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◆ツカンぽ神幸⑨◆

☆本話の作業用BGMは『インスピレイション』(ジプシー・キングス)でした。

 延々聴けます。この曲が聴きたくてアルバムを買っちまいました。

「鬼平犯科帳」(フジテレビ)のエンディングでも流れておりましたね(池波先生ご本人の推奨との噂)。

 電話保留中に流してる企業さんなんかもございます。

 結婚式の余興なんかでこの曲弾いたりしたら……という妄想をした時期がありました。

 ギター触ったこともないですけど。

 高校最終学年となる始業式の朝。

 いつもの癖で猫背気味にトボトボ学校へと辿り着くと、うららかな春の陽が射す玄関口に、なぜか人だかりがあります。人酔いしそうなくらい……黒や茶色、中には金色の頭も(うごめ)いております。

 ヤレヤレと軽い眩暈(めまい)を覚えながら少し離れた場所で立ち止まると、やはりポツンと独り、遠巻きにそれを眺めている生徒に気が付きました。

 直立不動、目を細めて睨むように視線を投げているその女生徒——。


「お、おはよございます」


 やや緊張しながら小さく声を掛けると、


「おはようございます神幸さん」

「皆の衆、何をご覧になっているのでぃす?」


 美冬さんは一度、両手で眼鏡を取り、フッと息を吹きかけて再びスチャっと装着します。


「掲示板です」

「掲示板……」


 頼りないオウム返しに不思議そうな顔をした美冬さんが、


「新しいクラスが貼り出されております。三年生からクラスが替わりますでしょ?」

「クラス替えっ?!」


 体幹がブレました。やべ。


「神幸さん、霹靂(へきれき)でも(はし)りましたか? まさか、お忘れで?」

「え、ええ。忘れ……と申しますか、全く頭にございませんでした」


 美冬さんは一度掲示板に視線を投げ、無表情で数秒眺めておりましたが、


「進路希望、『フリークラス』で提出されましたよね、確か」

「……でしたかね? でしたかも……」



★★


 ここ(女子高)はエスカレータ式で大学まで(ほぼ)自動進級できますが、他所の(も少しレベルの高い)大学を受験する方々は、三年時から所謂「特進クラス」に回ります。

 自動進級組と就職組(※「花嫁修業」の家事手伝い等も含む。数は少ない)が在籍するのが「フリークラス」だそうです。

 進路に全く興味のない私、当時、逐一ご説明くだすった美冬さんの声も右から左で、何も考えず用紙を提出し――。



☆☆



「ご希望通りですよ神幸さん」

「さ、左様で(他人事)」


 脳内で咀嚼しきれず、意味も無くキョロつく私。膝が笑っております。

 ――あ。


「み、美冬さん、く、クラス、い、いっしょ――」


 大事なトコです。

 美冬さんと万一離れてしまったら――私は誰とお昼を食べればいいの?!

 もしや、ついに、便所×××でびゅ——?!


 美冬さんはスッと私の両手を取り、


「また一年よろしくお願い申し上げます」


 揺れる瞳で彼女を見ると、眼鏡のフレームが眩しく輝いております。

 その奥の目がちょっとだけ垂れ下がり、艶めく桃色の唇が微かに開きました。


「あ……ああ……よかた。同しクラス?」

「ええ」


 にっこり微笑んだご尊顔を拝し、私の両脚から力が抜け落ちていきました。



☆☆☆



 始業式も終了し、新しいクラスへ移動しての自己紹介も終わり――。

 

 私は窓側から二列目・一番前の席で、ダラダラと帰り支度に入ります。

 今日はHRだけ。無駄な登校日のような気もいたしますが。

 すぐ後ろの席で、やはり帰り支度に掛かる美冬さんの冷めたお姿をチラと眺めながら、心の底から安堵の溜息が漏れました。

 願わくは、席替えでもご高配を賜りますよう……無意識に印を結んでしまいます。


 ふと。

 なんとなく視線を感じて顔を向けると、いやに目付きのキツイ女の子がこちらを窺っている、ような?

 なんかこわい……秒で視線を外しました。

 ありゃ人殺しの眼では……?


(わたくし)、この後八幡様へ参りますが、神幸さんも如何ですか?」


 珍しく空気を微塵も読まず、美冬さんが声を掛けます。


「左様ですか。では、同道させていただ――」

「あたしも付いてっていい?」


 割って入ったのは、かの女の子でした。

 口調は明るめなのですが、やはり目付きは鋭いままです。

 え、なんで?


