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『昨日、悲縛りで』

☆本話の作業用BGMは、『ロンリー・ハート』(クリエイション)でした。



 銀座線浅草駅の地下には、どっぷり「昭和」な一角がございます。


 天井が低く、通路も狭い中、ジュースのスタンドや怪しげな小物を売る店、レトロな小さい食堂などが密集し、そこだけタイムスリップした「三●目の夕日」のような(?)薄暗い別世界が広がっております。


【あそこでさっき焼きそば食べて来た!】


 モニタ前にニコニコ顔で座るのは、かの「育毛トニック」の奥様、茂森(仮名)さんです。

 なんぞ、願望が見え隠れするお名前ですね。ふさふさー。フフ。

 


 時刻は間もなく暮れ六つ(午後六時)です。

 彼女は改めてボタン群を一瞥すると、白魚のような人差し指でちょいちょいと前髪を整えました。

 先程『けんしろう』のボタンを押下したところです。


「――お前はもう、ツイている」

【愛を取り戻せーっ! て感じ?】

「……別居中なんですか?」

【ち、違う! すこぶる上手くいってるっ!】


 なればそんなに焦らなくてもよろしいかと。


【てかさあ、キ●肉マンもシテ●ハンターも、ケン●ロウも神○さんなんだよね】

「こないだ王座陥落しちゃいましたよね(※創作当時)。残念です」

【そりゃケ●シロウ違いだね、ボクサーの。神○さんじゃないから】


 茂森さんは、ほうじ茶のミニペットボトルを取り出し、こくこく喉へ流し込みました。

 あー……と小さく声が漏れます。

 目を細め、


【ここは、なあんかほっとするよねぇ。狭くてなんにも無い、殺風景な小部屋だけど】

「何度もご利用いただき誠に有り難いのですが――ツイて無さ過ぎではありませんか?」

【あたしら庶民なんて、大体ツイてないもんじゃない?(※個人の偏見です)】



「で、本日の小噺(こばなし)は?(わくわく)」

【小噺言うな! 人の不幸にわくわくしない! ……気の所為か今日はドスが利いてるな……尋問されてるみたい】

「てめーらの血は何色だー(棒)」

【早速ぶっ込んできたわね。レ●だっけ? いいでしょう、では小噺を――違うだろッ!】



 茂森さんは、白魚のような人差し指で(本日二度目)眉間をぐりぐり押し込むと、


【最近、「金縛り」がひどくってさあ……】


 はあ、と、胸の裡から錫色(すずいろ)(おこり)を吐き出しました。


「金縛り……経験が無いです。北●残悔拳(ざんかいけん)みたいなものですか?」

【全然違うね。それじゃ秒で終わっちゃうじゃん……。所謂「霊的な」やつじゃないと思う。そういうのは出て来ないもん。体は疲れて動かないけど、脳だけは元気に起きてるような感じで】

