我、知味(アジヲシル)
☆本話の作業用BGMは、『禁区』(中森明菜)。禁「句」じゃないんですよ。
満を持してのご登場でございます。作曲は細野晴臣氏(当時YMO)。
個人的に大好きな曲は『ソリチュード』と『添え物に非ず目汁は(※ すゑひろがりず曰く「飾りじゃないのよ涙は」)』なんですが。
「禁区」は紅白初出場時の曲で、その際の印象がもう……初々しくて……可憐で、はわわでした。
歌い終わり、手を添えて労うMC(紅組?)の黒柳徹子さんが、
「まあ!あなた震えてるのね?」と仰った(確かそんな感じ)のが忘れられません。
〆めは、『もしもピアノが弾けたなら』(西田敏行)。フッ。
弾けたらヒーローだよ!
(執筆当時2023年9月です)
入り口で足を止めた晋三は、鶏のように首を伸ばして、じっと某かを見詰めておりました。
恐らく、自ら寄贈(?)した、自身のツーショット写真でしょう。
あ、別れたんですかね、例のギャルと。ご愁傷さま。
心の裂傷に触れないのが大人の嗜みですか、お母さま。
――無茶を言わんでください。積極的に抉るのがプロの矜持というものでしょう?
晋三は鶏から人型に戻ると、相変わらず薄気味の悪いスキップ(擬き)を披露した後、椅子に腰を下ろしました。
おかしい――ボタン群を眺める相貌に、微塵も暗い影がありません。
寧ろ鼻歌交じりでペットボトルを卓に置くと、慣れた手付きで硬貨を投入します。
まあよか。その時が来たら、目にモノ見せてくりょう(謎の闘争心)。
晋三が押下したボタンは、
『Q. 兄弟(双生児)の「弟」から言い寄られているのですが、私の本命は「兄」の方なのです。角が立たぬよに兄と懇ろになるには、どうしたらよいでしょうか(日本在住・「新体操大好きっ娘」さんより)』※1
ほにゃらら相談のような塩梅です。虫のいい話ですね。
A. そんなもん、隠れて文字通りヤ●ちゃえばいいじゃん(ぐぬ)。
【こんにちは!】
「ツイてない御苑にようこそ、たっちゃん♥」
【ヌートバー(タツジ)ですね!】
「そうか?」
【お元気そうで安心しましたよ、キタさん】
「ミナミだ。私の馬主はサブちゃんではない」※2
ほんのり桃色の顔で、ガーシーガーシー頭を掻きます。
ああ、そういや裁判どうなったの?
晋三のくせに生意気言いやがって。
アタマ、ちゃん・りん・しゃん・ウフ♥してから来いよ。
【今日は特にツイてない話も無いのですが】
「ほうせ!」
【わんわん! って「ハウス」でしょ? ひどいなぁ、折角――】
「気遣いは無用だ。暇なら勉強しろ浪人生」
心臓は一瞬、小さく呻くと、自身の晋三をグワシと鷲掴みにしました。
ほほほ、逆、逆でしてよ?(上品なセルフ突っ込み)
【こ、ここ、ずっと一人でやってるんですか?】
「聞けコラ、ミナミちゃんの話を」
【僕、バイト始めたんです!】
言うこと聞きゃしない。
☆
夏前から、御徒町辺りのガード下にある「雀荘」で働き出したのだとか。
【人生初のバイトなんですよね】
腕組みして、ボンがしみじみ呟きます。
お一人様で遊べるフリーの店ではなく、所謂「セット客専門店」。
客層は、ほぼリーマンが9割。
【僕はひたすらホールのボーイやってます。夕方からラストまで立ちっぱなし】
「予備校は?」
【模試で利用する程度ですね】
本番直前さえ気を抜かなければ、という算段。
まあ、勝手にすれよ。
で、そろそろ突っ込んでいいですか? お母さま。
私もね。早く栄養摂りたいんだぁね。
「もしもシリーズ~(棒)」
【は?】
「♪ しもしも~ピ●ノが~弾ーけー」
【いい曲ですよね】
「♪ もしも~たっちゃんが~彼女と別れ」
【順調です!】
「ナヌッ?!」
【? なに驚いてんです】
終了です。カロリー摂取出来ず。
「お前……ナニしに来たの?」
【理不尽……】
「じゃ逆にさあ(?)、アッチはどうなの? 卒業した?」
晋三ポカン顔で、暫くモグモグと咀嚼しておりましたが。
【あ、あの――】
「ちゅ♥」
【えっっ?!】
「――多様性。」
【………………】
「どした?『あにょう~』って言うから乗っかってやったのに」
【……くそぅ、馬鹿にして……】
ひとしきり、「あにょう~」と連呼してやりました。
【ここだけの話……合格するまで、その、アレはお預け、というのか……】
「だろうな」
ここで影が差しました。
ふう~、やっと100㌔カロリーってとこですかね。
お互い我慢か。
やるなギャル。でもしんどくないのかな?
