王女の『身代わり』はもう居ない。
傾国の美女と呼ばれる王女がいた。
とにかく美しく可憐であり、気品があり、見ただけで格の違いを皆が感じた。王女なだけあり身分は最高峰。さらに、民衆に寄り添った穏やかな優しさな性格を持つ。
世界中から注目を浴びる、完璧な少女だった。
しかし、注目を浴びるという事はその分、ネガティブな感情の的になるのも事実だった。彼女は国中から憧れの対象であると同時に、嫉妬の対象だったのだ。
「アイツは運が良いだけ」
「どーせ貧困な家に生まれたら、あんな性格にならないし、美貌も保てない」
「私たちはこんな苦しい生活を送っているのに、ずるい」
そのように嫉妬を持つ人は、決して少なくなかった。嫉妬は段々とエスカレートしてゆき、十八歳になる頃には、彼女は命を狙われる存在にさえなっていた。だから王は彼女に護衛をつけた。国中を探し回り、護衛に最適な人物を国王は見つけたのだ。
王家なんて対極の貧困街生まれの少女だった。
なんという奇跡か。傾国の美女である王女と、その少女は瓜二つだったのである。歳も同じ十八だった。しかし顔は土埃で汚れていて、体は痩せ細っていた。
でも間違いなく彼女は宝石だった。磨けば光る才能の原石だった。
───この少女に武術と気品を教えれば、王女の『身代わり』にさせる事が出来る。
王は彼女に身代わりの才能を見出したのだ。
その少女は王直属の命令により、貧困街から王都に連れて行かれた。
厳しい訓練の中で少女は、武術に始まり、社交マナー、教養全般、様々な事を叩き込まれた。それらは全て、命を狙われる『王女』の身代わりになる為だった。
時間は流れ、彼女たちは二十歳になる寸前まで来ていた。この国において二十歳というのは、成人の年だった。王女が成人するという事で、王都にて大きな成人式パーティーを行うことが決定した。
各国の王や王族を招待し、我が愛娘の成人を祝う……そんな盛大なパーティーの開催が決定したのだ。
そこで一番危惧されるのは、やはり王女の体の安否だ。まもなく成人の彼女は成長と共に、美しさに磨きがかかっていた。嫉妬の声も増えている。だから、彼女がパーティーで登場した時に命を狙う輩が現れるのではないか。
そんな危惧だった。
「だから、貴方に頼むわ」
「勿論です王女、私は自分の人生を懸けて貴方をお守り致します」
そこで登場するのが王女の『身代わり』だった。今日の為に彼女は厳しい訓練に耐え抜いてきたと言っても過言ではない。
ココが彼女にとっての正念場だった。
「本当にありがとう、辛い思いを沢山してきたでしょうに……ただの私の為に無理やり連れ出して、厳しいことしたのに」
「いえ、そのおかげで今の私がありますから」
深々と頭を下げる王女に対して、少女は頭を上げるように言ってから続けた。
「王女と同じぐらいの知識を身につけられたこと、そして貴方の命を守る役目を与えられたこと。私はそれが誇りですので」
「完璧な王女に、グレイ・シャーレの身代わりになって見せましょう」
傾国の美女。
王女の名は、グレイ・シャーレといった。
それが成人式前夜の会話。
もちろん王女自身が依頼しなくても、これは王からの命令で、彼女が身代わりになる事は確定事項なのだが。顔も歳も同じである事から双子のような親近感を抱いていた王女が、わざわざ前夜にお願いしに来てくれたのだ。
民衆の見えないところでも彼女の性格は変わらなかった。
身代わりの少女は、そんな完璧な王女を見て『可哀想』だなと、感じた。
こんな完璧で、素晴らしくて、優しい少女が命を狙われなきゃいけないのか。
理解できなかったのである。
側から見れば、可哀想なのは自分かも知れなかった。王女も多分、そう思ったから少女に直接お願いをしに行ったのだろう。
だからこそ思うのだ。
私は可哀想かもしれないが、それ以上に王女の方が不憫で可哀想だと。
身代わりの少女は考えるのだった。
成人式当日になった。
雲ひとつない快晴で、空気はとても澄んでいた。王都はお祭り状態で、どこもかしこも人がごった返していた。その分、王都護衛の兵だけでは人の誘導などが間に合わず、まさか近衛兵が出動する事態にまで発展していた。
流石は世界中が注目する、傾国の美女の成人式といったところだ。
王都の中では、夜に打ち上げる花火の準備で忙しそうだった。弾道などを研究する科学者たちが集まって、直前まで話し合っている。
緻密な計画が練られ、始まる成人式。
まずは国王のスピーチがあり、次に来賓代表のスピーチがある。最後に王女が王都のバルコニーにある壇に上がり、軽いスピーチと成人式開始を合図する。
