◆マグネティックな私たち◆
★本話の作業用BGMは、『Magnetic』(Earth, Wind & Fire )。
ダンス・ミュージックでございます。
タイトルは「磁気」系の意味合いですが、転じて「引き付けられる」と言えないこともないようで……。
お母さまの青春期、「聖ナンとかデー」はどんな様相でした?
あ、チョコレートは(闇でしか)手に入らなかったのですよね、失礼を。
(戦後かよっ!)
間・髪を入れずの三●ツッこみ、恐縮に存じます。
「爽太にチョコあげたん?」
「ええ。『チ●コまみれ』をまみれるほど」※1
「ば?! エ、エッロ!」
「『チョコ』ですよ、綾女ちゃん」
なんと。
綾女ちゃんもあげたそうです。
「義兄(予定)だしー」
「まさか……手作りとか(ギリリッ)」
「セコ●ヤチョコレート!」※2
「渋……大差ないじゃないの」
☆
平日金曜。ホワイトデーの翌日。
三時間授業の爽太くんから、ランチのお誘いを頂戴し。うぽっ。
綾女と二人、寺町通り沿いのファミレスへと向かっております。
暖かく、風もない、まあまあのご陽気です。
時折、ビル群の片隅に桃色の木は見受けられますが、桜はまだまだ……。
灰色パーカー下から覗く綾女の白いトレーナーの胸には、『チェリー』の四文字。
私もGジャンの下に桃色のトレーナーですが、胸には『First experience』と、流麗な筆記体が霹靂の如く疾走っております。
示し合わせたワケでもございませんが、せめて春らしく……。
かの入り口に、すっと直ぐ立ちの少年が静かに佇んでいます。
先般と同じスリムジーンズに、潤いを感じさせるブルーのシャツ。
彼方を見詰めるその姿には、「もしも黒●清輝が未成熟の少年を描いたら」という注釈が付いても不思議ない眩さが、ぐっと抑えた風に滲んでいました。※3
少年は此方に気が付くと。
ふっと静止画から抜け出て目を細め、微かに口の端を上げたのでございます。
これは――。
「綾女ちゃん、眼鏡!」
「マッキー(黒)で目の下塗りなよ。野球選手みたいに」
☆☆
綾女がひとり、わちゃわちゃ元気に喚き、私と爽太くんが頷きトリオの如く(コンビですが)時折相槌を。
過日の爽太パパとの邂逅はひと際盛り上がりました。
日曜の夜、日中のデート現場を目撃したパパにエロエロ突っ込まれたそうですが、「お世話になっている道場主の妹さん」以上の事は言えなかったそうです。
すりゃ仕様がないですよ……。
メニューを開き。
爽太くんが鋭く睨みつけます。
「じゃ、『乳酸菌入り!今ならナンと!もう一つお付けして×××詳しくは今日の折込で!』にすっかなー♪」
「メニューを見ろ妹」
「ナポリタンで……」
王子が嘆息しました。
「ナポリたんですか」
「パ……父も母もトマトが苦手で。家でナポリは顕現しないのです」
ああ、成る程。
と、急にこちらへ向き直り、深々と頭を垂れます。
「神幸さん、ごめんなさい。決めたら真っ先にお話しすると言っておきながら」
弁護士の決意表明ですね。
「そんな、なんもですよ」
「珍しく父と食卓を囲みましたので……その……」
相当にお忙しいようです。
「父御が弁護士なあ……」
綾女がチラチラと邪な視線を寄越します。
なんですか。戦争ですか。
ふいに、爽太くんが「あ」と声を上げました。
「若い頃――あ、父は今も若いですけど」
「お優しい(ホロリ)」
「そーゆーのいいから」
「……僧侶になりたかったそうです」
長●氏が主演の映画に感化されたのだとか。
ふうん、あのボタン選択も納得。
……あの映画、そんなお話でしたか?
