そして蘇る……「解凍●パン」
☆本話の作業用BGMは、『ロマンス』(ペニシリン)です。
カタカナ表記でごめんなさい。なんか面倒くさくて……。
『――ええ、ビジュアル系でしたね。私自身は、特に好きだったというワケでもないのですが。
当時、妻がファンでしてね。推しはベース担当のギショーさん。ほう、ご存知で? それはそれは。
ま。綺麗な人でしたよね……。
そりゃそうと、都知事選、行きます? と・う・ひょ・う♥』
(春の江ノ島にて。別冊『僕は君の選挙管理委員会』元編集長・W氏)
日付けを跨ぐようにシトシト降り出した雨は、●分クッキングが始まっても止む気配がありま…………せん。
♪テレテッテッテ――なんて忙しない雨音はいたしませんが、テレビを消して目を瞑れば、お天気に忍ばせた神様の思惑が感じ取れそう……他人事のような感慨が湧く、静かなお昼どきでございます。
「こんなん3分で作れっかよ」という古のツッコミを入れつつ、リアルに3分で出来上がるカップ麺にお湯を注いでおります。
ガチ勝負です。
どちらが先に完成するか。
寝起きの自らへ喝を入れ、ふと耳を澄ませば。
微かに、我の胃腸が唸ったような。
私はどうにか、今日も生きております。ご心配にはおよびませんよ、お母さま。
☆☆☆
気が付けばジューン――6月なワケです。テレテッテッテッ。
このまま梅雨入り、ということもないでしょが、油断は出来ません。
雨は鬱陶しいものの、部屋に居るぶんには晴天より落ち着いた心持ちになるので、痛し痒し(?)というのか。
乙女の如き豆腐メンタルの私は、「晴れてるんだからほら! お外行こうぜウェ~イ!」という大日如来のプレッシャーが大変に苦手です。
雨は、「部屋にいてもよろし」という免罪符にも思えますから、上手にお付き合いできれば最高なのですが……。
そんな夕方。
漆黒の蝙蝠傘を畳んで店内に足を踏み入れたのは、かなり枯れ気味のおじさまでした。
ごま塩の短髪に、真っ白なスタンドカラーシャツ……。裾は全て、黒いチノパンからお外へ開放されております。
まあまあダラシナイ感じ。
それでも一応、厨房にキリッと立つお姿を脳裏に浮かべてみました。
果たして和食か洋食か。
いえ、その前に料理人か否か。
ここも勝負ですね。勝負なのー?
悶々としている間に、おじさまがボタンを押下しました。
↓↓↓
『このジュエリーBOXは宝石箱やあ~』(彦●呂)
……ええ、そうでしょうね、としか。
直訳?
ふむ。「宝石箱の人」……。
【こんばんにゃ】
「ツイてない御苑にようこそまいうー(※誘導)」
【おおぅ。彦●呂の声で、「まるでジュエリーBOXやあ~」って言ってくれんか】
「彼、そんなコト言ってましたっけ?」
【いいから!】
やりましたよ。一応。
お客さんに寄り添うのが、この店のコ……ンセ……プ……ト? だ、そうですから。
【ありがとう。ワシ、立ち食い蕎麦屋を数十年やっとってね】
それ見たコトか。
来た、見た、勝った! ※1
ですよ、お母さま。むふ。
和食の料理人――。
勝利を祝して、夕餉はお好み焼きにしましょうか。和食でしょ?
