第5話 聖女と偽りの聖女
――タムたち孤児と出会って二日後、今日は聖女の祝福の儀が執り行われるという。この街にある慈愛の女神聖堂の前に数多くの領民たちが集まっている。具合の悪そうな病人を連れた人や怪我人を連れた人がいるわね。私とユイは孤児の少年タムの案内でやってきたけど人並みに飲まれているうちに、いつの間にか最前列までやってきていた。
「ヴェル姉ちゃんもユイ姉ちゃんも大丈夫かい?」
「うへぇ……人に揉まれましたねえヴェル様ぁ」
「まあ、前の方に来られたので良かったではないですか」
そんな話をしていると聖堂の二階テラスのガラス扉が開き、フード付きの白いローブを着た女性と身なりの良い司祭服を来た恰幅のいい男が出てきた。集まった領民たちは口々に聖女様と言っている。民衆の声を遮るように司祭服の男が手を上げると声が鎮まる。
「司祭長ゾラーニです。領民の皆さん、祝福の儀の前に聖女様が祝福を受ける者にはその証が現れます。慈愛の女神に祈りを捧げてください」
このゾラーニとかいう司祭長はブクブクと肥え太ったおっさ――コホン。恰幅の良い中年男性で、今はそれらしく振舞っているけど、溢れんばかりの下品さを感じ取れてしまう。
司祭長が聖印を掲げると、集まった人々――その中何人かの首にかけたお守りが輝いている。それを見て周りの人々はざわめき、お守りが輝いた人は驚き、そして喜んでいた。
「お守りが輝いた方はこちらへ、今回聖女様に選ばれた方々です」
司祭長がそう言うと輝くお守りを持った人たちがテラスの下に集まってきた。
「あの光るやつは何なのでしょう?」
ユイが不思議そうに様子を見ている。私はそれを見て溜め息をついた。
「アレは仕掛けがありますわ」
「仕掛けですか?」
ユイが不思議そうに尋ねる。
「おそらく、あらかじめお守りに"識別"の魔法をかけていますね」
「識別ですか?」
私の答えにまだピンとこない様だ。ユイは魔法にはあまり詳しくないからね。
「魔術師が覚える初歩的な魔法のひとつ、対象物を発光させて印にするものですわ。目印などに使いますの」
光るお守りを持った女性が具合が悪そうな子供を抱きながら聖女の前まで案内されている。
「聖女様、この子は熱が何日も下がらないのです……お助けください!」
聖女(と名乗る女)は子供を抱いた女性に近づくと子供の額に手を当てた。
「確かに熱が高いようですね、分かりました……女神の大いなる癒しの力よ!」
子供の額に当てた手が淡い輝きを放つと子供の表情が少し安らかになった――治癒魔法ね。
「あれってヴェル姉ちゃんがミイにかけてくれた魔法と同じ?」
タムが私に質問してきました。
「少し違いますわ。女神の大いなる何とか、と言ってましたがあれは癒し……一般的な治癒魔法ですね。あれでは一時的には楽になりますが、病気が治っていなければまた具合が悪くなりますわ」
――その後も二〇人以上の人に「聖女の祝福」というのを施していたけれどそのほとんどが癒しだった。中には治癒魔法ですらない対象をただ暖かくする暖めという魔法で患部を暖めただけという場合もあった。
「ヴェル様、あの聖女と名乗る人は……」
「帝都を離れて地方に行くと魔法知識が普及していない地域も多いので皆さんお気づきではないのでしょうけど、聖女というにはお粗末――コホン、ごく一般的な治癒魔法しか使えない、或いは使わないようですね」
「それで高いお金を寄付と言って取ってるんですか? 悪い奴らですねぇ!」
ユイは腕組みしてムッとした表情でそう言うと、周りに居た人が怪訝そうな表情でこちらを見ていた。私はユイの口を手で塞いで「オホホ、失礼しました――」と人ごみをかき分けてその場を立ち去った。
「ユイ、あんな所で大声で批難したら不味い事になるじゃない」
「すみません……つい」
居づらくなって私たちはそそくさとこの場を去った。
――儀式の会場を後にして、私達は子供たちの家である街はずれの廃墟への帰路につく。民家が少なくなってきた辺りで私は妙な気配を感じて立ち止まった。
「ヴェル姉ちゃんどうしたんだい?」
タムが立ち止まった私を不思議に思い、問いかけてきた。
「そろそろ出てきたらどうですか?」
私がそう言うと後方の茂みから軽装で武装がバラバラのガラの悪そうな覆面の戦士が三人出てきた。
「うわ、私も気付かなかったのにヴェル様よく気配に気づきましたね?」
ユイが驚いて覆面の戦士をキョロキョロと見ていた。
「……何の用かしら?」
私の問いに答えず、短剣をそれぞれ抜き襲いかかってくる。
「そっちの女は手練だ、この娘を狙え!」
と、喋ったかと思ったらユイを避けて私に向かってきた。
「ユイが強い事を知ってるってことは、この前タムを追いかけてた人達の仲間ね?」
「ヴェル様!」
「こっちはいいわ、タムを守って」
私はユイを制止してから男たちに向って構えを取る。一人目は短剣で胸を突いて来たので半身を反らして躱し、短剣を持った手を左手で受け流しつつ右の裏拳を鼻っ柱に叩き込んだ。
鼻血を噴き出しながら倒れる男を、私の背後から襲い掛かってきた男に向かってぶつけてから思いっきり蹴とばす。二人の男は倒れて痛みで苦しんでいる。残りの男が二人を助け起こしてそそくさと逃げて行った。
「ふう、大したことないわね……」
私は埃を払うように両手をパンパンと合わせてからタムを見ると、目を丸くして私を見ていた。
「えっと……」
「ヴェル姉ちゃん強えぇ! ユイ姉ちゃんやセッテ姉ちゃんも強かったけどひょっとしてヴェル姉ちゃんが一番強いんじゃ?」
(あー……この子たちの前では私はまだ戦った事なかったっけ?)
