閑話◆あいのてくん(仮)◆
☆本話の作業用BGMは、『エロティカ・セブン』(サザンオールスターズ)でした。
我はエロティカ・セブン……とは、これ如何に。
主題歌だったドラマをふと思い出して(しまい)、なんとなく。
ブレーク前の常盤貴子さんが、前触れもなく×××したのが強烈に思い起こされます。
〆めは、『悲しい夜を止めて』(河合その子)。とある組織の(会員)NO.12のエージェント。
数年後、↑を作曲した方とご結婚されまちたね。
(本文とはほぼ関わりがございません)
とある梅雨の土曜昼どき、既に本年幾度目かの冷や麦を啜っておりますと。
「今年はオリンピックがあるらしいな」
ご機嫌で瓶のビールを手酌で注ぎながら、ほんのり紅色の顔で兄様が呟きました。
午前の稽古が終わり、爽太くんは所用で帰宅しちゃったので、居間には永峰家の三兄妹が取り残されております。おろろん。
さながら「苔」のように……(意味不)。
「はあ……あるらしいですね」
「俺もトシかな……一年があっという間だぜ」
「え。オリンピックって毎年やってんの?」
口をすぼめ、見事に一息でつるんと冷や麦を収めた綾女が、不思議そうな顔で常識に問い掛けました。
「いえ、一応四年毎ですね」
「ふうぅん」
「ちょうど閏年と被ってますから、分かり易いですよね」
「お前ら知事選の投票行ったのか?」
ほら。
ハゲはこうして、独自に話が飛ぶワケですよ、お母さま。
「行きましたよ、綾女ちゃんと二人で。期日前投票ですが」
「そういう兄貴は行ったんだろな?」
妹がジロリ兄様を睨み付けると、ハゲは項垂れ、
「…………ナンも言えねえ」※1
「じゃ偉そうに振るなよっ!」
「な、なんだよ、オリンピック繋がりで――あ?! 閃いたぞう!」
ソロでダンジョンを進む兄様は、胡座の膝を叩こうとした左手をスカし、直撃した脛を擦りつつ、
「よし! 野郎共、ヒトロクマルマル・御苑に集合だ!」
すっくと立ち上がって念入りによろけると、実に迷惑な招集をかけたのでございます。
☆☆☆
表には『本日貸切』の札がぶら下がっております。
『本日休業』でよろしいかと思うのですが。
人間の性、或いは見栄というものでしょうか。
兄様は、肩掛けの可愛らしいキ●ィちゃんの鞄をぶらぶらさせながら、ご老体の如くよろよろ店内を歩き回り。
血走った目で各種接続作業を終えると、
「じゃ。デモろうか」
「ちゃんと説明しろハゲ」
「先走んなキモ兄貴」
「まっしか! いいか、これはな――」
兄様は、事務所机上に置いた小さな箱を指差し、
「『あいのてくん』だ!」
「「あいのてくん?」」
「オリンピックバージョン!」
お客さんとの雑談(卑下)中に、「あいのて」を入れられるようにしたのだそうです。
「エメラルロのでぃえ、でぃ……自演乙? みてぇな」
「滑舌イェ~!」
綾女が舌を出してウィンクを飛ばしました。
「『エメラルドの伝説』がどうかしました?」※2
「神幸ちゃん分かるの? ごいすー」
ハゲの輝きが若干鈍ります。
「これだから若人はよう……」
「兄様もまだ若いですよ」
あからさまなおべっかに、一瞬憮然とした兄様。
口元が「おほっ?」と弛緩したようです。
「うーんと……アレだ。『六本木心中』のアレみたいなヤツだ!」※3
「結局例えは昭和じゃんかよ」
「これ、意味あるんですか?」
「百聞は一見にしかず、だ。早速デモを――」
「ヒャクブンハイッケンニシカズ! ヒャクブンハイッケンニシカズ!」
「どーした神幸ちゃん?!」
なんとなく羽ばたいて見せたら、兄様が尻餅をお着きになり申した。
☆☆
「「「んん~…………」」」「しゃん!」
でアホになった私が、お客さん役になりました。
何気に、この席に腰を下ろすのはお初です。
「こんなの初めて……!」
【言ってみたかったんだよね(ホロリ)】
【あと5年くらいだろ。頑張って堪えろ】
ほんわかと場が和んだ塩梅で、デモ開始でございます。
「この間、知事選の投票に行ったナリよ」
【コロ助に選挙権あったか? いや、まさかな……】
「お名前を書こうとしたら、無かったナリ」
【立候補してるのに?】
【ナンて人だ?】
「浅見千秋さんナリ」※4
【え、誰?】
【劇画の主人公書いたらアカンだろ】
「ツイてねえ……おっと、ツイてないナリ」
ここで兄様が、
【よし出番だ『あいのてくん』!】
切れ良く叫び、ボタンを押しました。
御苑内に響く、新たな機械音声は――。
《僕が魔物でした》※5
――という……カミングアウト?
