悪の幹部は(朝)チュンチュン
☆本話の作業用BGMは、『リバーサイドホテル』(井上陽水)でした。
昔、リバーサイド(私の場合、隅田川沿い)でマンション探してました。夏の花火をベランダから見たくってぇ……
コレ!という建設中の物件を(てくしーで)探し当て、概要が発表されるのを待っておりましたが……ある日、外壁に「FOR RENT」の文字を見つけ……私(中年)の青春は終わりを告げたのでございます。
猛威をふるった暑気が消え去り、まるで小春日和の如き夕刻。
桃色の霧が、提灯のような物体となって入口に佇んでおります。
音は皆無ですが、「ウォンウォン」いってても不思議ない感じ。
アレ、なんて言いましたか。
公園辺りによく出没する、小さい虫の集合体――あんなアレですよ、お母さま。
最近、「世界が謎の組織に征服されました」というニュースを目にした記憶はないのですが……。
ピンクのド●ミちゃんは椅子に腰をおろすと、
『ほっってるはりぃーばーさいっ……ホッホー』
というボタンを押下し、受話器を手にいたしました。
添えられた指、爪が短く切り揃えられております。
モニタ越しの穏やかな顔は、少しふっくらして見えました。
「またアンタか」
【失礼な奴だな。私は客だぞ】
室温が微かに上がる感覚に呼応して、指先が耳の裏をなぞりました。
サブローは黒いマントを羽織ったままです。
下に着込んだ桃色のトレーナーは、胸元に「大鉄人ロック三郎」とプリントされております。
「17」の間違いでは? ※1
いや、和の鉄人かも。 ※2
【忙しいとこスマンにゃ】
「喧嘩売ってるんですか」
【社交辞令だよ単細胞め→略してシャコタン】
「…………」
サブローはくっと笑い、缶コーヒーで唇を湿らせました。
【折角だ、その声で「お元気ですかぁ?」って言ってみてくれんか】
「え。やだ」
【まあそう言わず】
パッと、サブローが立ち上がりました。
ビニール袋から何やら取り出し、テーブルに置きます。
うっすら湯気が立ち上ぼります。
【差し入れだ。彼女も組織を抜けて、バイト先を変えたのだよ】
「……唐揚げか……」
【竜田!】
「クララ?」
【?】
「……お元気ですかぁ?」
【今かよ】
サブローは背凭れにゆったり身を委ねると、
【退職して彼女のアパートで、ど……同棲しておる】
細く息を吐きながら、つらつら呟きました。
「よくもまあ、組織が辞めさせてくれましたね」
【うむ。これまでの功績が認められてな。温情裁決というヤツだな】
「功績……」
【働き方改革が嵌まった】
「ああ、なるほど」
野望は諦めたのでしょうか。
「戸籍とか、どうしたんです?」
【そこは組織がな……エロエロ……偽造とか】
「犯罪ですよ」
【一応、真っ当な犯罪組織だからな】
無事、転入手続きは済ませたそうです。
【ギルドの出張所で――】
「区役所、区役所ね。あんたいつから冒険者?」
【国保の手続きもした】
「病院なんて行かれるんですか」
ツッコミに目を細め、口元に微笑を漂わせる元・悪の幹部。
【求人広告をネットで眺める毎日だ】
「求職中なんだ……」
【退職慰労金も出たが、僅かなのでな】
一転、厳しい顔つきになり。
間髪入れず、鋭い舌打ちを放つと、
【この歳(※見た目は「実年」)では、警備員か集合住宅の管理人くらいしかなくてな】
「そういうものですか」
【しかし何故か、警備員は悉く不採用になる……】
寧ろ、「警戒対象」に見られるからじゃ。
それか、マントがダサい所為?
【アパートが手狭ゆえ、引っ越しも検討中だ。大川|(隅田川の古い呼び名)周辺で物件を探している】
「左様で」
【所謂、リバーサイドの川沿いだ】
「(川沿いの川沿いってナンだ?)」
一瞬身を捩ると、
【その……ベランダから「両国大花火」を見たくてな】※3
お尋ねもしていないのに、元・悪の幹部は妙な恥じらいを浮かべて俯いたのであります。
☆
彼女がねだった……のでしょうか。
「アパートが手狭ねえ……」
【そ、その、陽水も歌ってるだろ? 「若い二人は自由になれるから」とな】 ※4
「あんた二世紀超えだよな?」
花火会場となる辺りの隅田川は、台東区と墨田区の区境を流れております。
【ツイてないことに……「ベランダから花火がクリアに見える」物件は、どうにも墨田区側に集中しておってな】
「川の湾曲具合」と「打ち上げ場所」(隅田川は二ヶ所)、それと「窓の向き」がぴたりマッチしている必要があるそうで。
「墨田じゃいけませんか?」
【我々は「台東区側」に住みたいのだ】
「どうして――」
【地盤が心配】
災害も企図した秘密結社にいたくせに。
「花火に浪漫を感じる悪の幹部か……」
【パッと咲いてパッと散る打ち上げ花火……桜のような風情がある】
「ふーん」
【儚げな……「畳の目を数えてる間に終わる」のがまた――粋ではないか!】
「数えるのは『天井のシミ』でしょ。何日かけるつもりなの?」
日本橋界隈のように、町並みごと傾いているのかもしれません。
色々大変かと存じますが……拘りに合った物件が見つかるといいですね。
まあ、多少なりと妥協出来るなら――。
「ST●P物件は、ありまっす!」
【小●方さんみたいに言うな。「幻の物件」を探しているようで気が遠くなる】
胡麻でも磨り潰すように、ゴリゴリ奥歯を鳴らします。
「ところで――世界征服は諦めたのですよね」
【というか……「私が征服したい世界とは、君のことだったのだ!」と、一世一代の求愛をかましたら――】
「やんややんや(棒)」
【グーで殴られた】
「DVっ!」
思い出した風に、右頬を優しく擦ります。
【……まあ、私の職が決まれば心持ちも安定するだろう】
いっそ、主夫でも良さそうな気もいたしますが……。
「ラブホのフロントとか如何です?」
【なんて?】
「その装い、夜のお仕事とか風俗系なら嵌まると思うのですけど」
サブローはぼんやり思案していましたが、そのうち小さく「ポン」と手を打ちました。
【なるへそ】
「或いは……台東区側のリバーサイドで、ベランダから花火が見える、夫婦住み込みの(マンション)管理人、なんてのも良さそうな」
さすがに条件厳しいかな。
再び、苦い顔で何かモグモグ咀嚼したサブロー。
徐に、
【夫婦でなぁ……それも良いかもしれんな……】
何故か……安堵したように微笑みました。
☆☆
「なんだかんだ、仲良くて重畳です」
【いやいや、中々どうして……夜は未だ、守勢に回ることが多くてな……】
「マント脱いでるから?」
意外にも俯くお顔は蒼白で、頭上には黒い雲が立ち込めております。
「なるほど……『オレの世界征服はこれからだ!』ですね」
【サブロー先生の次回作にご期待ください!】
ヤケクソのように短く叫びました。
☆
「ゴッド・ブレス・ユー」
【そればっかりだな】
「じゃもう来んなよ」
ニヤニヤとのっそり立ち上がる顔が癪に触りますが――。
世界はひとまず平和……なのかな?
※1 『大鉄人17(ワンセブン)』(1977TBS系、毎日放送・東映)。石ノ森章太郎原作の特撮テレビ番組。
※2 所謂、道場六三郎氏(シックスハンドレッド~はナ●ツのネタです)。
※3 現在の「隅田川花火大会」。
※4 『リバーサイドホテル』より。