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英(はなぶさ)テレフォン

★本話の作業用BGMは、


『青春を切り裂く波動』(新しい学校のリーダーズ)。


 懐メロ主体の当欄ですが、ちよと寄り道を。

 今更アレですが、「AG」のご登場です。最近よく動画観てます。


 パフォーマンスのクオリティがお見事でピックリ。

 昭和脳にも懐かしさが感じられる楽曲(気の所為?)、全力で縦横無尽に駆け回る様が、ホント清々しい。

 振り付けも自分たちで、とのこと。

「青春日本代表」イエー。


 〆めも、『Giri Giri』(同)。

 振りがいちいちツボでした。

 いつの間にか店内でひそーり佇んでいるのは、中年の男性二人。

 背の高い細身の青年風と、頭ひとつ低い小太りの壮年風です。

「高い方」は黒いジーンズにグレーの(テー)シャツ。

「低い方」は青いデニムのハーフパンツに、やはりグレーの(テー)シャツ! であります。


 外界は晴天ですが、最高気温はひと桁との噂。

 七つ半(午後五時)を回り、風が凪ぎ始めた今なら、体感温度は推して知るべしです。

 ――××((自粛))なの?



「高い方」を先頭に整列した二人はド●フのコントさながら、「イチニ! イチニ!」の掛け声と共に走り出し、来客スペースをぐるり二周すると、二人掛けのソファへスッと腰を収めました。

 呼吸(イキ)があった風に腕組みして、こちらへ生真面目な視線を投げます。


 ああ。

「高い方」は一度いらっしゃいましたね。

 セーラー服を纏った、謎多き生命体と。



 頭頂から緩い湯気を漂わせる二人を眺めつつ、店内マイクへ切り替えます。

 ふうっとひと息吐き出してみますと、待っていたように「高い方」がボタンを押下いたしました。


『後家殺しニッポン代表』。

 ――誰?



「ツイてない御苑へようこそ。店内マイク仕様です、そのままお話しください」

【マジ?】


 (はなぶさ)巡査――エイエイさんが目をキョロつかせます。


【儲かってるの?】

「ほほほ、ご冗談を(カッ・チーン)」

【すりゃ残念。あ、この人は同僚の(げん)さん】

【わんばんこ! 頭はヅラでーす!】


 のっけから潔いカミングアウト。

 天辺が薄らハゲですけど?


【今のトレンドなんだよ。自然なハゲ風】


 ヅラ容疑者がガハハと笑います。

 なぜ。寂しい頭に薄いヅラか。


「まあお洒落(棒)。非番なんですか?」

【夜から仕事(警察)。ちょっと浅草まで走って、汁粉食ってきたんだ】


「ウェーイ」とハイタッチを交わす二人。


「エイエイさんは――」

英次(えいじ)でいいよ。エイエイて呼ぶのボスだけだし】


 英次さんは腿をモジモジすり合わせると、


【どうだった? 先刻(さっき)の】

「? どう、とは」

【『AG』の振り、真似っこしてみた!】

「嘘はいけません」

【うん、嘘。HAHAHA!】


 ただ走り回っただけでしょうに。


 

