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『青薔薇の毒名録(The Blue Rose Codex)』 — 毒と理想、愛と記録の交わるところに。  作者: 南蛇井


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第一章 記録の終端 第四節 崩壊

装置が、震えた。

音ではなく、空気の密度で震えた。


青い光が膨張する。

液体が流れるように、光が形を変える。

壁が呼吸している。

床が波打つ。

現実が、やわらかい膜のように撓んでいた。


クラリッサの皮膚を、光が撫でる。

熱も冷たさもない。

ただ、分子が皮膚の下をすり抜けていく感触だけ。


「青光が香る。空気の分子が音を発している。」


声に出した瞬間、それが意味を失った。

言葉が音でなく、匂いとして漂う。


彼女の五感が、順番に崩れていく。

嗅覚が聴覚を侵し、

聴覚が視覚を染め、

視覚が触覚と混ざり合う。


全感覚が、同じ香に溶けていく。


青。

それだけが残る。

青という温度、青という音、青という呼吸。


——


彼女は息を吸う。

青薔薇の香り。

人工的で、完璧で、少しだけ哀しい香。


その香の中に、何かが混ざっていた。

声。

それも、自分自身の。


“あなたの任務はまだ終わっていない。”


耳ではなく、内側の空洞がその言葉を響かせる。

自分の記録が、装置の中で再生されている。

記録が、自分に命令を出している。


彼女は理解する。

〈NEURO-M-01〉は、彼女の記憶を取り込んだ。

今の彼女は、既に装置の一部。


「情報が、香になっていく。」

「私という記録が、揮発している。」


呟きが、青い光の中で分解され、

単語ごとに香へと変換されていく。


青。

光。

匂い。

データ。

私。

……揮発。


——


彼女の身体が、輪郭を失う。

指先が透け、

血管が光を流し、

呼吸が、香の粒に変わる。


青い香が、彼女の記憶を包み、溶かし、

その中から新しい言葉が生まれた。


「記録は香る。」


装置がその声を反響させる。

まるで祈りのように、

静かに、規則正しく。


クラリッサは微笑んだ。

それは表情ではなく、光の動きだった。


——


香が部屋を満たし、

床も壁も意味をなくし、

あらゆるものが“記録”になった。


彼女の思考の最後の断片が、青い空気の中に漂う。


Information evaporates.

Memory scents.


そして、沈黙。

ただ、青だけが残った。


青は記録の匂い。

忘却は、甘い香りのする毒。

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