悪の幹部は霧と共に
☆本話の作業用BGMは、『川の流れを抱いて眠りたい』(時任三郎)でした。
Mr.リゲ●ンのご登場です。デビュー曲です。
24時間闘うコトを強制された(?)、良くも悪くも懐かしい時代がありました。
今や、4時間と動けない身体になってしまいましたが(リアル)
月の見えない、霧雨が降りしきる夜。
町中が肌寒く、淡い霞に覆われる中、突然黒い塊が戸口に顕れました。
闇よりも深い(と思われる)漆黒のマントを羽織った、壮年の男性。
丁寧に磨かれた革靴と、耳が隠れない程度に流れるサラサラの黒髪が、精気の薄い照明を吸収したように、異種な輝きを纏っております。
男性は暫し、説明書きを凍てつかせるように視線を射りました。
一度だけ来店されたデュークさんばりの「三白眼」です。※1
不意に耳をカリカリ掻いてみせると、
『アンタ、そいつを――まっしかだと思うのかい? んん?』
というボタンを、白く長~い爪でキュッと押し込みました。
……耳、上を向いて尖ってます。
【遅くに悪いな】
時刻は夜五ツを回ったあたり。
「とんでもない。ツイてない浄苑へようこそ」
【なにっっ?!】
「あ? とと、ツイてない御苑でこんばんにゃ。いひっ♥」
一瞬前のめりになった男性、満足そうに頷きながら体を起こしました。
一体、何にびっくりされたんだか。
「因みに私の声、どなたで?」
【人呼んで『牛若丸三郎太』】
「ああ、『勇気のし●し』ですか」※2
爪先で長い前髪をさらっと扇ぎ、
【ある組織で執行役員をしている】
再び、ファッサー。
「その装いで?」
【この格好でだ】
「変わった企業……」
【世界征服を担う秘密結社だ】
どうしたことでしょう。
近頃、イレギュラーなお客さんが増えたような気がいたします(非現実的という意味で)。
「……」
【どうした?】
「いえ……そんなカミングアウトしてよろしいので?」
【ここの主は口が固いと聞いたのだがな】
口コミ、というものでしょうか。
エゴサーチやら習慣がないので、巷間でどんな噂が立っているのか、まるで存じません。
まあ……割り切ってまいりましょうか。
「えーと……いつも、お帰りはこんな感じですか」
【今日は出張帰りでな。早い方だろな】
こんなトコ寄り道しないで(卑下)、真っ直ぐお帰りになればいいのに。
【さして疲れもない。成田発→羽田着だったし】
「空路で? 近すぎる。リムジンバスの方が早いのでは?」
そんな空の便、あるのですか? お母さま。
【私は南関東方面総司令だ】
どこか。自慢気な匂いがあります。
「ひょっとして、エリートな?」
【まあ、な。『天子南面す』と言うだろう】
『天子南面す』――中国古来の考えが由来のようで、「君子は北を背にし、南を向いて政務を執行する」という決まりがあったとのこと。
「へえ。左様で。勉強になります(棒)」
【皆、世界征服を目指して一所懸命……昼も夜もなく働いてくれるワケだが――】
「24時間戦ってますか」
【リゲ●ンを常備している。飲み放題だ】
「まさか――」
【誤解するな。蟹工船ほどブラックではない】
「蟹工船に乗ってたことあるんですか?」
【働き方改革に力を入れている。シフト制4週8休・有休もある。月の総労働時間は170時間前後。残業代は1分単位で出すっっ!】
分厚い唇からパワーが漏れ出ます。
そんな悪の幹部・自称『T●k To●サブロー』氏、
【……こともあろうか……】
言葉を切り、首が鳴るほど項垂れると。
腹の底から瘴気のような黒っぽい靄を吐き出し、
【敵対関係にある、女戦闘員に……】
「あ――」
【……恋をしてしまったよう……だな?】
自問自答のような語尾上がりに、抑えきれない照れが滲んでおりました。
☆☆
お相手の女性、世間で言うところの、所謂「正義の味方」。
嘘か真か、内●情報調査室が秘密裏に組織したモノだそうで。
【その娘は普段、コンビニでバイトしていてな】
「健気……」
【丁度今ぐらいのシフトだ。退勤後、毎夜その店へ寄るうち、彼女の正体に気付いてしまったのだ】
夜勤かな?
