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乙女はつらいよ。(後)

☆本話の作業用BGMは、『桜の花、舞い上がる道を』(エレファントカシマシ)でした。

 このバンドで一番好きな曲――かも。イントロから胸を鷲掴みであります。

 年に何回か全力で歌い上げます。季節関係なし。

 大概、声が裏返りますがお構いなしでございます。

 二天門を出て、鳴り始めたお腹を宥めつつ兄様ご指名のお店にて草だんごを物色してみました。

 綾女は値段を一瞥すると、


「三人で鰻喰ってもヨユーじゃんね」

「言葉に気を付けて綾女ちゃん。『喰っても』なんてお母さまに叱られますよ」


 踵を返し、参道を挟んで真向いの鰻屋さんへ。

 安永年間創業という老舗だそうです。



 参道を臨むテーブル席に腰を落ち着け、メニューを開くと――。


「マジ?! 想定外だよ」


 綾女のこめかみに、ピリッと稲妻が浮かびました。

 鰻重三人前で諭吉が飛びます飛びます。

 二枚預かっていて正解でした。


「鰻、パネェ。こんなするんだ……」


 綾女が苦々し気に呟きました。



 なんとなく優越感に浸りながら参道を行き交う人々を眺めつつ、もぐもぐ口が勝手に動きます。

 甘辛いタレと山椒が、ピリリと遠い記憶を呼び覚ますような……。


 ふっくら肉厚の蒲焼きを堪能し、最早目的を果たした心持ちです。



☆☆☆



 満腹で軽い睡魔に襲われながら、帝釈天脇の細い道へと入ります。

 人通りも喧騒も一旦消えて無くなり、風すら吹かない路地。

 軽口もいつの間にか途絶え、三人黙々と歩みました。


 ふいに、ぱっと広い車道に出ます。

 道路を挟んで土手になっております。向こうは江戸川と思われ。

 緩い風が、微かに磯の香りを運んできます。


 江戸川はここ柴又と、川を挟んだ千葉県松戸を結ぶ「矢切の渡し」の舞台だそうです。

 お母さま、よく口ずさんでましたよね。この地がモチーフとは存じませんでした。

 初めて耳にしたとき、「『ヤギリの私』ってナニを切る人?」と尋ねた覚えがあります。

 ……などと独りごちると――綾女も爽太くんもキョトン顔でした。



 数分歩くと記念館に到着です。

 つくづく、やんす(仮)お疲れ様でしたね。

 両さんのホームタウンから、(かち)で4、5キロはあるのでは?



