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後悔の味

★本話の作業用BGMは……『Hungry Spider』でした。

 cobaさんのアコーディオンが嵌ってます。切ない。

 それと、クモ繋がりで『ピンク スパイダー』を交互に、延々と。でした。


 師走を迎え、大分寒くなってまいりましたね、お母さま。今年もあと僅かでございます。


 こちらへ戻ってからはこの時期、年賀状の宛名書きに駆り出されてひいひい(江戸っ子なら「しいしい」なのでしょうか)言っておりました。小筆による手書きに拘る兄様のせいで。

 昨年は書かなくてよいとのことでほっとしておりましたが、喪中はがきの宛名書きで使役されました。今年も同様のことと存じます。

 結局、何某かは作業が用意されている――世間というのはよくできたものです。なかなか楽をさせてくれません。


 そんな事を思い出して無意識に手を揉んでいたところ、開店早々、晋三が現れました。

 どんよりとした死人(しびと)のような(うつ)ろ顔で、気の所為か薄闇をずるずる引き摺ってきたようです。



☆☆☆



 力無く椅子に腰掛けた晋三は、特に躊躇することなく『ビキニの鬼っ()』というボタンをだるそうに押下しました。

 おや? 普通ですね。普っ通に女の子です。


【……お電話ありがとうございます。「ツイてない御苑」でございます】

「どこのコールセンターか? あなたが同僚になったという話は聞いておりませんよ? いや、聞いてないっちゃ」

【ああ、ラ●ちゃん、わんばんこ。今日はどうされました?】

「こっちのセリフだゴルァ。あんた何しに来たんだっちゃ?」


 晋三の短い前髪が、へろりと力無く垂れました。

 どうも精気が無いというより、ひたすらくたびれた感じです。


【「だっちゃ」が染み入ります。近頃お寒いですが、まだビキニでお過ごしですか?】

「目を覚ませクズ。リアルに鬼っ娘が座っているわけがなかろうもん。いや、ないっちゃ!」


 白(ホウ)ばりに顔を張ってやった方がよいでしょうか。いやいや、下手するとご褒美になるだけかも。


 椅子の下でマイ・レフトフットがカタカタとリズムを刻み始めました。どうにも息が合い辛い……。

 もう夜を迎えるというのに、コイツは寝惚けているのでしょうか。


【――今朝方、夢を見たんです。目が覚めたと思ったらそれも夢で。また目が覚めたと思ったら、夢……というのを何度か繰り返しまして。どこまでいっても夢の中なんです。よく登校できたと思います】


 未だに現実感が無いわけですか。


「安心するがよい。もう夕方だっちゃ。ちゃんと起きてるよ少年、私が保証する」


 晋三がゆっくり顔を上げます。まだ多少視線が揺れております。


「少年、部活はどうした? 今日は休みか?」


 晋三は小学校にあがった頃から、兄様の道場で一所懸命稽古に励んでいたそうです。

 道場は中学校入学前に卒業するのが慣例となっております。

 彼も以降は学校の剣道部に所属していたハズ。


【部活、辞めたんです、夏休み明けに。桐島が辞めるっていうから……なんて、親が早めに大学受験へ備えろと言うので】


 晋三の通う私立の男子高は、結構な進学校です。

 部活引退は少々早過ぎる気もいたしますが、あそこならこれもスタンダードなのでしょうか。


「ふーん……ところで、どんな夢を見たんだっちゃ?」


 今日は何気に相槌が楽です。「だっちゃ」と言っていれば会話が成立する感じです。

 つくづく、偉大なキャラでございます。


 晋三は微かに顎を上げ、中空にぼんやり視線を向けると、


【……憧れの人と、ひたすら道場で稽古する夢で。何度、眼が覚めてもその夢の続き……で、最後に見た夢は、近所の幼馴染み(女の子)と結婚するという……吃驚(クリビツ)して飛び起きました。Tシャツが汗にまみれて……】


