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嗚呼、失恋(T_T)レストラン

☆本話の作業用BGMは、『失恋レストラン』(清水健●郎)でした。古すぎて申し訳ございません。

 詞・曲は、あの! めりじぇいん~でお馴染み!

 つ☆のだひ……もとい、→ つのだ☆ひろ御大です(当時は「つのだひろ」表記)。

 ジャカジャカジャン! と速攻爆誕したよな、澱んだ心が追い立てられる失恋ソング。


「すがる失恋レストラン~」という歌詞が「津軽失恋レストラン~」に聞こえて……青森のお食事処に、誤ったイメージを抱いた記憶があります。


 最後の最後、散々煽っていた「俺」が「まだ恋したこともない」と仰ったのは驚きでした。

 ……そりゃないぜブラザー……。

 美冬ちゃんから、お食事に誘われました。

 朝も昼も夜も()だる、真夏の死角……(?)。


 お互いビールを欲しましたので、午前中からが望ましいということに。

 明るいウチから飲むビールは格別です。





 待ち合わせ場所は浅●橋駅前。

 目指すお店は、美冬ちゃんが自分へのご褒美として度々訪れるレストランだそうです。期待が高まります。


 少しだけフリルを(あしら)った、襟の付いた白いノースリーブのブラウスに、薄緑のフレアパンツなる珍妙な出で立ちで――事情を慮った綾女の差配です――ギッラギラの大日如来を片手で遮りつつ、待ち合わせ場所に佇んでおります。

 この装いなら、ある程度格式のあるレストランでもバッチ来い……太鼓判を押した妹のドヤ顔が、ぬるりと脳裡を(かす)めます。


 

 遠目から当たりをつけて、初見である目指すレストランの看板を見上げてみました。 

 漢字で「日(ダカ)屋」と書いてあります。ここで間違いないハズです。

 和風レストランなのでしょうか。

 格式は……よく分かりません。

 少し緊張します。





 時間丁度に現れた美冬ちゃんと、取り敢えずのビールで取り敢えず乾杯です。

 ごいんっ!



 近況を語り合いながらジョッキを傾けていると。

 喉を潜り抜ける爽快さの一方、ふと女子高時代を思い出して、何故かちょっぴり胸が痛みました。

 ほぼ初めてなのです。「真向かいの席」。

 勿体ないことした……今さら仕様がないことですが。



 つまみとしてオーダーしたバクダン炒めは絶妙に香ばしく、


「……おいしい」


 思わず、心の声が漏れていました。

 恐らくは……ラードとフォーリン・ラヴ。


 (おとがい)を上げ、一瞬視線を交わした美冬ちゃんのご尊顔には、


(そうでしょう)


 という平仮名が縦書きの草書体で、右頬辺りにつらつらと綴られています。

 誇らしげな微笑に、私もちよと嬉しくなりまして、気持ち良くジョッキのお替わりをお願いいたしました。


 度々メニューを開き、都度リーズナブルな単価を眺めながら――美冬ちゃんが締まり屋であることを今更ながら思い出し。

 我知らずウンウン頷いたのでございます。


 美冬ちゃんは美冬ちゃんでしたよ、お母さま。



☆☆☆



 河岸(かし)を変え、熱いコーヒーで暫し歓談したあと、その足で出勤です。

 ハンケチで首筋を拭いつつ、エアコンを起ち上げて一息ついていると――

 早速、お客さんのようです。

 もういっか、掃除は……。



 

 ギターケースを背負った初老ジャパン――男性でした。

 白いTシャツにジーンズという軽装。

 ひょいっとぞんざいにケースを下ろして椅子に腰掛けると、銀の入り交じった豊かな頭髪をかきあげ、ボタン群を眺めます。

 

