蛙の子は、仁義ある大志を抱く
★本話の作業用BGMは、『勇次』(長渕剛)。
ゆうじです。ユージではないと思います。多分、U字でもないと……。
特別ファンというワケでもないのですが。
何故か頭が覚えてる曲ということで。
〆めは『しょっぱい三日月の夜』(同)。
……吠えてます。
☆本文中の✨印は全て、『仁義なき戦い』シリーズ(原作・飯干晃一、監督・深作欣二 by 東映)の台詞より抜粋 & ホニャララしております。
朝から風が吹き荒れる、そんな日曜の午後。
爽太くんのお供で浅草橋駅近く、某文房具屋さんのビルを物色いたしました。
スリムなジーンズが殊のほかお似合いな眼鏡貴公子は、ほかほか顔で紙袋を抱え、少し前を幸せそうにゆるりゆるりと歩いております。
ペアルックの如く上下野暮ったいデニムで纏めた私も、今、後をついて行きます。
斜め後ろから窺う彼の腰の位置が、やけに高く感じられます。
今この時も、周囲の目には歳の離れた姉弟に見えるのでしょうか。
春から中学生の爽太くんが、件の中学校へと誘いました。
榊神社前の広い通りを大川に向かって歩いた先、隅田川テラスへの入口にほど近い、工業高校の側。
通りに面した、小さな公立中学校でした。
暫く、二人ぼんやりと金網越しに全景を眺め。
校庭は土じゃねえずらと、あれこれ妄想を膨らませる処女を横目に、
「……中学では剣道部に入ります」
爽太くんが寂しげに呟きました。
ウチの道場では皆、中学進学と同時に卒業となるのが慣例です。
本来なら、爽太くんも道場を離れることになるワケですが……。
口元をむずむず波打たせる彼に、私は微笑みかけてみました。
眼鏡の奥で目をまん丸にした彼は、
「……ご存知だったのですね」
はにかむ彼の冷たい手をそっと手繰り、両手できゅっと包みます。
「今後とも、よしなにお願い申し上げます、師範代」
恭しく頭を下げますと、彼の手に力がこもりました。
目が合うと――いい塩梅で、二人口元が緩んだのでございます。
中一で師範代ですよお母ざまっ!
すりゃ忖度もあるでしょけど!
ずっと(道場で)一緒なんすよ?!
しょえぇぇ~!(江戸っ子)
隅田川テラスへ降り、とあるベンチに腰を落ち着けました。
嘗て、彼がどこぞの乙女に求婚した「あの」ベンチ♥
落ち着きなく両足をプラプラさせていた少年の姿はありません。
……短パンから覗く、あのつるりと美味しそうニャ膝小僧を目にすることは、もう二度とないのかもしれませんね。
私はつと立ち上がり。
強風に煽られ、遠い空で行き場を喪くした凧の如く、マ●ケル・ジ●クソンとおなしように前傾で静止を試みると、
「×××よさらばーーー!」
魂の絶叫が迸りました。
爽太くんは――全身で引いてましたよ、お母さま。
☆☆☆
引き続き風の強い、翌月曜。
開店と同時に現れ、椅子に腰掛けるは――。
ぺったりの黒髪オールバック、渋いブラウンの三つ揃えを纏った壮年の男性です。
荒天の中、奇跡のカッチリ具合。
漆黒のサングラスが耳から生えたよに、ご尊顔と一体化して見えます。
くっと首を傾げたらパー●ェクト・ヒュ●マンぽいです。
おいナポレオンん!
ナ・●・タ、ナ●タ! です。
右頬に刻まれた鋭い二本の傷をそっとなぞり、
『ろくなもんじゃねえ(本音)』
というボタンを押下しました。
本当に。
パッと見は陸なもんじゃありません。
やだなー893屋さんですかー?
【……ども】
「ツイてない御苑にようこそ」
【噂は聞いてた……息子から】
「左様ですか、ご子息から……ありがとうございます」
気の所為か、お体が右に左に揺れているよな。
「ふらついてらっしゃいますね」
【……腹、減ってるんだ】
「お米食べた方がいいですよ」
【昼、食い損なってな】
既に七ツ半を回っております。
【ミートソース(パスタ)を出前で頼んだハズだった】
「ハズ?」
【来たのはナポリんトコの野郎だ】
「(カモッラ?)ナポリたん……」
【俺はトマトがアレでな。口に出来なかった。一緒に頼んだオヤジも――】
「親分さん?」
【親分? いや、ウチのボス――ボス弁てやつだな】
「え」
【俺はそこのイソ弁だ】
「まさかの弁護士事務所……」
今更ですが。
襟に光るそれは、組の金バッジじゃなかったようで。
【出前はオヤジが直々に頼んだんだ】
「はあ」
【で、当のオヤジはしれっと言った。「ワシら……どこで道を間違えたんかのう……」】✨
「多分鼻から(ぐすん)」
広島の親分さんみたいな言い草。
もそもそと、また頬を撫でます。
「それ、刃物でアレされたんじゃ」
【鱧? 違う……ボスは事務所の上に住んでてな】
「ご家族で」
【いや独り身。アメショーを一匹飼ってる】
「会いたい!」
あ。家じゃ無理でも、ココなら飼えないかな? 無理?