「もう少しで午前十時です。王女、準備は問題ないですか」
パーティーが始まったら王女は馬車などに乗って、王都の中を巡る手筈になっている。
もっとも"本物"の王女は城の中で、式の様子を鑑賞する予定だ。民衆の前に姿を見せる王女の役割は全て、身代わりである彼女が受け持つ。
「問題はないです……ないですわ」
舞台裏で口調を調整し、隠れた見張りたちが城周辺に怪しい人物がいないか観察してから、OKサインを出す。
それは登壇の合図だった。王女の身代わりは、そこで初めて世界に姿を見せるのだった。
大きな歓声が巻き起こり、城が熱狂で揺れた。
当然、それは身代わり少女の錯覚なのだが、それぐらいのプレッシャーがあったのである。震える喉をなんとか制御して、彼女は声を出す。
「今日で成人を迎えますグレイ・シャーレでございます。みなさま、今日はわたくしの為にお集まりいただきありがとうございます───」
「わたくし、とても幸せな気分でございます。皆さんもどうぞ、楽しんで行ってください」
そこまで言い切ると、城の下にはさっきまでの熱狂が嘘みたいな静寂が訪れた。
胸がドキンとした。何か手こずったのかもしれない、そんな思考が脳をよぎる。
だが、すぐに。そんな不安を一瞬で払拭してくれるぐらいの拍手喝采が城を包むのだった。
身代わり少女のスピーチは一応、成功したのだった。彼女は胸を撫で下ろす。
だがこの程度で満足してはいけない。役目はまだ果たし切っていないのだから。次はすぐに城を駆け降りて、馬車に乗り、王都を回らなければいけない。
ここで大切になってくるのは、民衆にどう接するかだ。変な対応をして人々の気を悪くしたら、それが直接王女のイメージダウンに繋がってしまう。
彼女にとって、今回の一番の大仕事はそれであった。
「急ぎましょう、王女」
「え、ええ、分かってる」
馬車の客車に、急いで彼女は乗りこんだ。催促をしてきた近衛兵は、馬を操縦する御者台に乗り込む。
間もなく、すぐに馬が動き出した。実に緩慢な動き。フルスロットルの十分の一にも満たない速度だった。
ドキドキとしながら、客車の窓に顔を寄せる。
「王女様ぁ!」
人々の歓声が飛んでくる。緊張しながらも、自分の役割を心の中で何度も言い聞かせて……にこやかな笑顔と共に手を振った。
卒倒する勢いで感謝を伝えてくる人々を見て、彼女はやはり『王女はとても慕われているなあ』と強く感じた。
馬車の速度と同じように、時間の流れも遅かった。
あれから、どれぐらいの時間が経ったのだろう。もはや手を振る作業と化していた単純作業をこなしながら、客車にいる少女は思った。
ふとその時である。彼女は観衆の中に黒フードを被った"いかにも"怪しい人を見つけた。周りの近衛兵から『怪しい奴がいたら、取り敢えず直ぐに伝えろ』と口酸っぱく言われた事を思い出す。
「ねぇ、あの。質屋の左っ側にいるフードを被ってる人、怪しい気がするわ」
「あれですか、承知しました。すぐに調べる者を派遣しましょう」
すぐに操縦士にその事を伝えると、馬車は止まった。あまりにも速度がゆっくり過ぎたせいで、止まったようには感じなかったのだけれど。それはともかくだった。
馬車を操縦していた近衛兵の一人は、周りを歩いていた護衛に耳打ちする。
護衛たちは直ぐに数人が集まり、フードの人物を見つけると、そちらの方へ歩いて行った。アチラから何か仕掛けて来る素振りを見せるまで、様子見をするらしかった。もっとも、それは不審者が本当に不審な野郎だった場合に限る。ナイフを懐から出したり、あらぬ所を露出してきたり。色々な可能性が挙げられるのだが───、
バンっ。
「……?」
馬車を操縦していた彼がふと、馬車から転げ落ちた。客車の中で彼女はその光景を見ていた。おそるおそる少し身を乗り出して、彼のことを確認する。
「あの」
で、そこで、言葉が詰まった。
彼は頭から血を出して地面に倒れていたのだ。額には穴が空いている。一瞬、群衆たちは何が起こったのか理解出来ていない様子だった。
だが、すぐにわかる。
次に聞こえてきたのは阿鼻叫喚。混乱により、人々が叫ぶ声だった。
「わぁぁぁあああ!!! 助けてぇぇぇぇえええええ!!!」
そんな声たちがこだましていく。
徐々に身代わりである彼女にも状況が吞み込めてゆく。間違いなく、目の前の男は死んでいた。……間違いなく、たった今殺されたのだ。
何で? 額に穴が空いている。ということは、銃火器の何か?
