しあわせの恥(ずかしい)毛
☆本話の作業用BGMは、『虹とスニーカーの頃』(チューリップ)でした。
AH~AH~AH~……男の罪ぃ……OH……であります。
〆は、『シャイニン・オン 君が哀しい』(LOOK)。
デビューシングルだったとは……。
茹だるような暑さが続く中、開店直後来客です。
リュックと強烈な逆光を背負った灰色のおばさん。
肩を落としてゾンビのようなご入店です。
後ろ髪をひっつめ、黒のTシャツにグレーのパンツ姿。
トボトボ椅子に辿り着くと、よっこらせとリュックを床に下ろしました。
行商人のお婆ちゃんみたい。
腰を伸ばしてトントンやると、虚ろな目をこちらへ向けます。
ポッと息を吐く、そのお人――久方振りの茂森(仮)さんでした。
ちょっと見ない間に、何光年も彷徨った風な老け具合でございます。
右手をササッと上下させ、ニッチャア……と力無く笑いました。
☆☆
深~く椅子へと腰掛け、棒手振り婆あ(?)が押したボタンは、
『……あーのひとーはーわーたーし~だけのジュ(以下割愛)』※1
というものでした。
はいはい、了解です。
日本語達者なイタリア人風ということでよろしいか?
【……お久し振~り~ねえ……】
「チャオ! ミ●コだよ!」
【スポーツ紙のコラムかよ……】※2
「一体どうしたんですルミ子さん」
【ああ……聞いておくれよチリアーノ……】
「っっだけの十~字架ぁ……」
【……元気だな】
フッと苦い笑みが漏れます。
☆
【……あのさ。肩口に、一本だけ毛が生えてたんよ】
「あー。ギリ視界に入る辺りに生息してるヤツ……ちよと恥ずかしい感じのお毛ケですね」
【気が付いた時には、結構な長さ】
「異質ですよね」
【なんか、抜いちゃ駄目な気もして、そのまま奴さん、泳がせてたんだけど】
「行確中の刑事みたいっす」
【結構丈夫な毛でさ。まあ大事に……見守るっつーか……】
妙に溜め息の多い茂森(仮)さん、ミニペットボトルを取り出すと、弱々しくひとくち嚥下しました。
【夏休みでごろごろしてる息子に……】
「ご子息に?」
【……ぶちって抜かれちゃって】
「わあ」
【ママ気持ち悪い! って】
「……ママの『毛が』ですよね?」
何度目かの吐息と共に、
【……ツイてねえよ……】
んん?
【悲鳴上げたよね。ムンクさながら】
「……」
まさか?
「それで……元気ないと?」
彼女はゆっくり目を逸らし、コ・クリと頷いたのでした。
☆
【……なんか半狂乱になって毛は確保したんだけど……それ以来ずっと……】
「……ツイてないような気がする?」
また、コ・クリ。
「うーん……」
【些細なアンラッキーでもさぁ……こう続くとさぁ……】
語尾が聞き取れない塩梅です。
こうまで萎れちゃうとは。
あ。ひょっとして?
「まさか……その後、旦那さんが息子さん連れて台湾に――」
【ない……連れ去りはないよ。「え」なんて苗字じゃないし】
「『江』と書いて『コウ』です。向こうじゃ『ジャン』ですって。『え』ではないですね」
【…………】
疲弊したおばさんの顔に深い陰が下ります。
ゆっくりと、土下座するよに机へ突っ伏しちゃいました。
ついでに、ユラユラと瘴気の手みたいのが漂っております。
……追い込んだのは私ですか?
