが鍵かも知れない……ってわけね?」

「ああ」

 もう、これしかないんだよ。

 俺がこの世界で、死なずに、生きる為には。

 愛を知るしかないんだ。

「確かに、あなたがそれしかないというのなら、それしかないのだろうけれど、愛を知るって一体全体何をどうするの?」

「…………さあ?」

 ドボッ。

 くはっっっ。

 は、腹パンされた……。

「次は殺しても良いのよね?」

「す、すんませんでした……」

 き、鬼女だ……。鬼女が俺の部屋にいた……。

 なるほど、確かに人間の解体作業を一人でするだけのことはある。

 相当の力だった。

 い、息できねえ……。

「まあ、だから分かんねえからさ。聞いてまわることにしたんだよ」

「愛って何ですか。って?」

「うん、そう」

「…………あのね、愛川君」

「ん?」

「あたし今、どうしても殺したい人間がいるのだけれど、ノコギリかドリルってないかしら?」

「俺の部屋にそんなカッコイイものは置いてねえよ」

「できれば鉈が良いわね。あたしのキャラクター性もアップするし」

「鉈に人気上昇効果はねえよ!」

 あれは、ある特定のヤンデレキャラが持つから良いんだよ。

 元から殺人鬼のお前が持っても何のインパクトもない。

「インパクトはなくても、斬魄刀にならなるかもよ?」

「発音が似てるからってテキトーなこと言うな」

 お前、いつから死神になったんだよ。

 殺人鬼じゃなかったんかい。

「発音と言えば、全然関係ないのだけれど、電動ノコギリの隣に電動ハブラシって書くと、なんか物凄くハブラシが怖いものに見えてこない?」

「あまりに関係なさすぎる話で、俺的にはお前の言語能力が怖いよ!」

 お前、本当は日本語通じてないんじゃねえだろうな?

 鳴き声がそれっぽく聞こえるとか。

 まあ、それは置いといて。

「だから、聞きたいのさ、俺は。語部を殺した犯人突き止めて、愛って何ですか? ってさ」

「何で犯人に聞く必要があるのよ? そんなの、そこら辺にいる人捕まえて、聞けばいいだけの話じゃない」

「何となく……かなあ。何となく、その犯人なら知ってるような気がするんだよ」

 愛だの、恋だの。

 そんな感じのアレコレを。

 俺の望んだ形で持ってそうなんだよ。

「……バカらしいわ」

「ああ、他人にとっちゃあ馬鹿らしいだろうな」

 でもな、鬼瞳。

 世の中なんてのは、そんなことの宝庫なんだぜ?

「誰だって、人の優先順位にケチは付けられえねえよ」

「…………なるほど。ある意味、あなたの中の優先順位は動いたということね」

「ん?」

「いや、だって。今のあなたにとっては、愛を知る事こそが一番の目的なわけじゃない? それって、優先順位が上ということにならないのかしら?」

「…………なるほど」

 ちなみに、この考えを提案したのは語部なのだが……。

 まさかそこまで考えてたのか、アイツは?

 いなくなっても、無駄に脅威を振りまく奴だった。

 いてもいなくても、やっぱり俺の中では同じことだけれど。

「それは……あなたの中にいる。ということなんじゃない?」

「…………」

 どうなのだろう……?

 少なくても、俺には分からない問題だった。

「まあ、それは追々考えて行けばいいでしょうね。人生は思っているよりも短いけれど、そのうち見つかるわよ。あなたにとっての、重要で大事な掛け替えのない何かが」

「……ふうん。そんなモンかね?」

「そんなものよ。案外、何でもないことで見つかるものだから。そういうのって」

「まあ、殺人鬼は御免だけどな」

「あたしだって御免だわ」

 鬼瞳はそう言って笑った。

 苦く苦しく笑ってみせた。

「とりあえず、飯食うか?」

 時間は午後六時。

 そろそろいい頃合いだろう。

 コンビニで買ってきた弁当を鬼瞳と食べる。

 昨日、語部と食べたはずなのに。

 人と一緒にメシを食べるのが、ひどく久しぶりに思えた。

 ちなみに俺は焼き魚弁当。

 鬼瞳はプレミアムロールケーキ。

 女子ってのは不思議な生き物だと、改めて思った。



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