第九話 『悪魔に』
「あたしは語部さんを殺してなんていない」
鬼瞳はそう言った。
「あたしには語部さんを殺してメリットなんてないし、そもそも殺人自体にメリットを見出すのが殺人鬼だもの。でもね、だからってバカにしないで。あたしはね、誰でもいいわけじゃないの。愛するものを殺す殺人鬼よ。自分が愛したものしか殺さないわ。まあ、生きている人間の区別なんてほとんど付いていないようなものだから。差別することは出来ないけどね。無差別殺人以外の、差別殺人なんてあたしには出来ないのよ。それに言ったでしょ? 魅力的な子だって。語部さんを無差別に殺すなんて、あたしには出来ないわよ。あなたには多分わからないのでしょうけれど。彼女はね、差別せずにはいられないのよ。並の人間なら、大抵の人が彼女を特別扱いするわ。いえ、特殊扱いとでも言うのかしら? とにかく、あたしじゃないわよ。あたしじゃ、彼女は殺せない」
そう言った。
彼女は語部了子を殺していない。
それどころか、語部が死んだことすら知らなかった。
話によると、もう三日、学校に行ってないそうだ。
一体いつから、ホームレスのような生活をしていたのか……。
本当に家から閉め出されたのか、疑わしかったが。
まあ、とりあえず、それは置いとくとして。
「本当にお前が殺したんじゃないんだな?」
「何度も言ってるじゃない。あたしが殺したのはあなたが今日見た『アレ』で六体目よ?」
「語部が五人目だったってわけか?」
「違うわよ、昨日殺したのは男だったもの。いくら見分けが付かないと言っても、そこまで酷くないわよ。まあ、あなたなら分からないけれどね。テレビ点けてみれば? 何か分かるかもよ?」
言って、ベッドの上に放り投げられていたリモコンでテレビの電源を点ける鬼瞳。
勝手に人んちのもん使うなや。
テレビではちょうどニュース番組が放送されていて、アイドルのスキャンダルについて取り上げていた。
「あたし、この娘嫌いなのよ」
「いやいやいや、関係ねえだろ、今それ」
そんな風に話しながらしばらくニュースを見ていると、急にアナウンサーが慌て出し、その手に原稿が手渡された。
ちなみに明日の天気は晴れだった。
関係ないけど。
『速報です。今日昼頃、七名県四獅子市の大量連続殺人事件の新たな被害者が発見されました』
あー。さっきの死体か……。
置きっぱなしだったからなあ――。
『殺害されたのは四十代男性、無職の男で、おそらく連続殺人事件の犯人と同一犯の犯行と思われます。犯人はこれまでに七人の被害者を殺害し、未だ逮捕には至っていません。警視庁はこの件に対し…………』
…………?
七人?
七人目だって?
「お前、嘘吐いてたのか?」
「七人……ねえ」
「?」
テレビを見ながら苦笑いを浮かべる鬼瞳。
「あたしは知らないわよ。あたしが解体制作したのは、この一週間で六人。それ以上はなく、またそれ以下でもないわよ」
「じゃあ、何だって言うんだ? その一人の違和感は、いったい……」
いや、いったいも何もない。
つまりは一人。
語部了子が数に入ってないだけなのだから……。
「つまり、この四獅子市にあたし以外の殺人者がいるってことよ」
語部さんを殺した。
もう一人の死体制作者がね。
そう鬼瞳は言った。
「お前じゃないのか? 証拠は?」
「…………証拠を必要とするなら、もうあなたは一般人じゃないわよ? 刑事か、警察か、名探偵になるしかない。それともなに? あなた、この事件を解決したいの?」
「ないんじゃねえかよ、証拠」
妙なこと言って、言い包めようとするな。
俺が言うと、「いえいえ」と鬼瞳は首を振った。
「本気で言っているのよ。あなた、名探偵にでもなるつもり? 語部さんのために事件を解決して、ハッピーエンドにでもなりたいのかしら?」
名探偵……。
「いや、俺はそんな大層なもんじゃねえよ。ただ聞きたいだけだよ、語部を殺した奴に」
「何を?」
「なんで語部を殺したのか、ってさ」
あと、出来れば。
愛って何なのかも、聞いてみたいものだ。
「そもそも、俺の物語に探偵役は不在だって、昔から決まってんだよ」
正確には、二年前から……。
そう決まっているのだ。
それにこの世界は、すでにミステリーのできる世界じゃないしな。
「……ふうん」
「しっかし、証拠がないっつうんじゃあ、俺はお前を信用できないな。仮にも鬼瞳さんは、六人の人間を殺してきた殺人鬼なんですからね」
「何よ、今さら」
「それも、一週間に六人も……。どんな神経してんだよ」
「仕方ないでしょ。暇だったのよ」
「暇だったって――お前なあ……」
「あなただって、そうだったんじゃないの?」
ドロドロでグチャグチャでバラバラな。
そんな世界で生きてきたんじゃなかったの?