「老舗ですね」
【まあね。けど、客に誉められたコトないんだわ】
「左様ですか。(ジュエリーなんたらの)おすすめはナンでございましょう」
【熱々のかき揚げそば、だな】
「あら美味しそう」
【バカ貝たっぷりのかき揚げだぜ】
気持ち仰け反り、鷹揚に腕を組みました。
「そのアオヤギさんイチ押しの――」※2
【待て。違う。一方的に名前付けるのはどうかと思う】
「失礼。……『バカガイ』さん?」
【…………アオヤギの方が格好いいな】
軽く万歳すると、ニヒルに(ニヒルって何ですかね)笑いました。
昨年、二人三脚で店を切り盛りしてきた奥様が亡くなったのだそうです。
以来。
「店を続けるか否か」ずっと迷いながら、一年が経ち――。
【なんとなく冷凍庫の――結構デカいんだよ――整理してたら、妙なモノが出て来たんだ】
「妙な?」
【未開封の「食パン」さ】
「ナ?! 何枚切りでっ?!」
【そこ? 6枚切りだけど……賞味期限見たら、丁度「一年前」だったんだにぃ】
「忘却の彼方ですよね」
【ワシ、「食パン」はあんま口にしないんだよ】
「ははあ。では、どういう経緯でモノが――」
アオヤギ名探偵の見立ては、「婆さんが仕込んだ」という直球。
【婆さんが自分用に入れて忘れたまま、死んじまったんじゃねえかと】
「カビ……いえ、ペニシリンは(※作業用BGMの回収)――」
【全く無し。パッと見は食えそうなんだが……処理に困っちまってな】
両手を組んだり解いたり。
片足で小さくタップを踏みながら、名探偵が虚ろな目で何処かを眺めます。
なにかを一所懸命、思い出している風でもあり……。
「処理に困る……?」
【ひょっとして、こりゃあ婆さんがワシの為に、敢えて遺した物なんじゃ、と思ったらよぅ……】
「そんなワケねえべ……」
【普通に聞こえてるぞ】
「すんません」
食べられるかも分からない遺産を?
一体、なんの試練だというのですか……ゴッド。
【食べるべきか棄てるべきか……】
「棄てるでしょ」
【ブル●タスお前もかよっ?!】※3
「ここぞのカエサルが三村サンになってますよ」
【おおぅ失敬】
「やっぱりカエサルも捨てサル――おっと。韻を踏んでしまい」
はたと、アオヤギさん(仮)が青白い顔で押し黙りました。
「お加減大丈夫ですか? 顔がお悪いですけど」
【「顔色」な。人をブサイク呼ばわり……それじゃ天国の婆さんも怒るっつう……】
遠近法に狂いが生じたものか。
力無くツッコんだ彼の姿が、童のように小さく見えます。
【……あれ食ったら……】
「はい?」
【ワシもあの世に行けるんかなあ……】
しみじみ呟いた言葉が、辛うじて私の耳にも届きました。
《××しいんだよ》――続けてひと言漏らすと。
左の眼から潰れた珠がひとつ、じわり滲んだのでございます……。
☆☆☆
暫くの間、あてもなく(?)マジックミラーを眺めていた私。
冷凍モノとはいえ。
賞味期限切れの食パンを口にして、あの世に行けるものかどうか。
勿論、廃棄すれば、これまでの日常が滞りなく続いて行くのでしょう。
今は亡き、愛しい夫の遺産(かもしれない)……それこそジュエリーBOXやあ――お母さまなら、捨てられますか?
後を託される方々にしたら、食パン1斤の処理に難儀な思いをされるものでしょうか。
「終活という名のもとに」、誰もがぁ~♪ WOW WOW~……必ず断捨離しなければならないものでしょうか。※4
皆がみな、彬さんや志乃さんのようには行きますまい。
「………………アオヤギさん」
【………………違うけど何?】
「奥様との思い出の品、ございますよね」
憮然としたお顔で、ポケットから取り出したお財布。
小指大の「食パ●マン」みたいなキーホルダーがくっついております。
「お財布ですか」
【いや。こっちのキーホルダー】
「そっち?」
【どっか、旅行先で買ったらしい。観光客相手の土産物屋で】
頭上に掲げると。
ウェットな目でじっと見詰めます。
奥様――『パン屋さん始めましょう?』
……とは、言上しなかったのでしょうか。
「アオヤギさん!」
【ひつこい!】
「食べるか『ほかす』か、必ずしも二択じゃないですよ」
【うん?】
「ずっと。保管してみてもよいのではないでしょうか」
微かに口を開けたまま、彼は目だけをこちらへ向けて。
遅れてコクコク頷いたのでございます。
「ゴッド・ブレス・ユー……」
☆☆☆
時間が経つにつれ、私にも件の食パンが「奥様からの贈り物」に思えてきたり……。
「最後にひとつだけ」
【なんだ?】
「顕現した古の食パンは、1斤ですよね?」
【…………5斤】
棄ててもいいかな。
邪魔でしょ?
※1 ユリアス・カエサルの御言葉
※2 アオヤギ=別名・バカ貝
※3 やはりカエサル氏の御言葉
※4『悲しみは雪のように』(浜田省吾)の一節より