「ま、まあ旅をしてるとこういう風に訳の分からない奴に襲われることもあるから多少は戦えないと……ね?」
ユイを見ると苦笑いしている……楽しんでるのね、失礼な。
――私達がタムたちの住む廃墟の近くまで戻ってきた時、風に乗ってなにか焦げ臭い匂いを感じた。
「ヴェル様、煙が!」
ユイが指さした廃墟の方角から煙がもうもうと上がってたので、タムはそれに気づくと一目散に駆けだした。私とユイもそれに続く――そして目にしたのは燃え上がる廃墟だった。
「み、みんな!」
タムが燃えさかる廃墟の中に入って行こうとするのを止める。すると、孤児の少女ケーナが数人の小さな子供を連れて近づいてきた。
「タム! ヴェルさんも……いきなり火事になって、まだ中にミイとマルクが!」
どうやら二人ほど逃げ遅れているようだった。ミイというのは確か病気だった子だ。
「水は? 井戸とか無いんですか?!」
ユイは子供たちに聞くけど、井戸のある場所にも火が回っていて熱くて近づけなくなっていた。
「みんな下がって!」
(とにかく火を消さないといけないわね。今使える魔法は……これよ!)
『……水呼び!』
私が魔法を唱えると、廃墟にある井戸から水が吹き出す。それは噴水の様に数メートル噴き上がり、水を周囲に撒き散らした。
『……耐火……呼吸……身体能力向上……よし!』
私は強化魔法を唱えると廃墟の中に突入した。
「ヴェル様ぁ!?」
ユイの叫びを背に私は燃え盛る廃墟に突入した。廃墟だけにそこまで燃えるものが無かったからか、火の勢いはそれ程激しくはないけど、生身なら危うい。
「何処にいるの? 返事をしてください!」
不意に子供のすすり泣く声が聞こえてきた。ボロ布をめくるとそこには幼い子供が二人泣きながらうずくまっていた。その身体には酷い火傷がある。
「もう大丈夫よ、逃げましょう!」
私は子供たちにも耐火と呼吸を施し、両脇に抱えて燃え盛る廃墟から飛び出した。
取り敢えず炎と煙に巻かれない所まで移動すると、ユイや孤児たちが駆け付けて来た。
「ヴェル様ぁ!」
「大丈夫よ。でもこの子らを早く治療しないと」
「こっちにも火傷をした子が!」
何とか逃げられた子達も火傷を負っているようね……。
「あなた達もそこに座って」
助けた二人の子供を他の火傷した子達と一緒に座らせました。
私は深呼吸して精神を集中する。
『……癒しの領域』
私の身体が赤い光を放つとそれが波の様に広がり火傷を負った子供たちを包む。
「あれ? 痛くない……」
子供達は不思議そうに立ち上がって身体を確かめていた。
「どう? まだ痛いところとかある子は言ってね」
私が喜ぶ子供達に揉みくちゃにされていると、ユイが小さく畳まれた紙を持ってきた。
「セッテから伝書精霊です」
セッテは鳥型の精霊を使って小さな手紙程度なら届ける事も出来る。私は早速手紙を広げて読む。
「何て書かれていますか?」
「セッテが尾行した男は聖堂に入ったそうよ……やはり奴らの仕業のようね」
「孤児たちも焼き殺そうとするなんて……許せませんよ!」
「そうね……」
(命のやり取りなんて一線を越えてきたから、これはもう相当な聖女の慈悲を与えなければね……)
孤児たちまた危害を加える者を警戒してユイには残って貰い、私はこのモンティア領の聖堂へ向かう事にした。