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◆ツカンぽ神幸⑦◆

☆本話の作業用BGMは、『君は1000%』(1986オメガトライブ)でした。

 当時身内に、ヴォーカルを務めていたカルロスさんの追っ掛けがおりまして。

 彼がソロになったあと、ディナーショーに連行されたこともありました。ファンでもないのに。

 それまで「料理●国」でしか目にした事がなかったフォアグラというものを、生まれて初めて食みました……

 十二月の検定まで半月を切った。ビジネス文書検定、三級と一級を受検する予定だ。

 二級は時間的に受検が不可能なので諦めた。三級は保険、本命は勿論一級。

 そっくり美冬さんをなぞる形だ。


 基本「読み」で覚える人だが、今回は記述式も何問かある(実際にビジネス文書を書かせる)ので、朝から晩まで――というと大袈裟だが――書式も鬼のように書きなぐっている。

 もう今となっては、なんでこんな必死になっているのかも思い出せない……。


 理数系の授業中は集中して書きまくる。授業は捨てている。

 ブツブツお経のように独り言を呟いているらしく、時折、隣席の美冬さんから各種警告信号が発せられる。

 短い休み時間は、美冬さんと禅問答のように奇妙な会話を交わしているので、周囲のクラスメイト(形式上は)たちも怪訝な顔をして、殆ど絡んでくることもない。


 付き合ってくださる美冬さんには感謝しかない。

 彼女にしてみると、自分が誘導してしまった責任のようなものを感じているらしく、指導は意外と厳しい(若干)。



☆☆☆



 今日も頭へろへろのまま、美冬さんと共に銀杏岡の八幡様へと寄り道した。

 いつものようにオグラ名誉会長(でかい黒猫)の前に膝を折り、


「時下ますますご健勝のことと――」

「省略は駄目です。十一月の時候の挨拶は――」

「えー、霜秋の候……ってありましたっけ?」


 おおよそ猫さんへの挨拶とも思えぬ慇懃(いんぎん)さ。

 猫相手でも、今の美冬さんは容赦しないのだ。


 つつがなく挨拶を終えると、美冬さんの鋭い目が若干垂れて、


「大分、よくなりました。このぶんなら大丈夫かと」

「いあや、どうすかね。いまいち自信が無いっすよ……」


 美冬さんが指で自身の口許を差し、


「ルックルックルック」

「え?」

「『――自信がございません』」

「ああ……『自信がございません』……厳しいですね。そんな厳しいウイ●キーさんは見た事ないっす」

「ルックルック――」

「見た事がございません!」


 普段の言動から気を付けていないと駄目なんですと。トホホ……。



 美冬さんは銀杏をひとつ、スッコーンと蹴飛ばして立ち上がると、


「満点を取る必要はないのです。多少間違えても、ギリ7割を越えられればよいのですから!」


 両手でガッツポーズを決め、ふんすと鼻息をひとつ。


「ご自宅でも『やって』らっしゃいますか」

「ええ、なんとか……周囲の反応が、ちよと変な感じで……」


 ぼそっと零すと。 

 美冬さんは白い息を淡く吐きながら、なんとなくイヤらしい笑みを浮かべた――ように見えた。



☆☆☆



 とある夕食時。

 酔いどれの親父殿も、最近は家~でぇ夕餉(ゆうげ)を一緒にすることが多い。

 家族全員と給仕の雅子さん、住み込みの光旭さんを含めた七人という事も多いので、食卓は長机を二つくっつけた格好だ。


 特に会話もない広い食卓で、


「お醤油を取ってくださいますか、お兄様」


 一日中酷使して疲弊しきったアタマで無意識に発すると、なぜかその場に緊張が走ったような気がした。

 違和感に顔を上げると、光生が唇を微かに震わせている。


「……神幸。今……なんて?」


 光生が空気の抜けるような声でヒューっと呟いた。


「ん……? お醤油を・取って・くださいますか・兄様(おっと、()が抜けちまったぜ)」


 耳腐ってんのか? と思いながら、噛んで含めるように言ってやった。


 光生が――唇を噛みしめ、さめざめと泣きだした。

 一拍遅れて、女性陣がわっ! と声を上げ、親父殿は眼鏡を外して袖で両目を擦る。

 光旭さんひとり、青白い顔でキョロキョロしている。


 なにナニ、どうした皆の衆? 