「春さんと永峰さん……だよね? あたし、華菜、華菜伊予神でっす! 八幡様って銀杏岡でしょ? 猫がいるトコ」


 私と美冬さんを睨み付けたまま(※そうとしか見えない)、しかしながら気さくに挨拶されました。

 華菜・イヨカミ……?


 美冬さんはいつもの無表情で、


「――外国の方?」

 

 まさかのツッコミ。


「いやいや江戸っ子だよ?」


 背の低い少女はショートヘアを靡かせ、凄い目つきで笑みを浮かべました。

 小さい体にそぐわない大きな胸を張ってみせたのでございます。



☆☆☆


 

 浅草橋駅前でたい焼きを買い、その足で八幡様へ。

 それなりのご陽気ですが、相変わらず鬱蒼と茂る銀杏(いちょう)のお陰で、境内は若干肌寒い感じがいたします。

 参道真ん中で蹲る黒猫に揃って挨拶すると、


「オグラ名誉会長?! あはは、ウケる!」


 伊予神さんが真面目に笑います。三白眼は平常運転?



 お(やしろ)の階段へ腰を下ろし、たい焼きをいただきます。

 水気のない、硬めのたい焼き。

 私個人としては、もっと安っぽい、冷凍モノのようなしっとりしたタイプが好きです。


伊「やっぱクラスに男子いなかったね!」

美「……女子高(当たり前)」

伊「イッツ華菜ジョ~ク。しかし春さんがフリークラスとはねー」


 ぺろっと平らげた伊予神さんが、指を舐めつつ(こぼ)しました。


「と申しますと」


 飲み込んだタイミングで美冬さんが問いかけます。


「いやあ、春さん有名人だからさあ。皆、『東大行くんじゃね?』って言ってたし」

「元々、進学する意思はないですから」

「「そうなのっ?!」」


 ここイチで三白眼とハモっちゃいました。

 伊予神さんがこちらへ顔を向けてニヤリ。


「春さん特待生でしょ? 勿体ない」

「み、美冬さん、どうされるのです?」


 食べ終えた美冬さんは、中空へ抑揚の無い視線を投げ、


「就職……ですね。貧乏ですので」


 暗めのセリフとは裏腹に、宙を舞う視線に光を湛えてらっしゃいます。


「就職……ですか」

「お兄様が――」

「お兄様? ってどこのお兄様?」

(わたくし)は、兄と二人暮らしなのです」

「あ、自分の兄貴のこと? ええ~……兄貴を『お兄様』って言わないよね、庶民は」


 伊予神さんが同意を求めるかのごとく、脅すような目線を寄越します。

 私は無意識に視線を逸らし――今や、光生を「兄様」と呼ぶ身では返す言葉も無く……可愛らし気に首をゴキゴキと(かし)げてみました。


「お兄様が……この春から『行政書士』も始めまして」

「行政書士っ!」


 被せ気味に叫ぶと、小さな少女は跳ねるように立ち上がりました。

 え、なに? そんな興奮するような(くだり)がありましたでしょうや。

 そも、行政書士——って? 遣隋使みたいな?


「知ってる知ってる! ウチの常連さんでいるよ、そんな人!」

「ウチの常連さん……とは?」


 眉を潜めて怪訝な顔をする美冬さん。


「ウチのアニキ、お●ず横丁でお寿司屋さんやってるの。そこのお客さんで、確かいたよ、行政書士の先生」


 先生……?


「左様ですか」

「左様左様!」


 楽し気にピョンピョン飛び跳ねる伊予神さんのお胸が、ブルンブルン揺れています。

 美冬さんはその動産(?)を鋭く見やり、ついでに私の胸元にさっと視線を向け……。

 軽く俯くと、ご自身の胸辺りをしみじみ眺めました。

 その間、数十秒……。


「……柔道、胸、成長……F……?」


 消え入りそうな声で呟きました。


「柔道?」

「伊予神さんは柔道部の副将です。インターハイにもお出に……」

「あれれ? あたしも意外と有名なんだあね」


 はにかむ少女から視線を外し、美冬さんは溜息ひとつ――


 伊予神さんの胸辺りをあらためて凝視すると心なし硬直し。

 徐に右へ顔を傾け、怒ったような表情で小さく囁き……。


 ――独り言?


 (いぶか)しんでいると、突然耳鳴りに襲われました。


(痛たた――?)



 気が付くと、美冬さんはいつもの能面に戻っておりました。



 美冬さんへの微かな「違和感」と耳鳴りのセットは、この先もちょいちょい顕現するのでした。

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