急いで辺りを見渡す。
さっきのフード野郎は何処に───いない。
心臓の鼓動が早く、彼女は焦る。気が付けば体は勝手に動いていた。辺りの状況を把握するために、更に馬車から身を出してしまったのだ。
刹那。
「あ」
彼女は気がついた。
自分に対して銃口を向けている男がいることに。
でも、それは時既に遅くて、
自分には目を瞑ることしか出来なくて視覚の最後。遅れて聞こえてくる銃声が聴覚の最後。
体の力が抜けて全てをあるがままに預ける触角の最後。
五感のあらゆる物が欠落し、生を失う。
───はずだったのだが。
目を開くと、視覚が力を取り戻す。彼女は生きていた。彼女を庇うように黒いフードを被った誰かが覆い被さってくれていたのだ。
「王女、なんで?」
ニコリと笑うグレイ・シャーレ。反射的に起き上がって彼女の体を確認する。黒いフードが真っ赤に染まっていた。普通そんなことないのに。黒を染めるほど、出血していた。
そのまま彼女は目を瞑るのだった。
銃声が二度も響き渡ったのだ。街中の近衛兵が集まり、犯人を取り押さえた。
腕の中にいる王女は冷たくなりつつあった。
その日、花火は上がらなかった。
王女は駆けつけた近衛兵たちに応急処置なされた後、国最高峰の治療、手術を受けることになった。
今回の成人式で異国からいらっしゃった来賓の中にも、医学に精通した者がおり、それらと共同で作業した。
ぽつりと、役目を果たせなかった少女は孤独に結果を待っていた。
「王女、なんで……これじゃあ本末転倒じゃないですか。私は貴方の身代わりなんですよ」
手術を無事終えたものの意識の戻らない王女は、王城にあるとある病室に寝かされている。身代わる者を失った少女は、王女の寝ているベッドの横に座って、そう呟いた。
彼女は頭の中で考える。
なんで、何が起こったのだろうかと。
なんで自分のことを助けてくれたのだろうか、と。
どれだけ考えても答えは見つからない。最高峰の教育を受けたのにも関わらず、何一つとして答えの手掛かりを掴めなかった。
私が可哀想だったから? 彼女が優し過ぎたから?
そんな風に熟考した。
あれはダメだ、これもダメだ、と。
もうすぐで一晩が明けようとしている頃、国王は無言でやってきた。
「貴様、何のつもりだ?」
──王は、昔自分を初めて見た時と同じ目をしていた。
理解出来ない存在を見る目だった。
「何のために。……いったい何のためにお前を育ててやったと思ってる! お前に教養を授け、武術を教えたと思ってる!」
彼は叫んだ。国王としての怒りではなく、父親としてのモノだった。
「答えは簡単だろ? グレイを守る為だ! 醜い嫉妬深い連中から守るために、お前を身代わりにさせたんだ!」
正しい。
彼の言っていることに齟齬はなく、全く正しいことだった。前払いで大金を払ったのに仕事を全くしなかったのだから、怒られるで済む方がおかしい。
怒鳴るなんて前提。感情を爆発させるのは当たり前。命に関係する仕事なら尚更、
命を守る仕事なら、最もだ。
だから何も言い返せない。彼女はあの時、気を動転させず、自分を守ろうと飛び込んできた黒ローブを着た王女の身代わりになるべきだったのに。
まさか守るべき相手に守られたのだ。
意味の分からない失態なのだ。
いくら人がごった返していたとは言え、銃を持った人間を見落とすなんてあり得ないのだ。
もっと入念に確認しておけば。
歯をギリギリと軋ませて、彼女は握り拳を強くする。
だが、それは王も同様だった。
彼は勢いをつけるために手を上げて、
真っ直ぐ彼女の頬に向かってビンタする。
「……お父さん、やめてよ」
はずだったのだが。またしてもだった。起き上がった王女が、振り下ろされた王の腕を掴んでいたのだ。
「グレイッ、だ、大丈夫なのか?」
「さぁね。まあ、死んでないし、かすり傷なんじゃかいかな」
「───いや、そんな事はないが……。それよりもグレイ、腕を離しなさい」
「嫌だよ」
王は怪訝そうに眉をひそめた。
「何故だ?」
「だって、ファイは悪くないもん」
「そんなバカな話があるか! コイツは自分の仕事を放棄したんだぞ?」
「違うよ。私が自分で自爆しただけ。彼女を庇っただけ」
「なら尚更だ!」
