迷子の猫
☆本話の作業用BGMは、『好きさ』(安全地帯)でした。
アニメ『めぞん一刻』の三代目OP主題歌だったそうで。
自転車漕ぎながら歌ってた記憶あります。
信号待ちでは沈黙、を繰り返し。
特に甘い思い出もございません。
――先般、ちゃっぷい真夜中に浅草名所七福神をひとりで巡った時。
迷いました。序盤で。
三ヶ所目の吉原神社が分かりませなんだ。
過去の七福神は、いつも綾女が一緒。
彼女頼みで、ろくに道順を覚えておりませんでした。
「神幸ちゃんは、何回も五回も廻らないとダメなタイプだね」
綾女には、「フィフス・タイマー属性」と言われました。
そんな属性、初めて耳にいたしましたよ。
方向感覚が欠如してますね、というコトらしいです。
「難しい南蛮の言葉をご存じですね」
感嘆しておりますと、
「ん? 今つくったんだよ?」
さらっと言い捨てられたのでございます。
なんかくやちい。
☆☆☆
ぐっと秋らしい気温になり、半袖・短パン姿を目にしなくなりました。
霧雨がさめざめと舞っております。
傘も差さず、パーカのフードをスッポリ被った若人の姿が、ちらほら散見されます。
甘くみてると肺炎になりますよ――私は心中で声を大に――せず、沈黙いたしました。所詮、他人事ですし。
彼らが私の人生と交錯することなどハハッ!……ま、あるかもしれませんけど。
夕刊を縦四つに畳んで、ラテ欄(おっさん……)をぼんやり眺めております。
今は電車内で新聞を読む時代ではないそうですよ、お母さま。
文字を追いつつも、夕食のメニューを考えます(合理的)。
思い切って、ピザでも逝っちゃいましょか。あとコーラ。
ついに私もプログラマーデビューです(絵面だけ)。
あとはカッターシャツでも着て、袖を捲って……生憎、ここにはメイド服しかございません。
メイド姿のプログラマー……お坊っちゃまの第一秘書みたいでアリかも。第二でもイイね。
爽太くんの凛々しいお姿を思い浮かべ、勢い口角を爆上げした頃合いで、来客を告げるベルが哀しげに響きました。
室温が1度、下がったような気がいたします。
ダークスーツをビシッと着こなし、のっそり現れたのは、かの「若」でした。
☆☆
椅子に腰掛け、
『のど渇いたなあ(京言葉)』※(増)
というボタンをちょいっと押下します。
……今、来たばかりなのにね。
「ツイてない御苑へようこそ。この京言葉、誰のお声でしょう」
【こんちは。これは……俳優の北●景子さん、かな?】
「ああ、後醍醐天皇の奥様」
【惜しい! 「だいご」は合ってんのに……後醍醐さんの奥方は西園寺禧子さんだよ?】
へー、意外に博識。ふうん。
これは兄様のチョンボですね。
北川さん、京女ではなかったと思います。※(税)
いつものような軽い口調ですが、若の身体からは白い霧が立ち上っているように見えます。意味不明。
不思議な感覚ですが、これもウカノちゃんの加護なのでしょうか。
――今日の若は私にとって、単なる「屋台常連の青年」ではないようです。
☆☆
綾女に唆され、やっとこ来店ですね。
「その方、ここをなんと仰ってました?」
若はぽっと息をつき、
【「特に相談乗ってくれるワケじゃないけど話聞いてもらうだけでも少し気が楽になるよオケまる!」って】
「左様で」
【めっちゃ早口で言はれもした】
若は、悉く成約しなかった女性遍歴を掻い摘み、理路整然と語ってみせました。
【ツイてないよ~】
実は、お相手の方に問題があるのかも、と勝手に思っていたのですが。
若の語りには、どこか他人事のような響きがあります。
鼻から下(※「口」とも言います)だけは活発、ボデーは微動だにしません。
私は、じっと彼の面を窺いつつ黙って耳を傾け――時折、輪島さん譲り(?)のジャブをシュシュっと。
「年上の女性なんかどうです?」
【「嫁さん女房」イイよね、理想かも!】
「『姉さん女房』な。なんで『妻&妻』?」
【ん? 嫁……女房……ホントだ!】
果たして、若は根っからましかモン……なのでしょうか。
☆☆
ふっと会話が途切れました。
憂いを滲ませた瞳を下げた頃合いで、ずっと抱いていた違和感をぶつけてみます。
「本当は、ご自身で理解してらっしゃるのでは?」
若の人中路が、微かにブレました。※(メ)
やがて笑みを引っ込め、蒼白い相貌で――。
【……誰にも言ったこと無いんだけど……これから話すことは、然もない妄想だと思って聞いてほしい】
「『え? もう?……そう(ガッカリ)……』こんな感じでよろしいか?」
【……なんか男としてのプライドが傷付くような】
「でしょうね」
卓上でそっと両手を組むと、左手親指の爪あたりをじっと見詰めます。
【……俺、前世は猫だったんだ】
「……………………ほう」
何か……始まるようですよ、お母さま。
若先生の次回作にご期待ください(棒)。
【……女の子の】
「女猫」
【早乙女愛さんの映画じゃないからね!】※(ガ)
古の映画……何故、若がご存じ?