「…………否定はしねえよ」
「あたしの場合は、そんな世界の中に唯一、認識できるものがあったってだけの話よ」
死体しか識別できない。
死しか認識できない。
生の中じゃ生きられない。
あたしは死の中で生きたいの。
彼女はそう言った。
皮肉じみた笑いで。
冷たくは笑わなかったけれど。
どこかそれは、語部を思い出す笑みだった。
「あなたはだから……壊れてはいるけれど、幸いだったと思うわよ? まさに不幸中の幸い、九死に一生。何も……生すらも認識できないがゆえに、死を意識することもなかった。あたなだって、一歩間違い損ねてたら、殺人鬼だったのよ?」
「なんだよ、間違い損ねるって……」
それ結局、間違ってねえじゃねえか。
もしくは間違ってるじゃねえか。
「…………それとも、語部さんが近くにいてくれたおかげなのかしら?」
「さあな」
俺はそんな風に素っ気なく答えた後、しばらく遠くを見ていた。
別に、窓からの景色は良いとは言えなかったけれど、何となくそうしていたかった。
淹れた後、置きっぱなしで放置していたコーヒーを思い出す。
マグカップを手に取り、口に含んでみる。
苦い、というのは分かるけど。
それ以外の感情は沸かなかった。
「あら」
「どうした?」
そうしてしばらく二人とも、ただ黙って過ごしていると、テレビを見ていた鬼瞳がそんな声を上げた。
「証拠ならあったみたいよ? ほら」
そう言われてテレビを指差す鬼瞳。
見ると、偉そうな評論家や元刑事なんかとニュースキャスターが連続殺人事件について、話し合っているところだった。
『今回の連続通り魔事件ですけれど、一週間ですでに七人。これ、どう考えても異常ですよね?』
『ええ、そうですね。とても人間の犯行とは思えませんよ。悪魔や、それ以外の知的生物の犯行だと思った方が良いと思います。犯行の手口を見ても、人間がやったと言うよりも、まるで獣にでも襲われたかのような死体ですから』
『でも、凶器はどれも大口の刃物なんですよね?』
『ええ、ですから獣の可能性はない。だけども、人間だとしても今回の犯人には不思議な点が多いですから』
『例の、二つの死体ですか?』
『はい、そのことについてですが、説明させていただきます。昨日のことです。死亡推定時刻が同じ被害者が二つ見つかりました』
そう言って、キャスターが図解のようなボードを指し示す。
ボードには、この一週間の被害者の死亡時刻が書かれていた。
確かに、五人目と六人目の死亡時刻が被っている。
そして、その犯行場所も同じ四獅子市の中であったが、五キロは離れていた。
歩けば、一時間は掛かるか……。
「なるほどな、それがお前のアリバイってわけだ」
殺人をしていたがゆえに、人を殺せないとは……。
どんなアリバイだよ。
「あたし、このキャスター嫌いなのよ」
「いや、どうでもいいよ」
お前は嫌いな奴が多すぎだ。
生きてる人間の違いなんて、分かんねえんじゃねえのかよ。
「それに、あたしはあんな変な魔法陣は書かないもの」
「魔法陣?」
「ん」
言いながら、テレビを顎で示す鬼瞳。
テレビが万能すぎる……。
いくらミステリーじゃないと言っても、自分で調べるとかしてみたいものだ。
情報化社会の波が小説にまで浸透していた。
あと、鬼瞳さん。あなたはそろそろ、ベッドでゴロゴロするのをやめてくれ。あーあーあー、臭いとか 嗅ぐのやめてくれ、恥ずかしいだろうが。
改めてテレビを見る。
テレビではさっきのニュースキャスターが事件の説明をしていた。
どうやら、六度目の犯行現場。
その場所に、まるで魔法陣のような奇怪な図が血で描かれていたらしい。
六度目……。
六人目。
それは、語部が殺された数字じゃなかったか?
六人目の被害者は、語部じゃなかったか?
