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◆若パイ、ポロリ◆

☆本話の作業用BGMは、『スカイ・ハイ』(ジグソー)。

 ミル・マスカラス(元プロレスラー)の入場曲に使われておりました。

 イントロを耳にされた方もいらっしゃるかと……。

 10月も終わろうかというのに、「夏日」を記録したその日の深夜。


 ヨレヨレTシャツに上下ブラックなパーカーを着込み、レンジでチンしたあったかい腕時計(嘘)を腕に巻きます。


 本来、説明する必要もございませんが、インナーはネズミ色のTバック、上はノーブラです。

 ブラめんどい。あ・あ・あ――ブラめんどい。


 パーカーの生地は厚めなので、


「どうせ丸ポチなんて分からんでしょう」

「……とうとうここまで来ちまったか姐さん」


 暫く綾女と言い争いになりましたが、結局は彼女が苦い顔で差し出したニップレスなるものを装着いたしました。

 ほう? こいつぁ便利だ。


「楽だからって、年中コレじゃ駄目だよ?」

「ウィ」

「こんなん爽太が知ったらよぅ――」

「興奮しますかね?」


 また一つ賢くなりましたよ、お母さま。



 ☆



 目を擦りつつ付いてきた綾女を引き摺り、時刻を確認。

 じわじわ気分が上がってまいります。

 デデッデッデデ――脳内に「あの」イントロが流れ出します。

 頃合いで綾女のお尻に闘魂を注入し、今日から明日へ飛び越える「日付跨ぎジャンプ」を敢行いたしました。


 で――スカイハイ失敗……。こんなの初めて♥

 ウカノちゃん……翼をください。レ●ドブルでも可。


 何も無い所で躓いた綾女に責があります。


「お風呂上がりなのにわざと描いたような眉してるから……」

「断じて関係ないよ?! アタシの眉毛に謝って! ……人の顔は眉毛で決まるって知ってた? お姉様」



 お気に入りのレクに失敗したその足で、綾女と公園の屋台にトボトボ向かいました。


 ☆


 子ども時分の記憶にある公園と、夜の暗さは変わりがないように思えます。

 ひょっとして、江戸時代からこのまんまだったり?

 いやいや、今は街灯というものが……夜の江戸は半端ない暗さだったそうですし。


「なにブツブツ言ってんのさ」


 綾女がぷりぷりしながら片手を引っ張り、木製のベンチへと(いざな)います。


「そんなにお腹減ってるの?」

「そりゃそーだよ」


 ふうん。

 私、先刻のしくじりは決して忘れませんよ?

 ニップレスの恩と相殺なんて思ったら大間違いですからね。



 お客さんリ・ゼロ(特に意味ナシ)。

 蒼く寂し気なベンチに滑り込むと、


「いらっしゃい! 神幸ちゃんも綾女ちゃんも久し振りだな!」


 淡い湯気の向こうから、大将が血色の良い笑顔を覗かせます。


「無沙汰を仕りました。二ヶ月ぶりでしょうか」

「大将、夏はどうだった? ちゃんと儲かった?」

「ぼちぼちだったな。まあ、固定客いるし」


 公園沿いに白い個人タクシーが二台、縦列で駐車しております。

 中で休憩中でしょうか。


「冷しラーメンとかあったらアタシ通ったんだけどな~」

「…………」

「大将。どうされました」

「考えもしなかったよ。来年……来年試してみっかな」



 二人、「サッポロ●番」の味噌をチョイスして、大将が置いた水(公園の)で喉を潤していると。

 背中越しにハスキーな声が飛んで来ました。


「ハハッ!」 


 屋台でミ●キー?