私なんて、時折アタマがどうにかなりそうに……。
☆
晋三はカウント8で立ち直り、居住まいを正しました。
【き、気を取り直して】
「いいよ。直さんでも」
妙に瞳を輝かせ、
【色々と発見があったんです!】
お客さんの食事は、注文を受けると近隣のお店へ直接出向き、配達を頼むそうで、
【レトロで良い感じのお店が多いんです、ガード下一帯】
「普段ひとりじゃ入れない系だなー」
【そうです! すごく懐かしい感じの匂いが充満していて】
「くそ、腹減ってきた。おーい、すた・っっふ~」(※御苑のスタッフは神幸だけです)
【あの蒙●タンメンも近いです! 最近は直接食べに行きます、美味しいですよね】
「そーだSODA! 7イ●ブンのカップ麺しか食んだことないけど」
先般、綾女にススメたら、
「辛いじゃんコレ?!」
泣きながら抗議されましたっけ……ふふ。
辛いのは当たり前じゃないの。ナニ言ってんの。
でも、泣き顔はチョー可愛かったよ♥
→山田くーん、私に1000㌔カロリー持ってきてー。
【僕らの賄いは、全て出前なんです】
「…………すん①」
【餃子もめちゃ旨いけど、町中華の焼きそばが絶品で】
「…………すん②」
【醤油味なんです。僕、それ初体験で……感動しました】
「さっきお預けって言ったよな?」
【は? ゐえ?!】
薄味の醤油ラーメン、敬遠していた(食わず嫌い)ニラレバ炒め、やはり人生初のコロッケ蕎麦、ピーマン香る素朴なナポリタン、真緑に染まる濃いめのペペロンチーノ……。
久し振りの外食に、興奮して目を輝かせる庶民の家の子といった感じで、これまで食した感動の出前を列挙していきます。
「何か食べた事」しか書いてない、修学旅行の作文を聞かされているよう(つまり私がよく書いてたヤツ)。
腹減ったて言ったよね? さっき。
なんの拷問か。晋三ごときに……。
当の本人は満ち足りた顔で瞑目しております。
思い出した風に麦茶に口をつけ、
【働き出した頃は――自分がこんな使えない人間だったなんて知らなくて……落ち込みました】
「……うん。そうなんだよな……」
【店長やパートのおばちゃん達がみんな優しくて、丁寧に教えてくれて。今はちゃんとスムーズに動けるというか、人並みに出来るようになって、凄く楽しいんです】
尾藤さんの青白いお顔が思い起こされます。
「仕事が楽しい」……彼は、そんな風に感じた事があったのでしょうか。
可愛いがられるのは晋三の人間性もあるでしょうが……。
「お前はラッキーだよ。世の現実は無糖なんだから」
少年は、きゅっと唇を引き結んで黙り込みました。
願わくは、初めてのバイトが――バカ旨な出前とセットで良質な思い出とならんことを。
「仕事はおいしい」――アリ寄りのアリ。
これも、成功体験と言えるでしょうか。
♪ ポーン。
《これも、成功体験と言えるでしょうか》
(※某、プロ●ェッショナルなお仕事の流儀風)
☆☆
椅子を下りた晋三が、鶴の如く片足を上げました。
スキップを――あの悍ましいスキップを踏むつもりです。
「良い加減、病院行け?」
【正常ですよ。どこがおかしいんです?】
振り返って、口を尖らす我儘ボーイ。
「右肘の靭帯が――」
【関係ないです! ピッチャーじゃないし】
食い気味。
反応速度が上がっている――だと?
「妬いてるんだ、辰ッちゃん」※3
昼食ピザだったのに夕食もピザかよ――風な歪んだ顔をしてみせます。
そんな顔も出来るんだな、ボーイ。
【だからヌートバ――】
「ばかめ。漬物の帝王だ」※4
【……お見逸れしました】
☆
「お前ら兄弟マジそっくりだよなプークスクス」
【僕ひとりっ子……】
「ゴッド・ブレス・ユー。彼女によろしく」
途端、晋三が「にぱっ」と笑いました。
ピュアボーイのお陰で少しスッキリいたしましたよ、お母さま。
些少ですが、毒を吐けました。
お腹は減りましたけど。
※1 一応念のため。モチーフは『タッチ』(あだち充)です。
※2 北●三郎さんは、自身の持ち馬(競走馬)に「キタサン××××」て名前を付けます。
※3 ヒロイン浅倉南の台詞をほにゃらら。
※4 梅宮辰夫さん。