 中年の割に瑞々しいお二人。

 英次さんは兎も角、源さんは小太りですが弛んだ感じもなく。

 世が世なら、浪人風な剣客二人――そんな雰囲気が滲みます。



「で。今日はどうされました」


 英次さんは、横のおっさんをちらと見やり、


【昔好きだったバンドの曲を、ガラケーのまちぶせにしたんだ】

「待ち受け――じゃない、着メロ?」

【石川ひ●みかよ!】

「巻きでお願いします」

【あんな好きだったのに……】

「はい?」

【その曲が嫌いになりかけててさー】



☆☆



【最初は電話鳴る度、「おっ!」ってテンション上がったんだけど】

【いちいち歌ってたよな】


 源さんが頷き、恐らくはそのイントロを――口笛で、ウォーターフォンのような気味の悪い音を奏でます。


【うへっ、気持ちわるっ! それがさ……最近はなんか、イントロ耳にするとどんよりしちゃって】

「お好きな曲なのに」

【そうなんだけど……嫌いになったら堪らんから、一旦普通の着信音に戻した】

「左様で」


 言ってるそばから着信音が鳴り響きました。

 英次さんの眉間に深い縦皺が刻まれます。

 二人、携帯(源さんはスマホ)を取り出し画面を凝視すると。

 英次さんは舌打ちを漏らし、険しい顔で、


【めんご。ちょっといい?】

「どうぞどうぞ」


 席を立って、表戸へ向かいました。


 視線をズラすと、源さん(わろ)てはる。


【最近、変わったことない?】


 警察官とは思えない恵比須顔です(偏見?)。


「変わったこと?」

【刃物持ったあぶねえヤローとか、ライフル提げた殺し屋とか、ボンデージの女王様とか、変な客来ない?】

「お陰様で(二つは覚えもありますが)」

【なんかあったら連絡してね。飛んでくるからさ!】

「あり? がとうございます」

【俺ら何時も暇こいてるから。遠慮しなくていいぜぃ?】

「遠慮は……」


 苦い顔で英次さんが戻って来ました。


【ごめん。ボスだった】

【事件か?】

【帰りにキム牛四人前買って来いって】

【ボスも好きだねえ。週3で食ってるぜ?】


 四人前。あの細身の少女が、お一人で召し上がる……いやまさか。


「……英次さん」

【おお、なに?】

「いつも電話にお出になる際、顔を歪ませてらっしゃるのですか?」

【え? そんな変顔してた?】

「奥様に小言を食らったようなお顔でした」

【へー、俺っちも気にしたことなかったぜ】


 源さんが口を「ほ」の字にして呆けると、英次さんはのっぺりとしたお顔で黙り込みました。


 数秒の沈黙。

 

【……嫁とは死別しちゃったんだけど……】

「(そっち?)申し訳ございません。ご事情も知らずに」

【いや、いいんだ。しかし……】


 言葉を切り言い淀む彼に、


「ひょっとして……英次さん、そもそも『電話』がお嫌いなのですか?」

【え? あ? 電話……?】

「掛ける方は兎も角、お出になるのが嫌なんじゃ、と思いまして」



 英次さんは腕組みを解き、「待って」という風に片腕を突っ張ると、微かに俯いて黙します。

 揺れる瞳。視神経の奥がむず痒い……けど掻けない。

 焦れったい。わかります。


 源さんはこちらを見たまま、にこ顔です。

 朗らかなおっさんだのう。



☆☆☆



【……思い出した】


 項垂れて、両拳を握りしめたまま、英次さんがポツリ零しました。


【俺、昔プロボクサーだったんだけど】


 多分無意識にジャブを繰り出します。

 遅れて源さんが、「打つべし!」と言葉を添えます。

 ボクサーあるある。そんなんいらん。


【最初の二年は会社員と兼業で】

【大谷(二刀流)より早いよな!】

【うん? うん……一年だけ、内勤に回されて。割と電話が鳴る部署でさ、大概「クレーム」だったわけ】

「ははあ」

【多分それがトラウマで、「受電は苦言」って――おっと、韻を踏んじまった――刷り込まれたのかも】

「で、『電話に出るのが嫌』……苦手になったと?」

【かね】


 はっと顔を上げ、


【じゃ、曲が嫌いになったワケじゃ――】

「曲に罪は無いかと」

【……そっかあ……】


 ガクンと頭を垂れ、肩を落としました。

 青白い顔に、安堵と苦悶の入り混じった複雑な表情を浮かべ。


 横の源さんが、英次さんの肩をポンと叩きました。


【よかったな。これでスッキリしただろ?】


 思いの外、しみじみとした響きがございます。



☆☆



 黙って二人の姿を眺めておりましたが。

 時間も時間です、私は〆めに入ろうと――。


「お二人とも、ゴッド――」

【あ。もう一個いい?】

「え? あ、まあ、時間内なら」


 昼寝を我慢している幼児のように体をくねらせ、頬を朱に染めると、青年がぼそぼそと囁き始めます。


【えーと……職場恋愛ちゅうの? ingでさ】

「ing?」

【現在進行形!】

「巻きでお願いします」

【結構ハクいぜ!】

「今週のスポッ……トライッ――(早よ終われ)」

【同じ寮の――】

「同棲ですか」

【いや、エイちゃん適齢期の娘さんと暮らしてるし】


 何故か源爺が捕捉。


【お相手は上の階に住んでて……そのぉ……()()そうとすると――】

「ひそーり上の階へ?」


 無言で頭を掻きます。


【……最近さ……ゴム装着()けようとすっと、なんでか却下されて――】

「はいーゴッド・ブレス・ユーおかわり」

【なにそれ?】

「神のご加護を。お時間です、おしまい~ける」

【こっからがメインイベントだぜっ?!】

【がはは!】


 バカ笑いの源爺が、


【ウェ~イ!】


 わたつくエイエイさんに、何故(なにゆえ)か片手ハイタッチを強要します。

 かぶりを振る英次さん、慌てながらも片手をパチンと。


 ――仲がよろしいんですね、相棒。

 

 

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