「大将チース!」


 お客さんがひとり暖簾を潜りました。



 ☆



「ぇらっしゃい!」

「塩ひとつ! 大盛りで!」


 隣に座ったのは、アラサーの男性です。

 ダークスーツにノーネクタイ。

 天パ気味の頭髪は、手入れを怠った車用のハンディモップの如し。

 ジャケットを脱ぐと、おしゃんてぃーな香りが淡く漂いました。


「久し振りだな、若」

「最近ずっと定時で帰れたからさ~」


 大将が「若」と呼ぶ常連さんです。

 エブリディ幸せそうな感じに、口角上がりっぱなし。


 私は無言で中腰になると、強引に綾女と席を入れ替えました。


「あ~永峰・姉()冷たい~」

「……またフラれたのかよ」


 仰け反った綾女が、呆れ顔で宣いました。


「綾女ちゃん今フリーだろ? もうさ、俺と結婚しない?」

「ふざけんな! 捕まんぞ!」


 綾女・19歳(確か)は、初対面の頃から若には厳しいのでした。


 ☆


 彼と顔見知りになったのは、年明けの寒い頃。

 慣れ慣れしいとも言えますが、妙にフレンドリーな彼は、あっという間に「年上なのに頼りなくて弄りやすい従兄」のようなポジションに収まったのでした。

 嫌味なく相手方の懐に入り、無意識に自分を下げて接するスキルをお持ちのようです。

 接待系で力を発揮しそうですが、本人曰く「大概『される側』」なのだとか。



 麺を食べ終わった私は、


「大将、ご飯お願いします」

「ひゃっこいのと冷たいの、どっちにする?」

「うーん…………冷たい方で」


 受け取った冷や飯をスープに投入。

 愛情込めてかき混ぜます。

 美味しくなぁ~れ♥って。


「今更だけど、そりゃ邪道だぜ永峰・姉」

「放っといてください……どうせ『僕の悪いクセ』」

「似てるぅー!『相(BOW)』録画して見てるぜー。口癖だよな、初代・右京さんの」

「『杉●右京』は世襲制じゃありません」

「うそーん(?)」

「代替わりすんのは相方じゃん」


 綾女がチャーシューを頬張りながら、のんびりツッコミを入れました。




 各々が黙然としたままスープを啜っていると、若がポツリ溢しました。


「……いつまで経っても上手くいかねーなあ……」


 若は女性遍歴が尋常でなく、大体長続きしないようです。


「チャラいからじゃん?」

「若もピシッッとしたらそれなりだと思うぜ?」


 大将が大甘なフォロー。

 おべっかは苦手だそうですから、これは本音と受け取ってよろしいか?


「どう思う? 永峰・姉……ナガミネ・アネ……あ!「ネ」がクドいからさ、縮めて『ナガミネ』ってどうかな?」

「普通に苗字です」

「一周回ってホントだ!」

「『いいこと思いついた!』風に言わないでください」



「別に……若はそのままでよろしいのでは? 特殊なスキル持ちですし。敢えてイジラない方が――」


 綾女越しに、若がギギギと首を回してこちらを伺う気配。

 事故って視線を合わせないよにしましょう。


「え~……ちょっと何言ってるか分かんないよぅ~」

「貶しているワケじゃないですよ? どうせ見得を張ってもボロが――」

「『どうせ胸を盛ってもポロリ』? 何か、(ことわざ)? みたいな~」


 若はましか(馬鹿)モン。


「胸熱な諺じゃねえか、胸だけに(?)」


 大将。適当な相槌はおやめになって。

 意味分かんないですから。


「自分でディスってるよw ウケるw」

「腐ってんぞ。鼓膜」


 ♪ 永峰姉妹はケチョン・けちょんん~。



「同居している『弟さん』はなんと仰ってます?」

「あん? あー……」


 彼は弟さんと相部屋だそうです。

 お部屋余ってないのでしょうか。

 育ち良さげなのに。


「あんま心配……掛けたくないんだ、アイツには……」


 若は、最後に残しておいた(であろう)ナルトを箸で優しく慈しみ。


「……前世からの腐れ縁だし……」


 艶々なナルトを前に呟くと、


「な~んちゃって!」


 お猿さんのポーズでおどけたのでございます。





 ☆☆



 スープを飲み干して、満足気に顔をテラつかせた綾女が、


「……そんな若に、いいトコ紹介してあげるよ!」


 ベロリ舌舐めずりすると、とっても悪い顔になりました。

 薄桃色のタラコ唇が、ギラギラ(よこしま)に輝いております。


「マジ?!」

「おおよ! ほうじゃけん、ココのお代ヨロちくび!」


 言い放つと、即座に頬を紅潮させました。

 胸前に翳した両手が、震えながらOKサインを(ほど)いていきます。

 チラとこちらを見やりました。


 へっ。なんだそりゃ。

 (ニップレス)への当てつけですか。

 意趣返し?

 赤くなるくらいなら勢いで口にしないでください。

 ――眉毛濃いくせに(八つ当たり)。




 ――ん? 紹介?


 やられた…………?



 脳内で咀嚼し終えると。

 屋台後方に並ぶ木々が緩い風に煽られ、シャララと嘲笑(あざわら)うような音を奏でました。

 

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