フェアリーはかく語りき
☆本話の作業用BGMは、『シャドー・シティ』(寺尾聰)でした。
渋いちゅうか、なんかおしゃれ?(疑問形)
ワンコーラス歌詞無かったので、ずっとこうなんです? と思ったです。
♪何てsexy~……またシ●ジローかよと思われた方々、スンマセンm(_ _)m
〆めは、『セプテンバー』(Earth, Wind & Fire)。
9月ですね、知らんうちに。
『すみれ~』は一度ピックアップしとるので、今回はコレで。
旧暦長月とは申しますが、今現在を「秋近し」と感じる人は、中々いらっしゃらないのではないでしょうか。
在原業平さんや松尾芭蕉さんあたりが現代の長月にタイムトリップしたら、どんな句をお詠みになるものか。
興味が湧きます(ちよと粋?)。
御大の時代とは大違いの気候でしょう、昼日中から冷酒がすすむことと存じます。
☆☆☆
日中、エアコンは常に「除湿」で27℃に設定しております。
「冷房」にすると、何故か水滴が落ちてくるのですよ、お母さま。
掃除が必要かもしれませんが、めんどいので放ったらかしです。除湿なら平常運転ですし。
頑張れ頑張れ。頑張れって!(パワハラ?)
やっと夜を実感し始めた五つ半(午後八時半ころ)、設定温度を28℃に変更です。
もう小半時で今日もお疲れ――と思い始めた頃合いで、表がカランと鳴ってしまいました。
「閉店です」とお断りしてもよいのですが……表戸脇に佇む影を見て、我が身の肺は急激に冷えていったのです。
気が付くと――お客と思しきその生き物(多分)が、来客用の卓上に正座しておりました。
年老いた芦毛馬のような、真っ白い髪をオールバックにしたアタックチャーンス――ロマンスグレーです。
暖色のスリーピースに身を包み、喉元には濃い目の蝶ネクタイ。
暑苦しいセバスチャンという塩梅です。
一風変わっているのは、身長が「20センチ」ほどしかない、というところでしょうか。
まるでフィギュアが独り歩きしているよう――。
俄に信じ難い、フワッとした光景に憮然とした私の頭の中で、「夢だろコレ」「キタコレ!」と脳内評議員たちが口々に喚きます。
一人だけ、「なんだかよく分からない」と呟きました。
説明書きを一瞥した彼は徐に手提げ鞄を開け、ギチギチに詰まった500円硬貨を無理やり取り出すと、両手で抱えて投入しました。
次いで、自分の顔より大きいボタンに全体重を預け、
『妖精の尻尾』
というボイスを選んだのでございます。
脳細胞が活動停止する寸前の状態を辛うじて維持したまま、私は(これ夢、マジ夢)と念仏を唱えつつ、海中に沈んだように黙って一連の光景を目で追っておりました。
【夜分恐れ入ります】
よかった。日本語です。
「……ツイてない御苑へようこそ……」
【本当に「御苑」なのですね。少し、違和感が――】
「あ、あ、申し訳ございません。仰るとおり……」
今更なのですが。
「御苑」と付けたのは、兄様の勘違いによるものと最近判明いたしました。
当人は、「ツイてない『浄苑』」のつもりだったそうで。
気が付いたら「新宿●苑」やら「赤坂●苑」みたいになちゃてます。恐れ多い……。
看板塗り直すのが面倒で、今に至ると――。
【なるほど。得心いたしました】
「誠にお恥ずかしいことで」
和やかに語り合ってますけど……。
「セバスさんは」
【セバスチャンとお呼びください】
却って面倒? てか、名前合ってたのか。ミラクル。
少しだけそわそわして……この間観た大昔の特撮映画『恐竜の島』みたいな動きを見せます。※
ナウい言い様なら、ブレイキン?