「……お嬢様……」

「神幸お嬢さん……」

「明日朝イチで、お赤飯買って来るからね!」

「お母さん塩大福もお願い!」


 なんとなく祝福の(?)空気が流れ――。


 ふと、脳裏に――「お兄様」こと春主水氏のいたって凡庸な顔が――ぼや~っと浮かんだのだ。



◇◇◇



 最近、家での言動が奇天烈だった神幸ちゃんは、来月ナントカいう検定を受けるらしい。

 ロボットメイドみたいな話し方はすごく面白かったけど、試験絡みだったみたい。

 ラノベとかちょっとエッチな漫画(絶対に貸してくれない。んもうっ!)とは入れ込み方が違う。

 テキストは見せてもらった事があるけど、夢中になる要素がさっぱり分からなかった。


 十二月の試験は、●●区のとある専門学校が会場らしい。


「ここ知ってるの? 神幸ちゃん」

「さあ? 東京なら行けばわかるんじゃん? ――と存じます」


 東京でしょ? で分かるなら、地図とかグ●グルマ●プは要らないんだよ、お姉ちゃん。

 神幸ちゃんの言う「東京」は、台東区と文京区くらいでしょ?


 多分、下見とか行かないだろうな……。

 なんて思ったら、あたしが確認した方がいいのでは? と心配になっちゃったよ。



 ――気が付いたら学校帰り山手線に揺られ、田端で下車していた。


 立ち止まって、鞄から23区の文庫地図を取り出す。

 スマホもあるけど、時間に余裕があれば地図を眺める方が好きだ。

「女は地図を見るのが苦手」って聞いたことあるけど、偏見だと思うなあ。


 地図は色分けされていて、開けば大概、ピンク色の商店街に目が吸い寄せられる。

 夕暮れ時の商店街(できればアーケード)を、神幸ちゃんと手を繋いで歩いてみたいんだけど……難しいかな、外に出たがらないし。

  

 JRの線路沿いを暫く(くだ)る。

 小さなスーパーに自転車がめちゃ停まっている。

 慎重に脇を通り抜け、すっと左に入ると、件の専門学校の看板が見えた。

 一応、正面玄関の前に立ち、何枚か写真を撮ってみる。怒られないよね?



 ぐるっと一周するように駅前に戻った。

 ソフトクリームを売る小さなお店がある。……ちょっと、お腹減ったな、そういえば。

 でも買い食いはなあ。ウチの中学(ガッコ)、割りとその辺うるさいし……と逡巡していると、隣接するゲームセンター前のベンチに、小さな女の子がひとり、座っているのが見えた。

 猫耳付きのピンクの帽子、上下ピンクの短パン・Tシャツ姿。

 お地蔵さんのような顔で、小さく船を漕いでいるみたい。

 ……保護者の姿が見えないような。ゲーセンの中にいるのかな?


 なんとなくベンチの前に立つ。

 ふいに、女の子が顔を上げた。目が合っちゃった。


 丁度、周囲の喧騒が止んだみたいだ。


「……君、一人? お父さんかお母さんは?」


 なんでか声を掛けてしまった。


 女の子は寝惚け(まなこ)でゆっくり視線を巡らすと、


「……おお、うたた寝したようじゃ。んん……付き添いが一人おるが、その辺で買い物でもしとるじゃろ」


 短い両手をぐっと上げ、気持ち良さそうに欠伸をひとつ。

 見た目にそぐわない、妙に枯れた物言い。お婆ちゃんみたい。


「ねえ、そんな恰好で寒くないの? 大丈夫?」

「お気遣い痛み入る。寒くはないが……ちよと小腹が空いたのう」


 意味ありげにこちらへ向けた目が、いやらしい光を放った気がした。


 普通、知らない人から云々……って親御さんに言われてるよね?


 ほんの間考えたものの、背中を押されたような気分になって、


「ちょっと待ってて!」



 隣でソフトクリームを二つ購入し、


「はい。どうぞ」

「おお?! こりゃかっちけない。ごちになろう」

「君、江戸っ()なの?」

「江戸っ子ではないが、江戸は長いな……お主、面白いのう」

「ん? なにが?」

「『寒くないの?』とか聞いといて、ソフトクリームかえ」

「ええー、だって、大丈夫だっていうから――」


 女の子は躊躇いなくガブッとかぶりつき、暫く瞑目すると。


「――うむ。美味じゃな!」


 嬉しそうに笑ってみせた。

 ニット帽から覗いた前髪が夕陽を浴び――山吹色に輝いて綺麗だった。

 

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