【毎日、事務所に連れて来る。一所懸命お世話してるが、俺には全く懐かない】
「あらま」
【今朝もやられた】
「あ。引っ掻き傷なんですか(ドスじゃなかた)」
【胸が張り裂けそうになって……思わず叫んだ】
「……なんと?」
【「あんたぁ……最初からワシらが担いどる神輿じゃないの!」って】✨
「猫ちゃん相手に(意味分かんニャい)」
ヤ●ザ擬きの自称イソ弁が、背凭れに深~く身を預け。
椅子がキィと軋みます。
両手をズボンのポケットへ突っ込むと。
薄い唇から、笛の鳴るよな細い空気を漏らしました。
【……息子がとちゅじぇん……】
「(ここで噛むか)」
【自分も将来、弁護士になると……】
蒼白のお顔。
グラサンの奥は窺えません。
「それは……ご立派なことと」
【ご……立っ……PA?】
「(パーキングエリア?)法と権利を守る、立派なご職業かと」
【……ウチのボスは】
「はい」
【敗訴すると……ヤケクソで「お前ら、そこらの店、ササラモサラにしちゃれぃ!」とか言い出す男だぜ?】✨
「ササラ……ケサラン・パサランの亜種ですか?」
【要は……綺麗ごとじゃあすまんのじゃい】
顔を上げ、天井に目を向けつつ、何かを反芻しております。
【……夕べ……珍しく家族で食卓を囲んで……】
「(なんか始まったぞぅ)」
【……おでんだった】
「左様で」
【旨かった】
「それは重畳」
【食べ終わる頃、息子が口を開いた――】
「そこで決意表明ですか」
【俺の皿を覗いて――「弾(ゆで卵)はまだ残っとるがよぉ」】✨
「抗争中?」
【♪ここは戦場、涙のレ●ンボウ】※1
新しい極●のリーダーズ?
【イッツ・イソ弁ジョ~ク】
「仁義なきジョークでしょ」
【アイツの目は正気だった】
「でしょうね」
男が俯き、フフ、と微かに洩らします。
【男にしちゃシャバイ身体つきだったのが……まあ、道場通うようになって、ちっとは逞しくもなった……】
「へへえ」
【元々、俺の子にしちゃあ妙に聡明だ】
「なるほど」
【「出家」したんが坊さんで、「家出」したんが極道やねん】※2
「? それがどーしたと」
【司法試験ぐらいで躓くことはねえだろうが……】
愉しげな笑みを浮かべつつ……。
親としてはエロエロご心配なのでしょうが。
やはり自分と同じ道を目指そうという我が子の心意気、嬉しいものなのでしょうね。
私は御免ですが。尼僧なんて。
「幸せですね」
【うん?】
「あなたの背中を見て育ち、父親とその職業を誇りに思ってらっしゃるのでしょう」
男は――じっとこちらを凝視しているよに動かず。
やがて口の端を微妙に歪ませたのでございます。
☆☆
腕時計をちらと見やった極道(擬き)が、
【……時間だな。付き合ってくれてありがとうツヨシ】
抑揚のない声を投げました。
「ツヨシちゃいますけど。では――ゴッド・ブレス・ユー」
ネクタイをきゅっと締め直すと、
【――お約束か】
「はい?」
【息子のこと――これからも。よしなに】
受話器を置いてスッと立ち上がり、深々と腰を折ったのですよ、お母さま!
嘘でしょ……?
(昨日、一緒に歩ってるの見たぜ)
囁き。
サングラスをクイと下げ、上目遣いにこちらを見やると、颯爽と店を後にしたのでございます。
……私の近未来は薔薇色ですか? お母さま。
料理教室申し込もうかな……。
※1 『青春を切り裂く波動』(新しい学校のリーダーズ)より。しつこく聴いております。
※2 有名な親分さんの言だそうです