いや、私が寝惚けているだけかも……。
「所謂、『妖精さん』ですか?」
【ええ。視認していただき、幸甚に存じます。このうえは、是非ともご内密に願いたく――】
こんなあっさりでよいのでしょうか。
生きている内にお会いしたいとは思っておりましたが……いや、これは夢……。
「どうしてこんな僻地まで……」
【長年住んでおりました家を、やむを得ず去ることになりまして】
「何故?」
【家主のDVに辟易しまして……】
世知辛い。
【宿――次の住処を探しております。誠にツイてない】
「ははあ。ここへは徒歩ですか? 誰ぞ、見つかりませんでした?」
【家の隣のスーパーで、おばさんチャリの籠に忍び込み……気が付いた時には、寺町通りにおりました】
「無賃乗車……」
セバスチャンは背筋をピンと伸ばしたまま、正座を崩しません。
生真面目なお姿に似合わない、柔和なお顔で。
妖精は皆さん、こんなパリッとしてらっしゃるのでしょうか。
ふと。
浅草観音裏に独り住まう、「ダゲノゴッ」のお婆ちゃんを思い出しました。
確か、あのお宅にも妖精(らしき)がいらっしゃったような。
あすこなら――。
【お気遣いはありがたいのですが、妖精は「一家にひとり」というのが不文律です】
「左様ですか……では、私の実家なぞ如何でしょう、曹●宗の寺でよろしければ」
【申し訳ない。線香の匂いが苦手でしてね】
あれ? なんか意外と面倒臭い。
「妖精さんて、座敷童しみたいな感じなんですか?」
【いえ。そういう宿命はありません。単なる「種族」ですから】
「セバスチャンのお仕事は――」
【人間界の日常における些末な出来事に、「タイトル」をつけるのが生き甲斐です】
「生き甲斐?」
仕事じゃないんだ……。
それ、どなたのお役に立っているのでしょう。
【……そうですねえ。例えば、大リーグで】
「はあ」
【大活躍中の大谷翔平選手の物語にタイトルを付けてみましょうか】
「……」
こほん、セバスチャン咳払いひとつ。
【――整いました。『ジャンピンッ! 海を渡った野球翔年~優れ者ぞと町中騒ぐゾ♥』】
「なんか真似っこ臭……翼くん……」
【ねず●ちのです(?)】
ナ●ツの真似っこじゃん。
セバス、目を細めて怪訝なお顔。
仕様がないなあ、風に、ミクロなため息が漏れます。
【では、あなたの第一印象を】
「…………ほう」
【『きゅん♥ ルージュ●伝言~スッピンだって恋したいっ!~』】
「これも聞いた風な……もうちよと倅かと思ったのに」
【「粋」でしょ? それ「せがれ」】
呆れた感じに両手を広げます。
しかし、マジックミラーも関係ないのですね。
……まあまあ失礼な感じ。
「結局、自由気ままに生きてらっしゃるのですね」
【そうです。『荒野のセバスチャン~転がる石のようにゴーロゴロ~』】
「そんなお歌もありそうな」
【売り出しても結構ですよ。著作権はお譲りします(小声)】
饒舌に語り、満足気に顎を摩ります。
ご機嫌なところ、アレですが。
喫緊の課題(宿)はどうするお積りか。
「このビルの上はどうです? 事務所が幾つか……一般家庭ではありませんけど」
【おお! よろしいので?!】
顔だけパッと輝きました。
発電したテルテル坊主みたいな絵面。
「食事情を知らないのでアレですが」
【普段は、蚊とかコバエとか、××××の幼虫とか食んでおります】
「おぅえ……」
なんぞ益虫のような?
それなら誰ぞ、役に立てるやもしれませんね。
【じっくりと掃除してみせましょう。『ドキドキ♥ 闇のシティハンター ~激闘! 寺町通り25時』】
「狩るのは虫……」
テナントの皆さんに見つからないよう、くれぐれもご注意くださいね。
【ありきたりですが、「心の清い人」にしか見えませんから。大丈夫です】
皺くちゃな顔をして、にっこり微笑みました。
それ――信じてよろしいのですよね?
「ゴッド・ブレス・ユー」
【どうもありがとう。今夜は久し振りに、心から安堵して眠れそうです】
願わくは、先住フェアリーが居ないことを……。
セバスは、音も無くピンポン玉のように跳ねながら。
一度も振り返ることなく、闇夜へ紛れて消えました――。
☆☆☆
私も……いい夢を見れたと思います。
お喜びください、お母さま。
あなたご自慢の娘も格別のお墨付きを頂戴し、今日は少しだけ良い気分で帰れそうです。
……椅子からドッコイと立ち上がり、チラと向こうを見やると。
卓上に、ミニチュアの鞄がひそーり忘れ去られておりました……。
ハシャギすぎ。
※ 1975年イギリス映画。