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◆レギュラーな屋台◆

私は定番の「味噌」が好きです。

夜食にちょいちょいいただきます。大概、鍋ごと・立ったまま。


 お母さまはご存知ないかもしれませんが……。


 夜中、近所にある公園の脇で、年中ラーメンの屋台を出しているおじさまがいらっしゃいます。

 ちょっと変わった屋台です。

 なにしろ、「インスタントラーメン」しか出さないのですから。



 元々ラーメン屋さんを経営していらっしゃいましたが、そちらは数年前ご子息に譲り、ご本人は屋台を引くようになったのだそうです。


 ある時、「サ●ポロ一番み●らーめん」の美味しさに驚愕し(それまで一切インスタントには手を出さなかったのだそうです)、感激して道を踏み外し(?)、勢い「サ●ポロ一番シリーズ」オンリーの屋台を出すことになったそうです。


 以来、年中無休。

 お客さんはタクシー運転手が多いそうで、「休んだら彼らに申し訳ない」と毎日毎日やって来ます。口コミでやって来る運転手さんが結構いらっしゃるようです。

 自家製チャーシュー二枚とネギがのっただけ、一杯250円。希望者にはサービスで小ライスが付きます。

 当初は300円想定だったそうですが、


「嫌がる人も多いけど、50円玉だってあった方がいいだろう」


 それだけの理由で、250円に決めたのだそうです。50円の釣り銭を渡すことだけあてにして。

「五百円玉過激派(?)」の兄様にも爪の垢を煎じて……。


 いつもおおよそ夜四つ半頃(午後十一時)から夜が明ける前の朝七つ(朝四時)頃までの数時間、公園南側で営業を続けております。



☆☆☆



 ネットを少々(たしな)んで小腹の()いた私は、腕時計を巻き、スウェットにジャージを引っかけ、手ぶらで外へ出ました。

 時刻は九つ(零時)まであと(わず)かといったところです。


 外灯が寂しく照らす公園の外周へ沿って、ひたひた歩きます。

 腕を(かざ)して時刻をあらため、周囲に誰もいないことを慎重に確認し――。

 今日から明日へと日付けが変わる瞬間ジャンプした私は、新しい「今日」の地へと着地したその足で、(くだん)の屋台へと向かいました。

「日付またぎジャンプ」は、各種条件が揃わないと叶わない「レア」なレクです。

 始まったばかりの今日は、「ツイて」いるようです。



 ゆるい風が吹いて落ち葉がカサカサと(ささや)くなか、今日もおじさんは公園南側に屋台を出しておりました。

 十数メートル先に、白いタクシーが一台停まっております。エンジンは切っているようですね。

 白ということは個人タクシーでしょうか。しかし、なぜ個人タクシーは「白」が多いのでしょう。今度美冬ちゃんに会ったら聞いてみましょうか。検索した方が早いでしょうけど、それはそれで。



「こんばんは、おじさま。儲かってまっか」


 暖簾(のれん)を軽く押しやり、ベンチへ腰かけます。


「いらっしゃい神幸(みゆき)ちゃん。相変わらずカツカツだよ」


 やや背の低い、ごま塩頭のおじさまが、湯気を(まと)いながら微笑をくださいます。

 ほどよく丸々とした体躯(たいく)は、「豆タンク(卑下)」だそうです。


「もう良い加減、値上げしてもいいのでは?」

「別に儲けようと思ってないから。50円玉にも悪いよ」


 血色の良い顔で額をテカらせながら、目尻へ幾重にも皺が寄ります。


 私は気分で「塩味」をオーダーし、出されたコップに口をつけ、冷たい水で喉を潤します。


「ああ、おいしい……実は、富●山の天然水とか?」

「ごめん。公園でさっき()んだやつ」


 プーの舌はあてにならぬということで。


「そういやちょっと前、住職がでかい(カバン)提げて帰って来たよ」

「左様ですか」

「なんだか、アゲハ蝶みたいな派手なマスクしてさ、舞踏会でも行って来たの? て感じの。ぱっと見てギョッとしたぜ。向こうが先に挨拶してくれたからわかったけど、でなきゃ通報してたな」


