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◆君と私の日曜日(後)◆

 爽太くんは勢いよく立ち上がると、


「ボクのロマンティックを止めてーーーっ!!」


 大川(隅田川)に吠えました。


「ど、どういたしました?」


 ストンと腰を落とし、ふうーっと長い息を吐き出すと――


「ボ、ボクと――結婚してくださいっ!」

「…………へ?」


 間抜けな空気が漏れ、一瞬思考停止。遅れて晋三(しんぞう)——じゃナイ! 心臓がびよーんと飛び出しそうになり、慌てて胸をポヨンと(※所謂Fカップの音、と申しますか)押さえました。 


 脳内で彼の台詞を繰り返してみます……聞き間違いということも?


「……結婚、と、仰いました?」

「はい!」


 気の所為ではありませんでしたか。

「付き合ってくれ」と言われた経験もないのに、飛び越してプロポーズとは……。



 両の拳をぎゅっと握りしめ、突っ張るように膝に押しあてたまま、彼は俯いて黙り込みました。


「な・あ~んちゃって!」


 というセリフも一応待ってみました。やってはきませんでした。


☆☆☆


 ――私もそれなりの歳でございます。現実から遥かに乖離(かいり)した事案であることは承知しております。

 しかしながら――万が一、彼が真剣な気持ちで告げたのだとすれば、迂闊なことは申せません。ここは「年長者」として――


「ボクは成年ではありませんので、今すぐというわけではありません」

「私、今十九(歳)ですよ? 爽太くん――」

「十歳です」

「わざわざこんな年の差がある相手でなくとも――」

「……躊躇してたら誰かにとられちゃうと思うんです。今は『予約』で結構です。……この間一緒に帰ってもらった時、未来の(つま)はこの(ひと)なんじゃないかって……」


 言葉を切って、こちらを見上げた爽太くんは、

 

「そのままでいいんだよって言ってくれた、お姉さんが……そう、思ったんです」


 唇をきゅっと引き結びました。


 彼の目は水晶のように透き通り、とても綺麗です。

 磨き込まれた眼鏡のレンズも、鏡面のようにピカピカです。


 たかだか十歳の男の子でも(失礼!)、こんな凛々しい顔をするんだ……。

「男の顔」――いえ、「オス」というものを感じさせます。



 しばしウットリと、その眩し過ぎるご尊顔を眺めておりました。

 こんな心持ちになるのは、十九年の短い人生で初めてかもしれません。



「男性は十八歳で結婚できるそうです」

「え、ええ。そうですね。よくぞご存知で」

「ですから、早ければ八年後ですね!」

「は、はち……」


 ぐっと現実味が増した気がしますよ。

 八年後、私は二十七歳……世間体には余裕が……。

 とすると、そこまで私は清い身体でいた方がよいワケですよね。う~ん……。


「……こ、婚前交渉はアリでしょうか」

「? コンゼンコウショウ?」


 あほか。

 確実に、青少年健全育成条例の「長い腕」に引っ掛かるでしょうが。

 何を言っとるのか。



 脳内で、角を生やした悪魔装束の綾女が、


『バレなきゃいいっしょ?』


 囁くと、幾人かの脳内評議員達が「イェアー!」と声を揃えます。


『そ、外出(そとで)先でしちゃいけませんよっ?!』


 頭に輪っかを浮かべた晋三が(お前が天使かよ)トンチンカンな補足をいたします。

 あんたら仲いいな。ここは冗談でも止めるトコやぞ。

 


 爽太くんは突然ベンチを下り、脇に咲いている小さな花を手折りました。

 その、名も無き白い花(※いや名前はあるでしょう)をそっと両手で握り、


「今のボクの気持ちは本当です。突然でびっくりしたと思います。ので、まずは『おともだち』からでも!」

 