「あたしじゃないわ」
鬼瞳はそんな風に断言する。
「知ってるよ。もう、疑う必要はないな。さすがのお前も、そこまで変態チックな趣味はねえだろ?」
魔法陣……ねえ。
悪魔か。
嫌なことを思い出した。
「いえいえ、あたしでもあれくらいはするかもね?」
「するのかよ!」
安心できねえ……。
お前一体、どこまで変態なんだよ。
「死体に印を付けるとか。区別するためにね? どこかでしてたかも知れないわ。まあ、あたしの場合、人間を区別するために殺しているのだから、それは矛盾しているというものだけど」
「まあ、その可能性は捨てようぜ。そんな人間の無意識の話をしていたら、キリがなくなっちまう」
「人間……ねえ。確かにあたしは人間だけれど、果たして、この二人目の死体制作者は人間なのかしら?」
「…………さあな」
人間なのか、鬼なのか、悪魔なのか。
それとも、また別の何かなのか。
「なあ、鬼瞳」
「なにかしら、ダーリン? ついにあたしに殺される覚悟でも出来たのかしら?」
「違えよ。んな覚悟、一生したくねえわ」
「じゃあ、初夜を迎える覚悟は?」
「してねえよ! もう、お前出てけよ! 本気で俺の貞操が危ういわ!」
「いいじゃない、どうせ語部さんとヤりまくりだったのでしょ?」
「下品な言葉を使うな。言ってんだろ? 俺と語部はそんな関係じゃねえっての」
「ふうん……あなたがそうでも、語部さんの方はどうだったのかしらね?」
「うん?」
「いえ、なんでもないわ」
いや、質問したのはこっちなんだけどな。
「お前さ、この世界がファンタジーになったのって、いつからだと思う?」
「何よ、藪から剣に」
「いや怖ええよ。なんで藪から刃物が突出してんだよ」
「殺人鬼だもん」
だもん、じゃねえ。
全然話しが進まない……。
「二年前……悪魔とかいう生物が発見された時からでしょ?」
「…………ああ」
急に真面目になるなよ……。
追いつけないだろ。
…………二年前。
ほんの少し昔の話だ。
世界に悪魔が出現した。
いや、発見された。
「誰も信じなかったけどね、昔は。それに今だって……」
「知的生命でありながら、変身能力があり、さらには魔法と呼ばれる超常現象を操る。そんな存在は信じられないか?」
「いや、まあ……あたしは信じているのだけれどね、父が嫌いだったのよ。そういう非現実的なことが、現実になっちゃって。今でも精神科のお世話よ」
「……ゴメン」
「なんであなたが謝るのよ? そんなこと、誰だって二年前から体験してきたことでしょ? 非現実が現実になった世界。まあ、こんな風になってもならなくても、どうせあたしは人を殺していたからあまり関係ないのだけどね」
いや、そういうことで謝ったんじゃないんだが……。
まあ、いいか。
「…………」
二年前のあの日、世界からミステリーが消えた。
世界に悪魔が現れて、魔法が肯定されて、世の中から推理小説は消え失せた。
当たり前だ。
魔法のようなトリックは、本当の魔法になってしまったのだから。
解明不可能なことが出現したことで、今まで解明できなかったものに、説明が付いてしまったのだ。
幽霊は存在したし。
魔法はあったし。
UFOは悪魔の悪戯で。
悪魔は実在したのだから。
こじつける必要がなくなってしまった。
世の中の不思議なことには、全部説明が付く。
順応性の高い学者は皆、口を合わせてこう言う。
『それは魔法で説明が付く』
まるで一昔前のプラズマ現象のように、それはいいように改変され、一般人に伝わった。
しかし、あれから二年たった今でも、日常生活には何の影響も及ぼしていない。
魔法を使えるのは、あくまで悪魔だけ。
人々の生活は何も変わらなかった。
まあ、宗教団体が大きくなる。もしくは解散したりしたけれど、それくらい。
ただ、世の中に不思議なことがなくなった。
それくらいだった。
科学では、もしくは化学であっても、魔法を解明するのは何年経っても不可能だそうだ。
それが人類の限界ということなのだろう。
『あの存在』を理解することができるのは。
多分、俺くらいだ。
「世界からミステリーが消えた日……ねえ。可笑しな話しよね。世界に完全に理解できない完璧に完成された力が現れたせいで、世の中に不思議なことがなくなるなんて。当時はテレビも特番を組んで、永遠とそのことについて騒いでいたし。でも、あたしからしたらそれってすごく馬鹿らしいことだったのよね」
「馬鹿らしいこと?」
「ええ、だって世の中には、昔から人間には解明できないことってあったわけじゃない? それが説明できる力が見つかって、でもその力の説明が付かなくて……って、バッカじゃない? と思うわけよ」
「堂々巡りってことか?」
「違う違う。あたしが言いたいのは、要するに『あっそ、で?』ってこと」
「あー、なるほどな。つまり、そんなこと理解する必要があるんですか? ってことか」
「そういうこと。関係ないのよ、悪魔とか魔法とか。つまり突き詰めれば、それって人間と電気にも同じことは言えるもの。そんなことについて考えたって、明日のご飯は出てこないわ。あたしはね、こう考えるのよ。生きるってことはつまり、考えないことだってね。父が考えすぎで発狂したとき、あたしはそれを確信したのよ。で、本能のままに動いてみました」
「それで殺人かよ……」
「そうよ。何も考えずに、やりたいことをやったの。気持ち良かったわ」
舌なめずりしながら言うなや……。
「で、結局お前は悪魔を信じてんの? 信じてないの?」
「だから、どっちでも良いって言ってるじゃない」
随分こだわるわね? と一言。
というか、あなただってそう思ってるでしょ? と二言。
ZZZと三言。
いや、寝るなよ。
「会いに行くからさ、明日」
ちょうど土曜日だし。
「誰に?」
眠そうに眼を擦りながら尋ねてくる鬼瞳。
言っていいものか少し悩んだあと、まあいいか、という結論に至る。
「悪魔に」
一言答えて、鬼瞳の目に驚愕の色が浮かぶ。
「知り合いの悪魔に会ってくる」
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