「山城さんが監督でしたね」
【爆乳でさー……じゃなくて! ……俺、好きな娘がいたんだ。真っ白な……「鳥人族」の】
「鳥●族……居酒屋か」
【飲まないよ? ずっと……片想いだった】
猫と鳥(?)の恋愛は成立するものか(しかも同性)。
「イバラノミチデスネ」
【ロックだ!】
「たかがロケンロ●ル」※(ネ)
【されどロケンロ●ル……これ何の符丁?】
「やはり……詳しすぎる。実際はお幾つなのです?」
顔を上げると、存外真剣なお顔。
【どうも……俺、記憶持ったまま、生まれ変わったみたいなんだ】
ん? 転生…………?
☆
――五歳の頃、突然覚醒(エロエロ思い出した)したのだそうです。
そして当然のように――軒先で、傷付いた真っ白いインコを助けた、と。
【あの娘にくりそつでビックリした】
私、インコの区別なんてつきませんけど。
だって、ザクみたいなものでしょう(雑)? 所謂、量産型。
【こっちでも会えたんだ! 運命じゃね? って、必死に看病したよ】
「ははあ」
【でも……インコ、「男」だったんだよね】
「貴方の元が女性なら無問題。ハイ、ゴッド・ブレス・ユー」
【? それナニ?】
「京言葉で『お帰りくだちぃ』(嘘)」
【ここからだよ?!】
「……折角。生八つ橋にくるんで言ったのに」
【松●裕樹(※執筆当時は楽天所属)のド直球だったよ?!】
「左腕かー」
若は椅子に仰け反り宙を仰ぐと、
【俺、もう意識は完全に男なんだよ……】
「左様でしたか」
メトロノームの如く、規則正しく椅子がキイキイ鳴り続ける間隙を衝いて、
【どー……しても。あの娘が脳裡にチラついてさ……】
小さくも、ハッキリと耳に届きました。
【どこかで、インコがあの娘の記憶取り戻さないかな……って、期待してるんだ】
「…………」
両腕を頭に回して瞑目すると、湿った吐息をひとつ、力無くこぼしました。
……元々、本命はいらっしゃったのですね。
叶わぬ恋(奇跡)かもしれないけれど。
☆☆
不覚にもウトウトした後、顔を上げると。
若と目が合いました。
「え。ナニ?」
【いや……なんか言ってくれるのかな、と】
「は? なぜ?」
【ナゼって……寝てた?】
「まさかー」
【マジ何も無し?】
分かってないな、若。
「元々、お話を伺うだけですよ」
【まあ、そうなんだろうけど……】
「他人の恋路にああだこーだ愛のコリーダとか野暮は言えません」
【うん…………うん?】
結局、選択するのはご本人です。
例え不幸な結末を迎えるとしても。
「ミラコーをお祈り申し上げます。ゴッド・ブレス・ユー」
ファンタジー……やはり、確かに存在しているようです。
彼は目を瞬かせ、
【あー……うん。ありがと。なんかー、少し心持ちが軽くなった気がするゾ!】
「気のせいでしょう」
【やっぱり?!】
ましか笑いで目尻を湿らせ、若は力強く、外界へと――。
その後ろ姿に……霧は煙っておりませんでした。
※(増) 「もう帰ろうや」という嫌味だそうで
※(税) 兵庫県出身とのこと(ウィキより)
※(メ) 新陰流でいうトコロの、体の中心線
※(ガ) 『女猫』( by にっかつ 1983年)
※(ネ) 『ふられ気分でRock'n' Roll』(TOM★CAT)1984年のデビューシングル