「幽霊絡みでない金縛りもあるのですか」


 ここ数日、夜は決まって「襲われる」そうです。


【呼吸もしづらいし、朝までってこともないけど、その所為か寝不足気味で……ちょいちょい寝坊もしちゃうし……旦那の弁当作れないことも】

「お弁当なんですか旦那さん。主婦の鏡ですね」

【いや、あんまりお小遣いあげてないから、家計的な事情ね】

「お小遣い、月にお幾らで?」

【二万五千円】

「……なんか微妙に少ない……一日八百円くらい?」


 どうにか右手が追い付きました。割り算に片手を動員するのも情けないですが。自分の事ながら、一体どういう計算をしているものか。


【三十一日まである月だとギリだよね。申し訳ないとは思うけど、まあ将来のために】

「夢のマイホームとか」

【そうね! この辺で家を持つのも大変だけどさ】


 茂森さんは今、雷門から北東へ徒歩十五分ほどの、待乳山聖天(まつちやましょうでん)(聖観音宗の寺院)近くにお住まいだそうです。

 浅草から離れていくにつれ家賃も下がってはいくものの、決して地価の低いエリアとは言えません。


【三十までにはなんとか目途を付けたいわね】

「左様ですか。お祈り申し上げます。エロイムエッサイム――」

【真面目に、真面目にお祈りしてね。変なの出て来ちゃうから】



 ――で。何のお話でしたか。


【金縛りしんどいって話だよ!】

「そうでしたそうでした。……本でも読めば? 脳もくたびれるでしょうし」

【雑だな。真剣に考えてよう。ちなみにお勧めは?】

「ラノベでいいですか?――『庶民サ●プル』とか……『ク●の戦記』などは如何で? 日本の少年が異世界に転生するという、実にミラクルな設定ですよ?」

【ミラクルてあんた……。ラノベだと夢中になりそうで却ってダメな気がする】

「ではいっそ、『資格』関連の本など。禍転じて、資格取っちゃおうぜという」

【重いなあ、寝る前に……資格、か……】

「『資格! 媚びぬ! 省みぬ!』ということで」

【サ●ザーだっけ? 微妙に違くね? ……あたしは「山のフ●ウ」が好きだったわあ、萌える!】

「私は『雲のジュ●ザ』推しです」


 ひとしきり、いつものように喚いたあと、茂森さん(仮名・主婦)はお帰りになりました。


「ゴッド・ブレス・ユー……」


 おあとがよろしいようで。



☆☆☆



 ――店がハネた後(あ。なんか恰好イイかも! うひー)、雷門通りの天()で遅い夕食を摂り、散歩がてら少し遠回りして帰ることにいたしました。


 風雷神門(雷門)を一礼して潜ります。


 人通りもまばらな、夜を迎えシャッター街と化した仲見世を、緩い風を受けながらそろそろと宝蔵門を目指して歩みます。

 浅草界隈は元々、早々に閉める飲み屋さんも多く、夜間に賑わう街ではありません。日中とは真逆な人通りで、私のような隠密者でも気楽に歩けます。


 夜の浅草寺周辺はライトアップされ、一種幻想的な趣があります。

 とりわけ、ぼんやりのんびりと浮かび上がる五重塔を眺めていると、北風を受けて強張った顔も緩んでまいります。

 ライトアップされた「お墓」にニヨつく乙女の図――まるで絵になりませんよね、お母さま。


 

 重要文化財の二天門から江戸通りへ抜け、北東へと歩みを進めます。

 茂森さんと話していて、聖天様に詣でたくなったのでございます。



 深夜というほど遅い時間でもないので、まだ照明が灯っている家々の窓が多いようです。

 私は、夜にその「家々の窓」を眺めるのが好きです。

 中でも駱駝(らくだ)色に染まる窓は人の営みがある証ですから、エロエロと妄想が掻き立てられます。


 一人暮らしで涙を滲ませ酔いつぶれる若いOLさん、一家団欒(だんらん)でプラ●ムビデオを観ながら(くつろ)ぐ大家族、鬼気迫る顔で(ののし)り合う離婚協議中の夫婦、レポートに追われ頭を掻きむしる学生さん、騒音による苦情を「大声」で喚く階下の住人、刃物を手に硬直する同棲カップル――。

 猫を間に挟んで、ワイン片手にソファで微笑み合う恋人たち……。


 そんな様々な景色が、あの駱駝色の窓の向こうで繰り広げられていることでしょう。


 ……捗って仕様がありませんよ、お母さま。


 そうそう、時折、入居前の分譲マンションで青白く光る一室を目にすることもありますが、それもまたご愛敬ということで。



☆☆☆



 樹々が鬱蒼(うっそう)と茂る待乳山は、変わらず静謐(せいひつ)な佇まいでそこに在りました。

 既に小高い丘へと登ることは出来ませんので、地上にて手を合わせます。

 マントラ(真言)は――なんでしたっけ……ど忘れしてしまいました。

 せっかくヤホーで検索したのに。

 仕様が無いので、南無釈迦牟尼仏と適当に唱えました。いけませんね、これじゃ。せめて南無観世音菩薩(※浅草寺)でしょう。



 爽太くんとも深夜に、家々の窓を眺めつつ歩いてみたいのです。二人で幸福な妄想を語り合いながら……。


 でも難しいでしょうね。なんせ十歳の身ですから。

 誠にしょぼーんでございます……。

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