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コンビニで女優

☆作業用BGMは『悪女』(中島みゆき)でした。


 お母さま、今日のおやつは「どら焼き」です。もちろん、いただき物でございます。雷門近くにあるお店のものですよ、お母さまの大好物の。

 ここのどら焼きは、ニートの私の身には高価すぎて手が出ません。人から回って来ない限り、こうして口にするのはdifficultなことでございます(あ、「ff」の発音にご注意ください)。

 兄様から二つ、恵んでいただきました。



 夜六つ(午後六時)を過ぎて、寺町通りを行き交う車もヘッドライトが眩しいのです。最近のライトは眩しすぎますね。私には「殺人未遂」とすら思えます。危険です。とても。


 お行儀悪くガードレールに腰を下ろし、どら焼きを食んでおります。

 大丈夫、そうそうウチへお客さんなぞ現れませんよ。


 と思っていたら、お店の前を女性がウロウロし始めました。

 まさかお客さんでしょうか。ええー……。中を覗き込んでいらっしゃいますよ。


 ……仕様もない。最後のひと口を放り込み、ゆっくりと味わったあと、私は鋭い舌打ちをひとつ、そーっと裏口からお店へと戻りました。



☆☆☆



 よれよれのトレーナーにジーンズ、大きなバッグを肩から提げていらっしゃる。

 髪は後ろで無造作に束ねてあります。

 普通のOLさんという感じではありませんね。バッグが重いのか、少々猫背気味。

 

 椅子に腰掛け、こちらを見やるご尊顔は眉毛がうっすいです。思わず「麻呂」みたいな眉を書いてあげたくなります。

 薄い唇が半開きになり、あほっと説明を眺めていらっしゃいます。


 視線を落とすと五百円硬貨を投入し、『ロマンスグレー・アタックチャァァアンス』のボタンをぽちっと押下しました。「枯れ専」なのでしょうか。

 受話器に手をかけます。


 さあ、お仕事開始です。



☆☆☆



【あのう……もし】

「こんにちは、『ツイてない御苑』へようこそ。今日はどうされました」

【こんにちは。最近、ツイてないことが続きまして……まあ、大体いつもツイてないんですけど】

「それはツイてないですね。思う存分、ここで吐き出していっておくんなまし」



【……あたし、売れない舞台女優なんですけども】

「身の上を明かす必要はありません。『売れない』も不要です」

【そうですか……舞台女優をやっておりまして……】

「左様で……そこ大事なのですね」



【……コンビニで、お弁当をレジに置いて「温めで」と告げたあと、『タバコの○○番と、唐揚げの串をひとつ』と注文しまして】

「売れない女優さんがタバコなどお吸いになってよろしいのですか」

【それはどういう……「売れない」はスルーしてくださると……】

「役者さんは喉を大事にされているものと存じております」


 彼女は眉間に薄い縦皺を寄せると、生え際をカリカリ掻きました。


【えーと……続きなんですがっ。よろしいですか? 家に持ち帰って袋から品物を取り出したら、「唐揚げの串」が入ってなかったんです】

「それは……ご愁傷様です」


 私は――とあるクイズ番組で、片手ガッツポーズをしながら力強く回答者を鼓舞する在りし日の司会者を偲びつつ、心を込めて言葉を送り出しました。



 彼女は細長い溜め息を吐くと、


【レシートには記載があって、料金もきちんと徴収されているんです】

「お店に戻られたのですか」

【面倒でしたけど、仕方なく……無事に、唐揚げの串はゲットできたんですけど、こういうのが今年既に四度ありまして】


 私は空いている右手をじっと見詰め、慎重に指を折ります。


「つまり、今年に入って通算五度目であると」


 少しドヤ顔だったかもしれません。



【そ、そうです……お店は別々なんですけど、大体同じパターンです。タバコとジャンクフードを頼むと、「どちらかが入っていない」という現象がちょいちょい……】

「タバコをおやめになると解決です」

【えっ、そ、そんな結論になりますか】

「なります。コンビニ側の選択肢を減らせばよいわけですから」



 モニタの彼女が軽くお尻を浮かせ、ストンと腰を落としました。

 視線があさってを向いて、少々泳ぎ気味。

 


 ちょっと強引でしたね。では、


「もしくは、タバコと唐揚げの串は、別々のお店でお買い求めになった方が確実かと」

【……それもちょっと面倒ですね……】

「ならば、タバコをおやめになるとよろしいかと」

【どうしても、そうなりますか】

「なります」


 あれ? デジャブ? 同じ結論になってしまいました。


 

 モニタに映る「女優」さんは、棒を飲み込んだような真っ青な表情で、


【……なんとかなりませんか。タバコは……緊張しぃのあたしにとって、舞台へ上がるために欠くことが出来ない唯一の『魔法』なんです……】


 それこそ魔女のような(しわが)れた声で囁かれました。


「タバコやめますか? それとも、人間やめますか?」

【そんな覚◯剤みたいに】

「見ようによっては似たようなものでしょう。あなたは勘違いしてらっしゃいます」

【……へ?】

「多分、タバコが緊張を押さえ込んでいるのではない、のだと思います」

【?】

「いつの間にか、『タバコを吸う行為』そのものが、緊張を和らげる『儀式になっている』と()()()()()()()のかも」

【……】


 彼女は薄く口を開け、両手を強く握りしめました。


「恐らく、何でもイイのです。喫煙に代わる、『新たなルーティン』を探ってみては如何でしょう。……どうか、喉もお身体も大事になさってください」




 彼女は――

 長いこと、視線を落として沈思黙考したのち……。



【…………考えてみます……】


 ポソリ、小さく呟きました。


 今っだ! 出すんだ! ブ◯ストファイヤーッ! ――と思った私は、


「――お話は以上ですか」


 穏やかに締めにかかると、


【……はい。以上ですぅ……】


「それでは、お疲れ様でした……ゴッド・ブレス・ユー(神のご加護を)」

【はあ……どうも……ありがとうございました……】



 彼女はふらふら立ち上がると、来た時と同じように猫背のまま店を後にしました。



☆☆☆



 ひょっとすると、本日私は、JTのご贔屓さんを一人抹殺してしまったのかもしれません。

 

 人は、複数の作業を一度に遂行しようとすると、どこかに綻びが出るものなのでしょうか。

 コンビニの店員さんも大変でございます。

 私からすると、簡単な作業には思えません。馬鹿にしてはいけませんよ。



 彼女、タバコをおやめになって――今より少し売れるといいですね。

 そうは思いませんか、お母さま。

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