正義の味方、待遇はイマイチなのでしょうか。
「どこに惚れたんです?」
顔を上げたサブロー氏、微かに瞳を揺らし、
【……明確な理由がわからん……】
眉間の縦皺は、ノミを打ち込んだように深く……。
【有り体に言えば……今、私の心中は、組織との板挟みで――】
お互いの組織に隠れながら密かにデートするまで、その仲は深まっているそうです。
【年齢差はかなりあるが……】
「まさかのご高齢?」
【西暦より、少し上だ】
ほう。それは誠に興味深い。
→取り敢えず乗ってみましょう。
「日本史に登場するような偉人とも邂逅してそうですね」
【勿論だ】
弘法大師と邂逅した経験もおありだとか。
【ヘッドハンティングで高野山へ向かう中途、空腹で行き倒れてな】
「……」
偶々通りかかった師が、懐から握り飯を取り出すと、
【師は、優しく囁いたのだ】
「ほほう?」
【『……これ……くうかい?』と】
「ネタだろ」
【くっくっく……】
男が控え目に机を叩き、声を殺してひとりバカウケの図。
やおらマントを翻し、懐からペットボトルを取り出します。
「マント掛けるトコありますけど」
【魔法付与した特殊なやつでな。人間界で脱ぐと一旦、浄化されてしまうのだ】
「あ・そ」
【そも脱いだら、部下が私を認識できぬ】
アイデンティティー?
【子供の頃、親が離婚してな】
「まあ……」
【で、父親について行った……その後、秘密結社を起ち上げる男にな】
「……」
【このマントは、母が拵えたものだ】
「ああ、着てはもらえぬセーターを――」※3
【ちゃんと着てるだろが】
複雑な家庭環境が人生に暗い影を落とすのは、古今東西変わりはないのですかね。
【特別に教えてやろう。 離婚するのは大概「親」だ!】
「でしょうね」
全部そうだろ。
【あれから二千年……】
「(綾●路)きみまろ?」
【まさか……人間の娘に恋い焦がれることになるとはな……】
寂しげに笑うサブロー氏、一瞬老爺の如き枯れきった色を見せると、キツく目を閉じて瞑目したのでございます。
☆☆
暫し、縮んだ氏を眺めおります。
威圧感のあった体躯は――今や、雨中の軒先に吊るされた黒いてるてる坊主のような塩梅です。
一向に、晴れる気配は感じられず……。
氏の葛藤には、二千年の重みが…………あるのかないのか。
「……たったひとりの娘っ子も幸せに出来ないのに」
【………………】
「世界を牛耳るなんて出来ます?」
ゆっ……くりと頤を上げたサブロー氏が、不思議そうにこちらを見詰めます。
「どういたしました」
【いや……中々キツいことを言うな。いい度胸だ】
「女性か組織か、どちらかを選ぼうとするから胸が痛むのでしょう?」
【…………うむ……そうか】
「立派な悪の為政者になってと。折角、ご母堂が寒さ堪えてマント編んだのに」※4
【母と暮らしたのは南の島だぞ?】
「欲しいもの全て手にしてこそ、秘密結社・執行役員の面目躍如という……」
具体的にどう、とは、全く頭に浮かびませんけど。
そこはそれ、悪のエリート幹部が考えればよろし。
【ふ……ふふふ……】
青白い相貌に笑みを浮かべた氏の目尻は、何かの間違いのように淡く光って見えました。
☆☆☆
「ゴッド・ブレス・ユー」
サブローさんが音もなく立ち上がると同時、灰色の霧が体躯に纏わり付きました。
マントを翻して背を向けると、
(約束しよう。いずれ、私は彼女の側で――)
呟きを耳にした途端、時任さんのあのお歌が脳裡に流れ出し……。
気が付けば――悪の幹部は、霧と共に消え失せておりました。
※1 本編『◆追悼 永遠のG◆』より。
※2 『勇気のしるし~リゲインのテーマ~』(牛若丸三郎太=時任三郎)。某CMソングから誕生。
※3※4 『北の宿から』(都はるみ)の一節より。