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ポンポンポンポン! ひとぉつ、人の世……

☆本話の作業用BGMは、『 I・CAN・BE 』(米米CLUB)でした。

 デビュー曲だそうです。

 微妙なワードですが、オバマ元大統領は関係ありま…………せん。

 

 〆めは、気分で『ビハインド・ザ・マスク』(YMO)。

 ビョンビョビョビョビョン……

 台風××(チョメ)号が列島を掠め去った翌日。

 猛暑が強風を伴って関東を襲う中、西陽を背負った不快な茂森(仮)さん――もとい、不快な西陽を背負った茂森(仮)さんが来店されました。

 上下、黒に統一された暑苦しいスーツ姿で、戸口に立ち竦んでおります。


 ああもう、早く秋になんねえかな……(仮)にすらイラッとしつつ(とばっちり)ボンヤリ眺めておりますと。

 チアノーゼのような憔悴しきった蒼白のお顔で、茂森さんがヨタヨタ足を踏み入れました。

 この際、(仮)は取っ払いましょうか。

 足元が危ないので(?)。

 ストレスは最小限に。キリッ。


 姐さんは肩掛けのバッグから何やら取り出すと、アダモちゃんの如く、ペイッ! とテーブル上に投げ捨てました。

 ビニール袋に入った丸パンのようです。


(お? み? や? げ♥)


 セ~クスィー小泉さん()のクリステル風に囁くと、口の端をひくつかせたのでした。


 



 椅子にズブズブ沈み込み、虚ろにボタン群を眺めていらっしゃいます。

 きっちり結わえたお団子頭に、ほつれ毛がチラホラ。


 突然、「ハッ!」とわざわざ発っし。

 とある一点を射るように凝視すると。

 指を震わせながら、


『そうしろとささやくのよ、私のゴ●ストが……』※1


 というボタンを押下しました。

 ついで――何も言わずに、ハラハラと涙を流したのでございます。


 情緒どおした? ダイジョーブまいフレンド?


 私、ちよと驚きまして。

 声を掛けることも忘れ、黙ってその姿を見詰めておりました。





 少し落ち着いたものか、パン屋さんのパートゾンビ(失敬)が俯き加減でポツリポツリ語り始めました。


 

 最近、専門学校時代の友人たち(声優崩れ多数)と演劇サークル擬きを起ち上げ、ボランティアで各所を回りだしたのだそうです。


「素敵な試みと存じます」

【うっ……!】


「本日の声」に、やたら過敏に反応するー。


 彼女が顔を上げ、目を見開いて固まると。

 ふるふる唇を震わせ、またしても目尻がじわります。

 どうしましょう、ホント情緒が……。



【……この間……幼稚園で人形劇を演って見せたんだけど、園児達に全くウケなくてさ……ツイてねえよ】

「ご愁傷様です。因みに演目は?」

【桃太郎――】

「定番なのに。鮮度がアレでしたかね」

【「桃太郎侍」面白いのによぅ!】※2

「なぜ英樹? 今の子どもたち知らないでしょうに」

【語り部が被ってた「般若の面」見て泣き出す子もいてさー】


 語り部がお面つけなくとも――とはツッコミませんでした。

 決して怠慢では……。

 いいでしょ別にぃ。ちゅ♥(?)


