表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/147

◆マグネティックな私たち◆

★本話の作業用BGMは、『Magnetic』(Earth, Wind & Fire )。

 ダンス・ミュージックでございます。

 タイトルは「磁気」系の意味合いですが、転じて「引き付けられる」と言えないこともないようで……。

 お母さまの青春期、「聖ナンとかデー」はどんな様相でした?

 あ、チョコレートは(闇でしか)手に入らなかったのですよね、失礼を。

(戦後かよっ!)

 間・髪を入れずの三(ムラ)ツッこみ、恐縮に存じます。



「爽太にチョコあげたん?」

「ええ。『チ(謎?)コまみれ』をまみれるほど」※1

「ば?! エ、エッロ!」

「『チ()コ』ですよ、綾女ちゃん」


 なんと。

 綾女ちゃんもあげたそうです。


「義兄(予定)だしー」

「まさか……手作りとか(ギリリッ)」

「セコ●ヤチョコレート!」※2

「渋……大差ないじゃないの」



 ☆



 平日金曜。ホワイトデーの翌日。

 三時間授業の爽太くんから、ランチのお誘いを頂戴し。うぽっ。

 綾女と二人、寺町通り沿いのファミレス(※イタリアンじゃ!)へと向かっております。

 

 暖かく、風もない、まあまあのご陽気です。

 時折、ビル群の片隅に桃色の木は見受けられますが、桜はまだまだ……。


 灰色パーカー下から覗く綾女の白いトレーナーの胸には、『チェリー』の四文字。

 私もGジャンの下に桃色のトレーナーですが、胸には『First experience(※初めての体験)』と、流麗な筆記体が霹靂(へきれき)の如く疾走(はし)っております。

 示し合わせたワケでもございませんが、せめて春らしく……。


 

 かの入り口に、すっと()ぐ立ちの少年が静かに佇んでいます。

 先般と同じスリムジーンズに、潤いを感じさせるブルーのシャツ。

 彼方を見詰めるその姿には、「もしも黒●清輝が未成熟の少年を描いたら」という注釈が付いても不思議ない(まばゆ)さが、ぐっと抑えた風に滲んでいました。※3


 少年は此方に気が付くと。

 ふっと静止画から抜け出て目を細め、微かに口の()を上げたのでございます。

 これは――。


「綾女ちゃん、眼鏡(サングラス)!」

「マッキー(黒)で目の下塗りなよ。野球選手みたいに」



 ☆☆

 

 

 綾女がひとり、わちゃわちゃ元気に喚き、私と爽太くんが頷きトリオの如く(コンビですが)時折相槌を。

 過日の爽太パパとの邂逅はひと際盛り上がりました。


 日曜の夜、日中のデート現場((コレ正解!))を目撃したパパにエロエロ突っ込まれたそうですが、「お世話になっている道場主の妹さん」以上の事は言えなかったそうです。

 すりゃ仕様がないですよ……。


 メニューを開き。

 爽太くんが鋭く睨みつけます。


「じゃ、『乳酸菌入り!今ならナンと!もう一つお付けして×××詳しくは今日の折込で!』にすっかなー♪」

「メニューを見ろ妹」

「ナポリタンで……」


 王子が嘆息しました。


「ナポリたんですか」

「パ……父も母もトマトが苦手で。家でナポリは顕現しないのです」


 ああ、成る程。


 と、急にこちらへ向き直り、深々と頭を垂れます。


「神幸さん、ごめんなさい。決めたら真っ先にお話しすると言っておきながら」


 弁護士の決意表明ですね。


「そんな、なんもですよ」

「珍しく父と食卓を囲みましたので……その……」


 相当にお忙しいようです。


父御(ててご)が弁護士なあ……」


 綾女がチラチラと(よこしま)な視線を寄越します。

 なんですか。戦争ですか。

 ふいに、爽太くんが「あ」と声を上げました。


「若い頃――あ、父は今も若いですけど」

「お優しい(ホロリ)」

「そーゆーのいいから」

「……僧侶になりたかったそうです」


 長(ブチ)氏が主演の映画に感化されたのだとか。

 ふうん、あのボタン選択も納得。

 ……あの映画、そんなお話でしたか?