「これ『あいのて』?」
【意味わかんない。誰か知らんし】
【えー? オリンピアンだぞ?】
「その方が魔物なら、私は性騎士ナリ」
【やめなさい。小さい子も見てるんだぞ(?)】
一応、常識の範疇で、投票用紙にお名前を書きました。
「消去法になってしまうのが誠に残念ナリよ」
【まあなあ……】
【結局、誰に入れたの?】
「ひょう××のひゅおぅ××」
【いつもそんな風に、息を吸いながら話すのかい?】
「下腹部に力が入らないナリ」
《チョー気持ちイイ!》※6
「変態みたいナリ。誤解を招くナリよ」
【え。やだ、神幸ちゃんたら……】
何故か綾女が身悶えます。
職業や出自で投票するワケにはまいりません。
「天は……●のうえに●をつくらず」
【なんでローラ?】
「元ネタは福沢諭吉さんですよ、お札の――」
《最高で金 最低でも金》※7
「『カネ』じゃないだろ?」
【カネの亡者に聞こえるよね】
建設的なデモとは言えませんね。
【……ここまでで、何か感想は?】
【『あいのて』になってないんじゃね?】
「……お、汚兄様」
【なんか失礼なコト言われたのは分かるぞ】
母国語で話せないのは結構なストレス――
ここで印を結んだベイコクの青年が頭に浮かびました。
「日本語のモノしかないのですか?」
【ん? んんー……外国人観光客はこんなとこ来ないだろ?】
「外国の方が来店されて焦ったことがあるのですよ」
兄様はひとしきり天井に視線を「飛ばし」て、顎を擦っておりました。
「……飛ばねえ二郎さんは、ただの二郎さんナリよ」
【紅の二郎さんだ!】
「ジ●リ~」
【参考までに、なんか英語で『あいのて』入れてみろぃ】
「え? ええー……あ、アイ、I am an apple?」
【唐突な「私はリンゴ」宣言……】
【いや質問かそれ】
「たはーナリ」
『あいのて』だけ外国語でもねえ。
でも駅前留学は勘弁してほしい……ナリ。
【そもそも、『あいのてくん』の必要性を感じないしー】
【まっしか……急いでつくったのに……】
気の抜けた声色を耳にすると、少しだけ(本当に少しだけ)兄様があはれに思えました。
「ここぞ、という時に使ってみますよ」
【…………】
【そんなシチュエーションあんのかなー】
デモに飽きたのか、綾女がスルメを齧っているようです。
クチャクチャという音が微かに聞こえます。
どのタイミングで飲み込むのか、多少興味がございます。
「まあ……それなりに楽しかったですよ」
何が、と問われるとアレなのですが。
えっと……空気感? と申しますか。
兄妹でこういう……無邪気にわちゃわちゃすることも、そうそう無いですから。
【そうね! (くっちゃくっちゃ)】
【…………】
「では一応、締めてください、綾女ちゃん」
【お?! 任せて!】
ハイトーンで返した綾女が息を調え、
【ゴッド・ブレス・ユー!】
《ここで終わらせるつもりはない》※8
【誰?!】
兄様・意地の一発は、噛み合っているのかそうでないのか……。
やっぱり、《こけちゃいました》って感じですかね。※9
実際、楽しかったのですよ、お母さま。
働かなくてよかったしー。
※1 2008年北京大会 競泳・北島康介選手
※2 1968年 ザ・テンプターズの楽曲
※3 1984年 アン・ルイスさんの楽曲
※4 『サンクチュアリ』(原作・史村翔、作画・池上遼一)主人公の一人
※5 2022年北京冬季大会 ノーマルヒル小林陵侑選手。「五輪の魔物? 僕が魔物でした」より
※6 2004年アテネ大会 北島康介選手
※7 2000年シドニー大会 田村亮子選手
※8 2021年東京大会 ボクシング・田中亮明選手
※9 1992年バルセロナ大会 男子マラソン・谷口浩美選手