 ひとつブルッと身震いし、両腕で体を抱くように身を捩ると、青白い顔を俯かせました。

 そんな、エルム街でフ●ディにでも遭遇したかのように……相手の()(まあ綾女でしょうね)が気の毒だっちゃ。


「憧れの人ってのは、やはり――」

【ああ……そうです。あの方(ご住職)です……】


 言った途端、顔に赤みが差して相好を崩しました。


 前から気になっていたのですが……。


「君は、とどのつまり――その人とどうなりたいと思っているの? ……だっちゃ?」


 問い掛けても、晋三は俯いたままです。特別、動揺も見受けられません。


【それが……よく、わからないんです。この間は勢いで告って(※人違いで失敗)しまいましたが、告白してどうなろうというのは、あまり考えていなかったと思うんです。単に、告白せずに何かしら後悔するくらいなら、告白して後悔した方がいいような気がしたというか……】


 なるほど。「不作為で後悔」するより、「やって後悔」の方が後に引き摺らないという……。

 心理学の実験で、そのような結果が出たと夕刊で読んだ気がいたします。

 

 晋三なりに、己の甘酸っぺー妄想へケジメをつけようとしたのでしょうか。


【強迫観念? ていうんですかね。あの日突然、得体の知れないプレッシャーに追い立てられた感じです】


 告白したとして、玉砕する確率はかなり高いでしょう。

 世の中に「絶対」は無いわけですから、うまくいく(何を指すのかは置いておいて)可能性もゼロではありません、が……。



 晋三の呟きは途絶え、沈黙が訪れました。


 相変わらずくたびれたままかとモニタを覗くと、晋三は意外にもさっぱりとした表情に見えます。

 先程よりは目に力が宿り、顔は淡黄蘗(うすきはだ)に染まっています。

 ……肝臓でも病んでいるのでしょうか。黄疸? 若いのにな。


「少年は、その……あっち一辺倒なの?」


 晋三がわたわたと両手を振り、


【いえいえ、基本ノーマルですよ、信じてもらえないかもしれないですけど】

「ホンマか?! 御仏の前で(?)嘘を言うなよ少年——だっちゃ」

【彼女がいた事もあるんですよ、結局振られちゃいましたけど】

「こないだ体育教師(の声)相手にあられもない姿を――」

【あ、あれは、その、ちょっと恥ずかしい、せ、性癖と申しますか……】


 ひとしきり議論(?)を戦わせましたが――


「……結局、住職への想いは何だっちゃ」

【敬愛しているのは間違いないです。自分でもそれ以上はわからないんですよ】

「いずれまた、告る可能性もあるっちゃ?」

【……わかりません。なんとも……】


 もどかしい事を言う割に、晋三はやはり明るい表情を見せます。

 おかしいな……何もやりきってはいないはずなのに……。



 その顔をぼんやり眺めているうちに、病床でお母さまが呟いた言葉を思い出しました。


「玉砕して後悔、も勿論アリだとは思います。でも、それはもう少し時間を置いてみてもよろしいのではと……個人的には思います……っちゃ」

【……】

「告る気持ちを抑えて、あえて伝えない――そしてずっと「やらずに後悔」し続けるというのも、それはそれで味わい深い人生かもしれませんよ……と、事情通(母)が言ってたっちゃ」


 そう、晋三が「ドM」なら――尚更味わい深い人生に……。



 モニタに映る晋三の顔は、いつの間にか赤味が差し、全身が微かに震えております。

 そりゃどういう震えなの? ……なんか気持ち悪ぃな。



【……人生の大先輩が、そう、仰るなら……もう少し時間を置いてみます】


 ――二年ぽっちの先輩だけどな。


「じゃ、ゴッド・ブレス・ユーだっちゃ!」

【どうもありがとうございました!】



 晋三は勢いよく立ち上がり、深々と(こうべ)を垂れると、体を起こした反動で店を後にいたしました。



 ……まあ、こんなもんで。

 お母さまの言葉は、少年の心にどう響いたのでしょうね……。

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