「なんで坊さん?」
「『イケメンは坊主頭でもイケメン』と言ってました」
「意味不~」
何処かで聞いた風な。
「今なら、白猿さんみたいな……」
爽太くんの気の利いた補足に、
「どこの猿? 猿に『さん』付けかよ!」
「綾女ちゃん、團●郎さんですよ、十三代目」
「ダん?! 神幸ちゃんパクチー!」
「『博識』でしょ、綾女さん」
姉を香草扱いですか。
これでもねえ、夕刊は欠かさず目を通してるのですよ(ふんぞり)。
「パパは、道場が『寺』だって知ってんのかよ?」
「こないだ話したら、若干興奮して……」
少年は言い辛そうに身を捩ると、
「明日の稽古納め、見学するって言い出して……」
あらあら……まあまあ。
☆☆☆
「不知……勇爾、さん……」
名刺をじっと見詰めた兄様は、
「あの……エネルギッシュな……?」
どこか不思議そうに呟いたものです。
「語呂は非道いもんです。名付け親のセンスっちゅうのが――」
台詞とは裏腹に、パパさんの顔はくしゃくしゃでした。
稽古を見終えたパパさんは、すこぶる上機嫌でした。
見学の間――紅潮したお顔で饒舌に兄様へ語りかけ、ずうっとウヒャウヒャ笑いっぱなし。
サングラスの無いご尊顔は、
「パパめっちゃイケオジじゃん!」
綾女も唸る。
(お父様、いやにテンション高いですね)
(あれです、「坊主頭でもイケメン」)
え。
兄様を気に入ったと?
晋三……居ませんよね。
「やーこれも『マ~グネティック』ちゅうやつですなーご住職!」
「まぐねてぃっく?」
「『ご縁』ということで! ウヒャヒャ!」
爛漫な陽を浴びるパパさんは、花見でもしているように終始満面の笑みを絶やしません。
対して、予想外にグイグイとがぶり寄られ、狼狽える兄様が新鮮。
汗の引いた白い顔に、ハッキリと「困惑」の二文字が見てとれます。
中庭に並べた椅子に腰を下ろし、綾女と爽太くんと温い茶を啜っておりますと、パパさんが兄様を引き連れ、近づいてきます。
口角上がりっ放しの顔で、
「時に、神幸さんは、お幾つで?」
ウッ。
「(ごくり)さ、3×7歳です」
「へえ……」
硬直する永峰家一同。
「ウチは姉さん姐さんでね」
姉が二人いるみたいに仰る。
てか、「姉さん女房」とは知りませんでした。
「ほ、ほほ~う、左様ですか」
首に回し掛けたタオルを忙しなく扱きつつ、兄様が当たり障りのない相槌を打ちます。
――ちょっと、落ち着いて。ハゲ。
パパさんは、やおら右手の指を折り始め、
「ひーふー……ウチは、六つ。上ですな」
先程の間違いを訂正する事もなく。
やがて――
――にやり。
すっげ悪いコト思い付いた――風な、極上の歪んだ笑みを見せると、関係者の顔を順繰りに眺めます。
風がピゥと通り抜け。
小さな庭に、鋭い緊張が走りました。
全身が勝手に震えます。
傍の爽太くんだけは不思議そうにこちらを仰ぎ見て、私の左手をきゅっと握りました。
次いで、パッと父御に向き直り……。
なぜか――笑ってる……爽太くん?
「おと……パパ! 僕は、神幸さんと――」
パパさんがバッと右手を突き出します。
元チャンプ・山中氏が放った、目眩ましのジャブの如く。
来るか伝家の宝刀「神●左」?!
「――爽太くん」
「は、はいっ!」
パパもママも「くん」付け。
嘗て爽太くんが言っていた通りのようです。
果し合いの如く見詰め合う、父と貴公子――?
パパさん、徐にサングラスを取り出し、スチャッと装着。
「神幸姐さんを振り回すんじゃねぇぞ」
「え?」
「爽太くんの責は重いニャン」
「「「「……(にゃん……?)」」」」
「もし、お前の方から手を放そうもんなら……」
言い差すと、
「ろくなもんじゃねぇえええぇぇぇー……」※4
拳を握り締め、「中腰で」吠えたの。んん。
「……意味分からん」
綾女が囁き。一同悄然。
男闘呼・不知勇爾は――。
万歳するよに両手をさっと上げ下ろし、くるり背を向けると、
「♪ ぴぃぴぃぴぃ、ぴぃ●ぃぴぃ……」※5
某かご機嫌に呟きながら、とっとと山門を出て行ったのでございます……。
爽太くんは瞬きもせず、父の後ろ姿を静かに見送っていました。
やがて、深々と腰を折ったのです。
私はというと、消える背中を見届けた途端――。
爽太くんと手を繋いだまま、萎々とこの場でへたり込んだのでございます……。
※1 不二家『チョコまみれ』。カントリーマアムのミドルパックをよく買います
※2 フルタ製菓『セコイヤチョコレート』
※3 黒田清輝。近代日本洋画の巨匠。画名は「せいき」とのこと
※4,5『ろくなもんじゃねえ』(長渕剛)より