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身内襲来

☆本話の作業用BGMは、『薔薇は美しく散る』(鈴木宏子)でした。


 ――ついに、身内の来店です。こんな日が来てしまうとは。


 たった今、店内に入って立ち(すく)んでいるのは、妹の綾女(あやめ)です。お母さまもよくご存知でしょう。

 当たり前ですね、一応お母さまの娘なわけですから、ははは。


 生意気に扇子を広げて顔を仰いでおります。

 白い半袖のブラウスにチェックの(ミニ)スカート。お辞儀したらお尻丸見えじゃないでしょうか。お辞儀しないから関係ないのかな。しかし、これが制服ですか……。

 夏前に短く揃えた黒髪はサラサラで、前髪を少し長めに造作しております。造作です。

 イマドキのJKには珍しく、私と同じ近所の理髪店を利用していますが、仕上がりにハッキリとした差が出るのはなぜなのでしょうね。



 ひとしきり店内をぐるり見渡し、綾女はスラッとした生足でゆっくり歩を進めます。静かに椅子に座り、ひょいっと足を組みました。

 油断して、パンツのチェックするのを怠ってしまいましたよ。


 綾女は壁に貼られた説明を一瞥(いちべつ)して、さっと五百円硬貨を投入すると、『オス●ル(アニメ版「チョメチョメのバラ」編)』のボタンを押下しました。

 他にも男性アイドル系、声優系など配置されている中、迷いがありませんでした。


 

 家では、テレビでアイドルや若手俳優、二・五次元俳優(あンだって?)などにキャーキャー声をあげたり、彼等をオカズにお●にしているのを見たことがありません。

 まあ、私は彼女について、それほど理解しているわけではない、ということかもしれませんね。


 とりあえずお仕事開始、でしょうか。



☆☆☆



【……もしもし?】

「こんにちは。ようこそ『ツイてない御苑』へ」

【もしかして光旭(こうぎょく)さん?】

「違います」

【じゃ、寺男(てらおとこ)の増夫さん? なわけないか】

「違いますね。酷暑のなか補習お疲れさまです」

【失礼ね! 違います、部活です……。あ、まさかの、×××ちゃん?!】

「……違います」


 しくじりました。今の間はマズかったですね。

 綾女が前のめりでモニタにくっついています。見えていませんよね?


 こうして妹の顔をまじまじと見るのは、久し振りかもしれません。

 相変わらず釣り気味の濃い眉毛。睫毛が意外と長いですね。

 タラコのような下唇が美味しそうです。思わずモニタに指が伸びます。摘まんでやりたい。


【誰なんだろ……今日部活で会った子に聞いたの、ココのこと。一度来たことあるんだって】


 そんな女子高生がいましたでしょうか……いたかな、そんな子も。


「ここは、日常の『ツイてない』を捨てていく墓場です」

【そう……びっくりしたわ、ウチ(寺)の直営だったなんて……これで商売成り立つの?】

「まあ、お客さんが勘違いしている(てら)いはあります。ここで『ツイてない』を捨てていくと、幸運が訪れる――みたいな。一切そんな事は(うた)っておりませんし、広告・宣伝の(たぐい)も行っておりません。善意で成り立っているようなものです」

【ふーん、そんなものなのかな……ところで、ホントにオ●カル様みたいな声ね! 素敵!】

「ありがとうございます。ご住職自らの手による精密機器の賜物です」


【ほー。せっかくだし、『ア●ドレ、この戦闘が終わったら結婚式だ』って言ってみて!】

「……『アン●レ、(以下略)』」

【ひえっ! ……っっったまらん! じゃ次、『アン●レ! アン●レ! アン●レはどこだ?!』って叫んで!】

「……『ア●ドレ!(以下略)』」

【はわわっ! じゃ次、次! 次はねえ――】

「お客さん、ここは『ツイてない』を捨てる場所です。何かありませんか、そういうの」


 途端、綾女が仰け反ってバンザイしました。

 ガタッという音と共に組んでいた足を(ほど)き、ひざを合わせて両手を乗せると、じわじわと体を(すく)めます。

 俯いてモジモジし始めると、控え目な胸と特殊な前髪が微かに揺れた――気がいたしました。


 まあー可愛らしい(棒)、彼女にも年相応の恥じらいというものがあるようですよ、お母さま。


【……ご、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって……でも、自分の好きな声で(ささや)かれると、五百円の価値は十分あるかなって感じ、するわね】

「『ツイてない』はどうでしょう」

【あー……しょっちゅうあるとは思うんですけど、あたし、すーぐ忘れちゃうんですよね、落ち込む間がないってゆーか……】


 妹がこんなポジティブな娘だったとは……もしくは「アホの子」なのでしょうか。

 いずれにせよ、羨ましい性格ではありますね。


「ベルばら、お好きなのですか」


 ――しくじりました、お母さま。

 不用意なひと言でした。激しく後悔いたしました。


 ……このあと、延々一時間近く、ベルばらのウンチクを語られてしまいましたよ……。



☆☆☆



 満足気な顔が輝いています。

 こっちはとんだ「とばっちり」です。五百円分のサービスはとっくに超過しております。


「……お疲れ様です。ゴッド・ブレス・ユー(神のご加護を)」


 疲れも見せず、モニタの綾女が顔を寄せ、キラキラした大きな瞳で、


【そこ、「南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)」じゃないんだ】

(こだわ)りがないもので。住職の方針です。マントラ(真言)じゃ似合わないでしょうし」

【そう? そうかな……まあいいや。ほんじゃ、また暇な時に寄らせてもらいま~す】


 ええー……綾女は、「聞き手」が誰なのか、考えることをやめたのでしょうか。



 珠のような笑顔を残し、妹は颯爽と店を出て行きました。


 お母さま……初めて、胸を張ってこの店を出て行く「お客さん」を目撃いたしました。

 誠に重畳に存じます。



 ……この御苑は、身内のお布施(?)にも支えられているようですよ、お母さま。


 恥ずかしながら、綾女とこんなに沢山話したのも久し振りにございます。

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