第7話 聖女は悪を叩きのめす
――傭兵達の後ろから鋭い目つきの東方人顔の男が歩み出て来た。紺色の長髪を後頭部で束ねた男を傭兵たちは「団長」と呼んでいた。
男は私の数メートル前まで歩み出てくると腕を組んで睨みつけている。
「若いが、中々の使い手だな……名は?」
低いけど通る声でそんな事を聞いて来た。馬鹿正直に名乗るのは取り敢えず止しましょう。
「名乗る謂れはありませんけれど、とある商家の末娘ですわ。嫁入り前に社会勉強として旅をしておりますの」
(なんか達人ぽく気取ってるけど、どれだけ強いのかしらね?)
「ふざけた事を……少しばかり戦えるからと増上慢になるのは若さ故の特権か。しかし、その代価は命で支払う事になってしまったな」
東方男は腰に差した二振りの剣を抜き放つ。独特の反りのある片刃剣。多分、東方大陸のカタナという武器だ。
「双剣のシンザだ、あの世の土産に我が名を持っていくがいい」
東方男が名乗ると、後ろにいる傭兵達は「兄貴やってくだせえ」だの「馬鹿め兄貴を本気にさせやがったな」とか好き勝手ヤジを飛ばしている。
「双剣のシンザ……この傭兵団を雇ったのはほぼ彼を雇う為なのだよ。元冒険者だが、強さを求め人を斬りたいが為に傭兵となった男だ」
司祭長は不敵な笑みを浮かべながらペラペラと喋っている。
「シンザ、取り敢えず止めは刺すなよ。何処の手の者か吐かせねばならんからな」
司祭長は念を押す。
(こいつら私が負ける前提で話してるよね……はあ)
「取り敢えず腕を斬り落とすか……行くぞ」
シンザという男は半歩踏み出したかと思った瞬間目の前まで一気に間合いを詰める。
「あ、瞬動?」
「遅い!」
双剣は私が構えていた左右の腕を斬り落とす様に挟み込む軌道を描く。しかし私は両手首を脱力し、スナップを効かせて刃が当たる瞬間に力を込めた。
「キン」という破断音と共に双剣は折れてシンザの両腕は空を斬った。私は剣を折った動きの流れで両腕を正面に突き出し、顔面と腹部同時に掌打を入れる。
「がっ?!」
シンザはよろめいてから糸が切れた様に仰向けに倒れ、気を失っていた。
「くくく……小娘が、漸く大人しくなったか? さあ、何処の手の者か吐いて――」
司祭長は余所見をしながらそんな事を口走っていたけど、何となく異様な雰囲気を察してこっちを見た。
「は? な……これは……どういう事だ、何が起こった?!」
司祭長は隣りにいた傭兵の襟を掴んで揺さぶる様に怒鳴りつけている。
「し、シンザ団長が小娘に斬りつけたと思ったら……倒れたんです!」
「馬鹿な……ええい、聖女の方を捕らえろ!」
司祭長が命じると、傭兵達の一部がニセ聖女を捕らえる為に向かって行った。ニセ聖女は何とか逃げようと出口へと走るけど、先回りされてしまった。
「逃がすかよ、大人しくするんだ――」
出入口を塞いでいる傭兵がそんな事を言っていると、言葉の途中で吹っ飛ばされて床に倒れた。
「助けに来ましたよ!」
ユイが傭兵の一人を殴り飛ばした。
「え、あなたは?!」
ニセ聖女は驚いて固まっていた。
「レリン姉ちゃん!」
ユイの後ろからタム少年が現れた。
「た、タム?! どうしてここに……火事は?」
「このユイ姉ちゃんやあのヴェル姉ちゃんが俺達を助けてくれたんだ、皆無事だよ!」
「さあレリンさん、タムと一緒に逃げるのですよ!」
「逃がすかよ!」
ユイ達は傭兵達に囲まれ、多勢に無勢で取り押さえられてしまった。
「ふん、お前がどれだけ強かろうが、あ奴らがどうなっても良いのか?」
司祭長は急に勝ち誇った様な笑みを浮かべた。それを横目に私は祈祷の言葉を囁き、右手の指を「パチン」と三度を弾いた。
「ユイ、法拘束解除。やっておしまいなさい」
ユイの両手首にあった金属の腕輪が輝き、光の粒子になって消える。
「うおおおおっ!」
ユイが唸り声を上げると、組み敷いて居た男を跳ねつけ立ち上がった。ユイの身体からは煙の様な赤い光が沸き上がっている。
「このユイの剛力、受けてみるです!」
ユイはニセ聖女を取り押さえている傭兵を片手でいとも簡単に引き剥がして投げ捨てた。地面に落下して頭と背中を打ったのか身悶えしている。
「タム、レリンさんを連れて逃げるのです!」
「分かった!」
タムはニセ聖女……えっと、レリンだっけ? を連れて逃げていった。追いかけようとする傭兵達の前にユイはその辺に置かれていた二メートル程ある石像を担ぎ上げて立ちはだかった。
「行かせませんよ!」
ユイの方は大丈夫だと確信し、私は司祭長に向き直るとびしっと指さす。
「ニセ聖女をでっち上げ、領民から多額の治療費を巻き上げて、必死に生きようとしている罪も無い孤児たちを焼き殺そうとしたその罪、慈愛の女神に懺悔して慈悲を請いなさい!」
私の言葉に司祭長は青筋立てて怒りの形相を浮かべた。
「小娘がぁ……慈愛の女神教団の司祭長に向かってなんという侮辱……思い知るがいい!」
司祭長は胸元の聖印を形どったペンダントを右手で掲げる。
『……懺悔の茨鎖』
私の足元が光り、慈愛の女神の聖印が浮かび上がると、無数の金属の様な茨の蔦が伸びて私を囲んだ。
「わははは! 高位神聖魔法の力を味わえるのだ、有難く思え」
「神聖魔法? 腐っても司祭長というわけね――」
茨の鎖が蜷局を巻く様に締め上げる動きで迫って来た……けれど。
『……慈愛の女神よ、我は赤にして赤光なり』
私が右拳を真上に掲げると茨の鎖は光の粒になって霧散した。
「え、は? な……んだと?!」
「その欲に塗れた心では、神聖魔法の効果が弱っている事も気付かない憐れな司祭長――」
司祭長は目を白黒させて慄いていた、その視線は私の右手の甲だ。
「そ、その紋章は……せ、聖女様?!」
「我が名はヴェルメリア、赤の聖女。司祭長の身でありながら慈愛の女神を穢す者よ、悔い改めなさい」
「ふざけるな、こんな所に聖女が来るわけが無いだろう!」
司祭長は胸元の聖印をかざした。
『聖光!』
すると、眩い光が辺りを照らした。
(逃げる? ……いや)
眩しさに視界を奪われながら、こちらに戦棍を振りかざして向かってくる司祭長が見えた。私は戦棍が振り下ろされるよりも速く、その顔面に拳を叩き込む。
光が消え、戦棍を振りかざしたまま拳で顔面が歪んだ司祭長が何かモゴモゴ言っている。
「悪しき迷いに溺れる者に女神の慈悲を与えましょう……拳で」
司祭長は白目を剥いて鼻血と涎を垂れ流しながらどさりと仰向けに倒れた。
「ふうううう……」
私は息を吐きながら姿勢を整えた――。