そうです、全部私の所為です。
郵便ポストが赤いのも。
クロ●コヤ●トが「宅●便」なのも。
「えと、お祓いでも――」
【ネットで検索してたら、見つけたんよ】
人形を用意してお祈りしつつ――
【「恥ずかしい毛」を人形に縫い込むと、運気が上昇? するらしい】
「(それ違う毛じゃ?)なら恥ずかしい感じに言ってください」
【……「ちょ、駄目、そんなトコ、汚ないからーああん♥ ……あんたも転生者でしょ?」】
「……どこの悪役令嬢?」
頤を上げてこちらを見詰め、は~~~と殊更大きな息を吐きます。
「運転手の呼気検査みたいのもぉヤダ」
【最近飲んでないんだ。飲むと益々落ち込む気がして……】
徐にリュックをモソモソまさぐると、ナニやらテーブルに並べ始めました。
小さな人形……ぬいぐるみでしょうか。
「ゲーセンでも行かれましたか」
【作ったんだよ】
何れも丸顔の、コロコロとした可愛いらしい面々。
計7体。七福神でしょうか。
これは福々しい。
「器用なんですね。意外でした」
【裁縫は得意なんよ。衣装とか――】
「衣装――(コスプレの?)」
なんとなく、気まずい沈黙が訪れました。
――やがて。
金縛りの解けた茂森(仮)さんは、指先で人形の頭を愛しげに撫ぜると、
【どれがいい(相応しい)と思う?】
店先に佇むカ●ネル・サ●ダースのような目で問い掛けたのでございます。
☆☆☆
パンツ一丁でタオルを首から提げ、ビールをちびちび舐める兄様が、こちらを見留めると軽く右手を上げました。
網戸越しの温い風が漂う母屋の台所では、昭和の残骸と思しきレトロな扇風機が現役で稼働中。
異音を発しつつ、時折思い出したように、あさってへと老獪に空気を動かしております。
私も冷蔵庫から小瓶を取り出し、小さ目の硝子コップと共にテーブルへ置くと、タブレットの画面を兄様へ向けました。
半開きの口でチラと見やったハゲは、
「……まさか呪いがらみ?」
独り言のように呟きました。
☆
「っかー!」
良く冷えたビールを刹那的に喉へ流し込む作業は、夏の醍醐味なんでしょね。
秋とは若干、趣が異なる気もいたします。
カッと一杯空け、茂森(仮)さんとの遣り取りをご説明申し上げますと。
「疑心暗鬼ちゅうか、まあ、気にし過ぎだろうが」
「そう申し上げても響かないというか。思ったよりドツボな感じでした」
……恐くて自分じゃ決められないくらいには。
兄様はひとしきり画面を眺め、
「……やっぱ、弁財天だろな」
「根拠もお願いします」
「いやー紅一点だしー」
液晶画面をトントンすると、
「アホ毛があっても違和感なくない?」
「もっとこう、何か無いですか、なんぞ謂れとか」
「方角が良い」
「は?」
「何でもいいんだよ要は。『理由』なんてよ」
面倒臭そうに呟くと、黄金色のアレをくいっと飲み干しました。
「内容はともかく、根拠が『ある』ってのがキモなんだからよ」
「……そんなもんですか」
「そんなもんだろ。根拠があると納得し易い生き物なんだ、人間てのは」
ハゲのグラスへ小瓶を傾けると、片手で制されます。
「女性の人形に髪を移植するの、恐くないですか?」
「おいおい、ルメールと武豊がCMでタップ踊る時代だぜ?」※3
「(無視無視)だって、髪伸びたりするじゃないですか」
「すりゃ結構毛だらけ猫灰だらけ、ご利益が生きてるingて感じでいいじゃねーか」
ええー……。
「……一体だけ作ればよかったのに……」
「現実を忘れる時間とか、縋る対象とかがエロエロ欲しかったのかもな」
重症……。
「お前は声を掛けてあげるだけでいいんだ」
「なんて?」
兄様は――網戸の先、宵闇へと濁った目を向けると、
「(移植)しゅじゅちゅが終わった後で……」
ひそーり噛みますが、
「しゅじゅちゅが終わったら?」
実は妹も言えないという事実。
「これでもう万事安心ですよ――ってさ」
……& ゴッド・ブレス・ユー、か……。
☆
アホ毛を拵えた弁財天も、プレッシャー半端無いでしょうが。
ストレスで禿げたりいたしませぬよう……。
――そして。
茂森(仮)さんは、どう生きるか。ババーン。
萎れた茂森さんは、茂森(仮)さんではありません。
大体ツイてないけど明るいお母さん――それが茂森(仮)姉さんです。
早く元気になって、若さを取り戻していただかないと……。
しかしまあ、怖いですねえ恥(ずかしい)毛。
でもあの人形自体は愛らしいので、お毛ケを縫い付けて売り出せばバズるかも……?
彼女のアソコは大変ですが。
まあそんな感じで。また来週。
サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ……。※4
※1 『私だけの十字架』(ファースト・チリアーノ)。
ドラマ『特捜最前線』エンディングテーマ。
※2 『ミルコ魂』(日●スポーツ)。ミルコ・デムーロ騎手の競馬コラム。
※3 ウ●娘のヤツ。パッと見、何のCMか分からんかった。
※4 故・淀川長治氏による定番の締め。