 両手で花を翳す爽太くんは、目をキラキラさせてドヤ顔です。

 本当にこの子は――どうしてこんなに気がまわるのでしょう。



 しばし――じっと花を見つめる私の目に、何故かじわじわと涙が積み重なってまいりました。


「お姉さんはやく! 腕がちぎれちゃう」


 虚弱すぎですよ? いくらなんでも花一輪で……。


 微かに震える手で(情けない)そっと花を受け取り、鼻先に近づけてみます。

 ――匂い、しない。


「――ありがとう……ございます。何とぞよしなにお願い申し上げます」


 切れ切れに囁くと、爽太くんは破顔しました。

 


 私はひとしきり花を眺めたあとベレーを手に取り、サイドの小さなベルトへ花を差し込みました。

 再び頭に乗せると、


「とても……お綺麗です」


 満足気に呟く彼の目を、私は直視出来ませんでした。



☆☆☆



 結局この日は屋形船のスケッチもしないまま、二人彼のマンションへと向かいます。


 エントランス前まで歩み寄ると、爽太くんが急にしゃがみ込みました。

 怪訝に思った私も、同じようにしゃがんで視線を合わせます。


「あっ?!」

「はいっ?」


 突然彼が叫び、つられてあさってに顔を向けると――

 瞬間――温かくて柔らかいアレ(多分)が頬に触れ、さっと遠ざかります。

 慌てて周囲を見回しました。


 ――あ、あーびっくりした。頬でよかった……いきなり××が入ってきたらどうしようかと……じゅるり(※本日二度目)。


 おませさんめえ……。なんだろこの手際。


 後ろ手で立ち上がった爽太くんは、してやったりの顔で嬉しそうにこちらを見下ろします。

 まったく、この子は……。


 ――ちよと惜しい気もいたしますが、熱いチョメチョメはとっておきましょう。焦ることはナイのです。というか焦ると危険です。


 私は、自分の右手を睨みつけ――


(……なお我が●欲 楽にならざり じっと手を見る……)


 ぼそぼそと呟きました。


「じゃっ!」


 エヘヘと赤い顔をにやつかせ、前を向いて駆け出した彼に、


「――爽太くん!」


 立ち上がって短く叫ぶと彼は急ブレーキをかけ、その反動を両ひざを揺することで相殺しました。

 こんな技、誰に教わったのでしょう。まさか●歩くん? 宮田対策?



 再びこちらを向いた彼に、


「これから二人きりで居る際は、名前で呼んでくださってもよろしいですよ?」


 なんで上から? しかしこんなセリフを口にする日が私の身に訪れるなんて……。

 棒立ちのまま目を伏せる私に、彼は「心得た!」とばかりポンッ! と柏手(かしわで)をひとつ――。


「わかった! ――今日はありがとう神幸(みゆき)さん! またね!」


 最後にひとつ満面の笑みを輝かせ、彼は振り返ることなく、大陸間弾道ミサイルのような勢いでエントランスへと消えていきました。


「……ゴッド・ブレしゅ・ユー……」



  ふと、子供には似つかわしくない、打てば響くような彼の心持ちに、なんとなくお臍のあたりでモヤモヤとした違和感を感じてしまいました。



 それにしても……「名前で呼ばれる」ということが、こんなにもこそばゆく感じられるなんて……。

 早鐘を打つ胸の一部がじわじわ熱を持ち始めた気がして、そっと右手を当てたのでございます。



☆☆☆



 彼が無事に成人する前後で、果たして私はちゃんと二十七歳を迎えているのでしょうか。



 ……どうでした、お母さま。未来の(つま)候補。

 年は千葉と神奈川ほど(の距離)離れておりますし、なんと申しましてもまだ十歳です。まるで現実味はございません。


 でも正直申しますと、初めて会って一緒に帰ったあの日、私自身も年齢を越えた「なにか」を期待していたような気がいたします。稀有な瞳を持つこの子は、天から私に遣わされた「奇跡」なのではないかしら――。


 ……おこがましいですね、私のくせに。


 幸いなことに、時間はたっぷりと用意されております。

 先のことはまるでわかりませんが、焦らず、ゆるりと……。


 

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