「ぷぷ、寅のおじさま、仕事してはる」


 綾女がにやつきながら、わざとらしく口許に手を当てます。

 胡坐をかいた寅さんの銅像が、記念館の「館」の文字を今まさに貼り付けようとしてらっしゃいます。

 爽太くんと綾女がスマホを取り出し、バシャバシャ連写しまくりです。

 浅草・伝法院通りですと、お店の看板や屋根のあちこちに「お茶目な」人形が配置されておりますが、この御仁は別格の雰囲気です。

 希代の風来坊というイメージでしたが、左官仕事もされるとは存じませんでした。



 映画のセットや実家の模型、果てはタ○社長の印刷所まで、中はどっぷり「昭和」が展開されておりました。

 セットの佇まいは、なんとなく自分の家(寺)と同じような匂いを感じます。

 ああそうか、ウチも結構「昭和臭」が濃いのですね。普段暮らしていると、そんなことも特別感じませんが。


 爽太くんと綾女は、帝釈天参道のジオラマに齧りついております。

 寅さんの妹・さくらさんのナレーションが流れる中、二人あちこち指差しながら夢中で語り合っているようです。


 少し離れた場所で、未来の(つま)と小姑の姿(予定)を眺めながら、私はひとり、湧き上がる幸福感にしみじみ浸っておりました。



 一応、寅さんのパネルと並んで記念写真を撮り(有料)、記念館を後にします。

 左程広い館内ではありませんでしたが、十分に楽しいひと時を満喫できました。


 久々に映像も観たくなり。

 今の私なら、また別の感慨を抱くのでしょうか……。



 やはり外には寅さんが独り。

 ほどほどにね、寅さん。



☆☆☆



 最後に参道へと戻り、草だんごを購入するとミッション終了です。



 再び路地へ入ると、前方から男性の二人連れが歩いてきました。

 三人道を譲るように足先を変えると、


「お? お嬢ちゃんたち、これからお参りかい?」


 グラサンに口髭の小柄な中年男性が声を掛けてきました。

 後ろに付き従う若いひょろっとした男性が、無言で冷めた視線を投げます。


「や、もう帰るトコなんで。御免なすって」


 前を行く綾女が手刀を振りつつ脇をすり抜けようとすると、声を掛けた男性がふいに綾女の手首を掴みました。

 身を固くした綾女とこちらをチラチラ見やり、


「ふーん――中々だな。おじさんこーゆーモンなんだが」


 空いている手でスーツの懐へ手を突っ込み、なにやら名刺のような物を取り出します。

 綾女はこちらへ振り返り眉を下げると変顔になりました。舌があさってを向いています。


(ナンパかスカウトだよこりゃ)


 綾女の口パクに無言で頷きました。

 出された名刺を一瞥した綾女が再び振り返り変顔その2を繰り出すと、


「卒爾ながら。退いていただけませんでしょうか」


 爽太くんが声を発し綾女に並びかけ、男に向かって深々と腰を折りました。

 グラサンの男はやや口角を上げ、


「古風な坊主だな。心配すんな、お姉さん方に仕事を紹介してやろうってだけの話だ」

「退いてくださいませ」


 なおも爽太くんが食い下がります。

 私もゆっくり歩み寄ります。できれば穏便に済ませたい……。


 男が綾女の胸ポケットへ名刺を突き入れ、


「くどいな。男に用はねえ」


 綾女を横へ軽く突き押すと男はしゃがみ込み、爽太くんの額にバチンとデコピンをかましました。

 仰け反り、数歩たたらを踏んだ爽太くん。慌てて受け止めます。


「大丈夫ですか?!」

「大丈夫です!」


 爽太くんはズレた眼鏡を整え、スッと()ぐ立ちになると、懐から扇子(!)を取り出し、


「どうあっても退いてくださいませんか……」


 男の顔に目付けして、正眼の構えになりました。

 男は軽く溜息を漏らし、


「何の真似だ。坊主」


 暗い声で呟きました。

 後ろの兄やんがにやけ顔になります。

 

(爽太くん?)


 少年は細長い呼吸を静かに繰り返すと上段に構えをとり、


「えいっっっ!」


 裂迫の気合と共に遠間から男に向けて飛び込みました。

 しゃがんだままの男は口を開けポカンと硬直。

 一瞬で間を詰めた爽太くんが扇子を鋭く振り降ろします。

 扇子は男の眼前数センチの空気を切り裂きました。



 残心を決める爽太くんの前で男がゆっっくりと仰け反り、ぺたんと尻餅をつきます。

 爽太くんもへたりと膝をつきました。



 あっけにとられる中、若い方が気を取り戻し、


「て、てめえ、兄貴にナニを――」


 男の脇から前に出るのに、私も同時に駆け出します。


 兄やんが不器用に繰り出す右拳に合わせ、急停止して右足を左斜め後ろへ引き半身になると、眼前を空かした手首を右手で掴んでぐいと抑え、左の掌底を顎に押し付け一気に振り抜きます。

 兄やんの顔がぐるんとあさってを向き、力無く膝から頽れていきました。



 横たわった兄やんがガクガク顔を向けるのに、


「松が谷の『女・佐々木三冬』を舐めんな」※

「それじゃ『女・女』だぜ神幸ちゃん!」


 綾女のツッコミに「?」のまま左脚をゆっくり上げると、


「アカン! パンツ見えるでしかし!」


 綾女がやっさん風な悲鳴(?)をあげます。

 今日は黒タイツに、確か黒の下着……。


【「履いてない」と思われるのも癪だな!】


 脳内評議員の声が頭に響き、モジモジ脚を下ろします。



 グラサンの男が顔を上げ、


「……やるな姐さん。逸材じゃねーか」


 ぼそり呟きました。


 私は爽太くんを引っ張り上げ、綾女の手を掴み強引に立たせると、精一杯の愛想笑いを向け、


「これにて御免!」


 二人を引き摺り燕の如く走り去ったのでした。



☆☆☆



 ――その夜。

 お約束のように団子を買い忘れた私を鬼の形相で迎えた兄様は、腕組みしたまま仁王立ちで、


「ましかっ!!(最上級)」


 一喝すると、カクンと項垂れてお腹を鳴らしたのでした。



 ごめんなさい♥兄様。


 (わたくし)……なんでもこなす未来の(つま)が、ちよと心配です……。


 

※ 「剣客商売」(池波正太郎)に登場する男装の女剣客。タカ●ヅカ風の超美人(と思います)

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