 やがて、日焼けの痕跡も無い青白い顔を綻ばせ、


『ねえマスタ!……ねえマス……えマ……』★


 というボタンを押下しました。


【♪悲しけりゃ……やっぱいいね! 健太郎】★

「ツイてない御苑へようこそ。ご機嫌ですね」


 片手でケースを掴み、くるっと回転させて抱き抱えると、ひとつニカッと微笑みました。

 片頬にエクボが浮かびます。


「随分軽々と……」

【中は空だからね】

「え?」

【趣味でいつも持ち歩いてるんだ。ギター弾けないけど】


 ウォーキングのお人がお持ちになる、小さいダンベルのような感覚なのでしょうか。

 世の中、不思議な方々がいらっしゃるものです。


【脱サラして、小ちゃい洋食屋始めたんだよね】

「おめでとうございます」

【どもども。で、最初は「失恋食堂」って看板出してたんだけど――】

「『失恋☆レストラン』にはしなかったのですね」

【そりゃあ、つのだ☆さんに悪いじゃん?】


 人差し指で鼻の下を擦りつつ、少年のようにハニカみます。

 (いにしえ)の漫画やアニメで見たことのあるポーズですが、現実にやられたのは初めてです。


【全っ然、客が来なくてさ】

「それは(ツイてなす。)」

【やっぱ、マスターは口髭生やした方がいいのかな】


 再び、つるんとした鼻の下を擦ります。


「ヒゲは……どうでしょうね」

【思いきって、店名変えてみたんだ】

「なるほど(?)」

【今は「閑古鳥食堂」っての】

「自虐が過ぎる……」


 災害級の命名センスかもしれません。


【偶に客が来ても、どんよりした顔色の人ばっかなんだよな】

「店名変えろ」

【お? 強めだねー】

「そういう、あるんじゃないですか? 空気感というのか」

【ふーん……料理には自信あんだけどなー。あ、美味い酒もあるよ!】

「そ――」

【「涙わ・っすれるカクテル」が一押し!】★

「まんま『失恋』……」



 先ほどの和風レストラン(?)と遜色ない、駅近の賑やかな界隈、雑居ビルの一階だそうで。

 立地条件は悪くないと思われます。


「マスターのキャラと店名が一致していない感じ、します」

【マスター……?】

「あなたのことです」

【俺か! 口髭ないけど俺か?!】

 

 デコをぴしゃん! と叩きます。


【……涙を拭くハンカチも……優しく包む椅子もあるんだけどなー】★

「あるでしょね」

【痛みを癒すラプソディーも歌えるぜ? アカペラで】★

「どうしても『そっち』なんですね。まず、お店に入っていただかないと、お客さんには分からないでしょう」

【うーん……】


 腕を組み、エクボの消えたお顔で黙りこんじゃいました。

 股を広げ、右足だけタンタンとリズムを刻みます。

 

 ふと思い出したよに。


【俺はただ……ぽっかり穴の開いた胸の奥に、美味いメシを詰め込んでほしいだけなんだ……】★


 どうしても、「失恋した客」来店が前提なのでしょうか。



☆☆



「もう、お店の前で、健太郎さんの曲を流しては如何です? 客寄せというコトで」


 マスターの右足が停止して、キョトン顔を向けます。


「JAS●ACの許諾は要るでしょうけど」


 演奏権? でしたかね。



 彼は腕をほどくと前のめりになり、


【もうひと声!】

「ええー……」


 仔犬の如く期待に目を輝かせ、テーブルをガタガタ言わせます。


「宣伝活動はどうしてます?」

【いや、全く】


 なぬ?


「グルメサイトに登録するとか、えす……えぬ…………えす? とか、もっと活用しましょうよ」

【A……N…………N?】

「それオ●ルナイトニ●ポン……」

鶴光(ツルコでおま)のはよく聴いてたんだけど】

「いっそ、『失恋マイスターのいる店』ってキャッチコピーで煽ってみるとか」

【そんな店があんのっ?!】

「貴店だよっ!」

【ひぃいい~強めっ! 俺さ、失恋したこと無いんだよねー】


 詐欺かよ。

 めっさ失恋☆レストランに拘っといて……。


【なんせ、「初恋のきみ」と結婚しちゃったからさー!】


 奥さんいたんだ……。

 照れのないお顔で、無邪気に(わろ)てはります。


 お幸せそうでなによりですが……あまり自慢気な顔しないでほしいアルよ。



☆☆☆



 マスターにかかれば、失恋もポジティブな「恋バナ」になるでしょうか。


【色々ありがとう。まずは看板塗り直して……ほいで、失恋マイスター目指して頑張ってみるよ】


 終始明るかったおじさんは、また片エクボを浮かべて立ち上がりました。


「ゴッド・ブレス・ユー」



 一応、お店の場所をメモりました(店名は変わっている可能性があるのでスルー)。

 美冬ちゃんを誘って行ってみようかしらと、思ったのでございますが……。


 あの曲のラスト――。

 確か、『ラストオ●ダーは失恋までのフルコース』でしたね。★

 縁起悪っっ。

 美冬ちゃんに申し訳なさすぎる……。

 私の恋路も可哀想すぎる……。


 ……どうしましょう。やはり、繁盛する()が思い浮かびません、お母さま。

★印は全て、『失恋レストラン』より。


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