グレイと王は公論に発展していく。自分が元凶なのは間違いないのだからと、彼女は言う。
「悪いのは私ですよ……」
でも、グレイは引き下がらない。
「ファイは黙ってて。そもそも、ファイを無理やり家族から引き離して連れてきたのは、私の為でしょ? 私の命が危ないからっていう利己的な理由じゃん」
「だがお前は王族なんだぞ、命の価値が違うんだ!」
「いいや、違わないし。それにグレイっ名前をつけてくれたのはお父さんでしょ?」
「は? あぁ。そうだが、それが今回と関係あるというのか!」
「あるよ。グレイ、灰色。一見地味だけど……これには赤と青、黄と紫、青と橙。みたいに反対色がない……唯一の色なの、つまり変えのきかない存在。そう思って名付けてくれたんでしょ?」
言い返すことのない王は、納得していないようながらも黙って頷いた。
「変えがきかない唯一無二なんだよ。でも、それはね、ファイだって同じなの。分かる? 私は私でしかない、身代わりなんていないの。そしてファイはファイ、彼女でしかない」
グレイは続ける。
「どれだけ同じ容姿、同じ性格、同じ知識、同じ経験をしていようと人間違うんだよ。十人十色なんだよ、身代わりなんていない」
「ファイだって、ファイの家族にとって唯一無二の存在なの。私と全く変わらないの。なのに無遠慮にここに連れ出して自慢げに育てて、挙げ句の果てにはその恩がどうだとかって」
「おかしいにも程があるでしょ。おかしいんだよ。もし彼女が襲われて死んだとして、それはおかしいんだよ? だって本当は私が死ぬはずの所だったのに。私たちが連れ出していなければ、そんな事にはならなかったのに」
「変なんだよ。絶対におかしいんだよ。お父さん……だからもう、やめようよ。ファイは一人の人間なの。私も一人なの、身代わりなんていないの」
その言葉を聞いて、彼女は目から涙を流してしまいそうだった。どこまでいっても、グレイは完璧すぎるほどに優しい。
それは覆らない。
しかし、とはいえファイとしては自分が悪いと思っている。王が許してくれる訳もないだろう。
「……グレイ、悪かった」
しかし、思ったよりも彼は冷静だった。娘の本音を聞いて、何か思うことがあったのだろう。いや、あったのだ。
「グレイの命を大切にすぎるあまり、グレイ・シャーレという人間を大切にしていなかった──」
彼は頭を下げて、「悪かった」と謝罪して。
それから、ファイの方を向いた。
腕は既に下がっている。手が出る様子はない。それどころか、彼は彼女に対して頭を下げたのだ。
「ファイ。悪かった……本当に悪いことをしたと思っている」
王が頭を下げる、それも貴族ですらない生まれの人間に。ファイはあまりの申し訳なさに、自分はより深く頭を下げた。
「いえ、とっ、とんでもございません」
「謝った程度で済むとは思っていない。謝礼をする、それで済むか……分からないが、出来る限りのことはやらせてくれ」
「……滅相もございません」
見る人が見れば、修羅場で間違いなかっただろう。そんな風にして和解したファイと王のことを、グレイは微笑んで見守っていた。
その次の日の晩、平和を祈って、王城から盛大に花火があげられるのだった。
その後、ファイは王族と同じ待遇を受けるようになる。貧困街に残してきた家族と再会し、みなで王都に引っ越した。
のだが、すぐさま彼女たちは故郷に戻ってくることになる。人は皆、同じ等価の命を持っている。
私たちが良い待遇を手に入れて故郷から逃げ出すなんて、過去の自分が見たらどう思うのだろうか。ファイはそう考えたのだ。だから使える財をほぼ故郷に寄付し、故郷を貧困から救い、胸を張って言えるような街に発展させることにファイは尽力した。
その過程で巡り合わせがよく、彼女は同郷の少年と結婚した。
彼女はそれから国だけでなく世界の貧困や、戦争などを解決するために奮闘した。
そしてその後、『王国及び、世界平和実現に尽力した』人物として"ファイ・クローバー"は王国の歴史書に、ついに名を刻まれることになる。
そこには過去の面影などない。
だって、王女の『身代わり』である彼女は、もう居ないのだから。
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