【クライマックスの登場シーン……あの「数え歌」なんか痺れるだろ!】

「そんなのありましたっけ?」

【「……ひとぉつ、人の世 生き血を啜り……」】

「園児相手に物騒がすぎる」

【「ふたぁつ、ふるさと(あと)にしてぇ……」】※3

「いきなり『いなかっぺ大将』になってますよ」

【…………ポンポンポンッ……てさ……ふぐっ】

「演目のチョイスに問題アリでしょう」



 終演後の反省会(居酒屋にて)、ひと悶着あったようです。


【基本、みんな一所懸命演ってたんだけど】

「お疲れ様です」

【一人、あからさまに手を抜いてる奴がいてさ】

「ボランティアですもんね。仕事じゃないし」

【そう。でもさ、だからって、舐めちゃダメでしょ】

「御意」

【そういうのが伝わっちゃったのかもね。園児たちにも】


 なるほど。

 演目だけが問題だった訳でもないと。


「そもそも、どういう経緯(いきさつ)でサークルを?」

【息子が通う小学校のPTAでちょっと議題に出て……で、昔馴染みに話振ったら、いい感じに盛り上がっちゃって】

「ほう」

【……結局、みんなどこか「夢を捨て切れてない」んだよね……】



 夢破れるまで追い続けた若き頃――。

 嘗て憧れた声優のように、自分の芝居でみんなをハッピーにしたい、という燻っていた情熱が(弱火で)トロトロと燃え出し……。



 茂森さんが枯れ気味の声を絞り出しました。


【単なる承認欲求かもしれないけどさ】

「……」

【でも演る以上はプロの気概を見せろよ! って怒鳴っちゃたよ】

「左様で……」


 糾弾されたお方、その場でサークルを脱退したのだそうです。


【自分の飲み(しろ)ぐらい置いてけや! って追い討ちかけて、取っ組み合いになちゃた】


 ははは……力無く溢します。


【……もう少しオブラートに包みゃよかったよね】

「うーん……でも、遅かれ早かれかも」



 学校を卒業()て数年。

 皆さん、鬼ばかりな渡る世間に揉まれて、様々な(ダッフンダ?)にお遭いになったのでしょう。

 情熱の濃淡に差異があるのも、仕様がないことと存じます。





【あたしもさ、あと二十年もしたらさ、穏やかで心に響く声音でさ……台詞回したり…………スン】

「んだんだ」

【二十年後のあたしは、何歳になってるのかなあ……】

四十六(しじゅうろく)

【ん?】

四十六(しじゅうろく)だっぺ」

【え……えーと、待って待って……来月、誕生日だから――】

「お誕生日でしたか。実は私も、誕生日に生まれたんですよ」

【みんなそうだろっ?!】




 ふと間が空いて、何とはなしに伸びをしたところ。

 デスクの引き出しから、ピンク色の紙がはみ出しているのに気が付きました。

 すっと取り出し、まじまじ見てみますと。


 ポエム……いえ、某か台詞のようでもあります。

 末尾に「光生」の署名。

 その側に、灰色がかった染みがポツンと一軒家(?)。


 まさか……ティアー()(ズ)…………?


 

 あらためて、ゆるり熟読の後、深呼吸をひとつ――。

 本職ではございませんが、気を入れて読み上げました。


「……世の中に……」


 茂森さんが、びくりと微動します。


「世●中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口●噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら……」※4

【うおぉぉぉおん少佐ぁぁぁ嗚呼嗚呼っっ!!!】


 ドバッと涙を迸らせた茂森さん、嗚咽混じりに叫ぶと、力を込めてテーブルをバシバシ叩きます。


 やがて――両の拳を固く、固く握り締め……そのまま突っ伏してしまいました。



☆☆☆



 恐らくは、茂森さんのために用意されたと思しきボタン(とポエム?)。

 けれど今日の彼女は泣くばかりで、肝心な事には触れません。

 押下した途端、堰を切ったよに語りまくるでもなく……。

 頑なに、己れの内で消化しようともがいているのかもしれません。



 ……ひとしきり、声をKILL(コロ)して泣いたのち、


【でもさ……あたしが、口を噤んで孤独に暮らせると思う?】

「否」

【だろー?】


 目尻を拭いながら、ニカッと相好を崩します。


 ええ。

 それが茂森姐さんです。それでいいと思います。

 もっと話してくれてもいいんです。噤まなくていいっす。



【以上! 今日はこれでお仕舞い~ケル】

「……もう、よろしいので?」

【よろし!】

「……ですか。では――」



「ゴッド・ブレス・ユー」



 今日、彼女が偲んだ声優さんは、ずっと憧れていたお方なのかもしれません。


 内出血のように深い悔恨が刻まれていたお顔は、今は聖母のごとき慈愛に満ち(多分)、優しげな色を浮かべております。

 


【またね!】


 またね……という言葉がどれだけ尊いものか。

 私は、多少なりと分かっているつもりです。

※1 漫画『攻殻機動隊』(士郎正宗)より。

※2 テレビドラマ『桃太郎侍』(日本テレビ系列・1976-1981年、高橋英樹版)。その後、英樹さんが現代劇をお演りになっても、全て「桃太郎侍」に見えて困りました(ナンちゃって?)。

※3 アニメ『いなかっぺ大将』OP『大ちゃん数え唄』より。歌唱は幼き頃の天童よしみさん。

※4 アニメ『攻殻機動隊 S.A.C』より。草薙素子少佐(=声・田中敦子さん)の台詞。



 田中敦子さんに合掌――



☆☆☆ストックが尽きてしまいましたので、しばしお休みにございます。

 ここまでお付き合いくだすった皆様に、心より感謝申し上げます。

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