「なんで坊さん?」

「『イケメンは坊主頭でもイケメン』と言ってました」

「意味不~」


 何処かで聞いた風な。


「今なら、白猿さんみたいな……」


 爽太くんの気の利いた補足に、


「どこの猿? 猿に『さん』付けかよ!」

「綾女ちゃん、團●郎さんですよ、十三代目」

「ダん?! 神幸ちゃんパクチー!」

「『博識』でしょ、綾女さん」


 姉を香草扱いですか。

 これでもねえ、夕刊は欠かさず目を通してるのですよ(ふんぞり)。


「パパは、道場が『寺』だって知ってんのかよ?」

「こないだ話したら、若干興奮して……」


 少年は言い辛そうに身を捩ると、


「明日の稽古納め、見学するって言い出して……」


 あらあら……まあまあ。



 ☆☆☆



不知(ふじ)……勇爾(ゆうじ)、さん……」


 名刺をじっと見詰めた兄様は、


「あの……エネルギッシュな……?」


 どこか不思議そうに呟いたものです。


「語呂は非道いもんです。名付け親のセンスっちゅうのが――」


 台詞とは裏腹に、パパさんの顔はくしゃくしゃでした。



 稽古を見終えたパパさんは、すこぶる上機嫌でした。

 見学の間――紅潮したお顔で饒舌に兄様へ語りかけ、ずうっとウヒャウヒャ笑いっぱなし。

 サングラスの無いご尊顔は、


「パパめっちゃイケオジじゃん!」


 綾女も唸る。


(お父様、いやにテンション高いですね)

(あれです、「坊主頭でもイケメン」)


 え。

 兄様を気に入ったと?

 晋三……居ませんよね。


「やーこれも『マ~グネティック』ちゅうやつですなーご住職!」

「まぐねてぃっく?」

「『ご縁』ということで! ウヒャヒャ!」


 爛漫な陽を浴びるパパさんは、花見でもしているように終始満面の笑みを絶やしません。

 対して、予想外にグイグイとがぶり寄られ、狼狽える兄様が新鮮。

 汗の引いた白い顔に、ハッキリと「困惑」の二文字が見てとれます。



 中庭に並べた椅子に腰を下ろし、綾女と爽太くんと(ぬる)い茶を啜っておりますと、パパさんが兄様を引き連れ、近づいてきます。

 口角上がりっ放しの顔で、


「時に、神幸さんは、お幾つで?」


 ウッ。


「(ごくり)さ、3×7歳です」

「へえ……」


 硬直する永峰家一同。


「ウチは(あね)さん(ねえ)さんでね」


 姉が二人いるみたいに仰る。

 てか、「姉さん女房」とは知りませんでした。


「ほ、ほほ~う、左様ですか」


 首に回し掛けたタオルを忙しなく(しご)きつつ、兄様が当たり障りのない相槌を打ちます。

 ――ちょっと、落ち着いて。ハゲ。


 パパさんは、やおら右手の指を折り始め、


「ひーふー……ウチは、六つ。上ですな」


 先程の間違い()を訂正する事もなく。

 やがて――


 ――にやり。

 すっげ悪いコト思い付いた――風な、極上の(極道の)歪んだ笑みを見せると、関係者の顔を順繰りに眺めます。

 風がピゥと通り抜け。

 小さな庭に、鋭い緊張が走りました。


 全身が勝手に震えます。

 傍の爽太くんだけは不思議そうにこちらを仰ぎ見て、私の左手をきゅっと握りました。

 次いで、パッと父御に向き直り……。

 なぜか――笑ってる……爽太くん?


「おと……パパ! 僕は、神幸さんと――」


 パパさんがバッと右手を突き出します。

 元チャンプ・山中氏が放った、目眩ましのジャブの如く。

 来るか伝家の宝刀「神()左」?!

 

「――爽太くん」

「は、はいっ!」


 パパもママも「くん」付け。

 嘗て爽太くんが言っていた通りのようです。


 果し合いの如く見詰め合う、父と貴公子――?



 パパさん、徐にサングラスを取り出し、スチャッと装着。


「神幸姐さんを振り回すんじゃねぇぞ」

「え?」

「爽太くんの責は重いニャン」

「「「「……(にゃん……?)」」」」

「もし、お前の方から手を放そうもんなら……」


 言い差すと、


「ろくなもんじゃねぇえええぇぇぇー……」※4


 拳を握り締め、「中腰で」吠えたの。んん。



「……意味分からん」


 綾女が囁き。一同悄然。



 男闘呼・不知勇爾は――。


 万歳するよに両手をさっと上げ下ろし、くるり背を向けると、


「♪ ぴぃぴぃぴぃ、ぴぃ●ぃぴぃ……」※5


 某かご機嫌に呟きながら、とっとと山門を出て行ったのでございます……。



 爽太くんは瞬きもせず、父の後ろ姿を静かに見送っていました。

 やがて、深々と腰を折ったのです。


 私はというと、消える背中を見届けた途端――。


 爽太くんと手を繋いだまま、萎々とこの場でへたり込んだのでございます……。

※1 不二家『チョコまみれ』。カントリーマアムのミドルパックをよく買います 

※2 フルタ製菓『セコイヤチョコレート』

※3 黒田清輝。近代日本洋画の巨匠(だそうです)。画名は「せいき」とのこと

※4,5『ろくなもんじゃねえ』(長渕剛)より

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