 ――あーあれか。そりゃ驚くでしょうねえ。意味不明。


「とんだ変態野郎を野に放って申し訳ございません。あとでよく言って聞かせます」



 出来上がった熱々のラーメンを両手で受け取ったところで、


「こんばんにゃ!」


 誰かが一声かけてするりと横に座りました。

 ちらと目だけ向けると、綾女(あやめ)がにやついた顔でこちらを(うかが)っております。

 ぼんやりとラーメンに視線を落とした私は、割り箸を抜いたタイミングで綾女を二度見しました。


「いらっしゃいお嬢ちゃん。神幸ちゃんの知り合いかい?」

「妹でーす。ね、お姉さま?」


 すっぴんがテカっております。JKらしい愛嬌をおじさまに向けます。


「へー妹さんかい。美人姉妹だったんだねえ神幸ちゃんとこは」


 おべっか――なのかよくわからない顔で、おじさまがおどけます。


「ありがとうぅぅぅ大将! おべっかでもめちゃ嬉しいよ!」

「俺は屋台でおべっかは言わねえよ。そんな気を遣う必要ねーもん」


 おじさまがにぱっと笑いました。



「ねえねえ! さっきなんで突然ジャンプしたん?」

「…………」

「まいっか……しかし、こんな穴場が近所にあったとはなあ……(おご)ってよぉ神幸ちゃん」

「綾女ちゃん。私はここでお金を払ったことが無いのですよ」

「へ? 無銭飲食?」

「いわゆる『ツケ』だよ。月末締めで、翌月最初にご住職が食べに来てくれた頃合いに、一括現金で払ってくれるんだ」

「アニキが?」


 おじさまが湯気に(まみ)れながら、私に代わって綾女にレクチャーしてくださいます。


「――よって、私はここで食べ放題という――」

「ナニそれ? ずるいじゃん! 知らんかったよ!」

「私もここ数カ月です、お邪魔するようになったのは――ではお先に」


 スープを一口(すす)り、遠慮なくズルズル食べ始めます。

 のびたラーメンも好物ですが、流石にここでは店主に申し訳ないので一気にいきます。


 綾女は「みそ」を注文し、


「神幸ちゃんさー、家で作んないの?」

「面倒ですから」

「鍋で煮るだけじゃん。マジで爽太と結婚したら料理どうすんのさ?」

「……」


「へー、神幸ちゃん結婚すんのかい? そりゃめでたい」

「……早くても八年後です。いえ……その頃には破談になっているやも」

「死―――んんん」

「嘘でもフォローしてください。さすがに(へこ)みます」



 綾女がラーメンに口をつけ、


「うまっ! ほんとにインスタント?! チャーシューばか美味! ヤバイ!」


 手の()いたおじさまが、腕組みしてまじまじとこちらを眺めております。


「ほんと美人姉妹だけど――こういっちゃなんだが、そんなに似てねーなあ」


 あとはスープを飲み干すのみ、という塩梅で、


「腹違いなのです。妹と兄様は正妻のお子で、私は――こういうのナンテ言いましたか――そうそう、『妾腹(めかけばら)』です。正妻さんもお(めかけ)も亡くなりましたが」

「そりゃ生々しいですわお姉たま」

「赤裸々に身の上語らんでもいいよ神幸ちゃん」

「お気になさらず。儀式みたいなものです、私にしたら」


 ――そう。

 ようやく、口にできる心持ちになってまいりましたよ、お母さま。



 二人スープをちびちび啜りながら、ひとしきりおじさまを交えてギャーギャー喚きました。

 ご近所には迷惑をお掛けしております。心より陳謝申し上げます。



 ひっそり(たたず)んでいた個人タクシーのドアが開いて、ご老体と(おぼ)しき小さな男性が降りました。

 眠そうなお顔で、こちらへとよちよち歩み始めます。


 屋台に辿り着いた見知らぬご老体を前にして――。

 重力に逆らって夜中のお勤めに精を出す勤労のお人に、私は心から尊敬の念を抱きつつ――席を立って狭いベンチへ(いざな)うと、


「お疲れ様です。こちらどうぞ」


 言葉を送り出したのでございます。

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