食パンの翁
☆本話の作業用BGMは、『RUNNING SHOT』(柴田恭兵)。
あぶデカの挿入歌でしたよね?(確認)
お歌を超越したナニか、であります。いぐぜっ!はっ!
〆は『はじまりはいつも雨 』(ASKA)。
良いお歌だと…………思います……。
――開店前の掃除を終える頃。
大音響に驚いて裏口をそっと開けてみますと、外界は土砂降り。
針金のような雨が街を覆い尽くし、彼方まで白一色に染まっておりました。
誰が言ったかゲリラ豪雨。
チェ・ゲ●ラは雲上で何と思っているでしょう。
ほえぇと漏らしながら椅子に腰かけると、丁度表口で小さくカランと来客を告げる音。
ドアが少しだけ開き、たれかが首だけ差し入れます。
店内をきょろきょろ窺うものの、入って来る兆しがありません。
放っておこうかとも思いましたが、
『お入りくだされ』
店内マイクで偉そうに呼び掛けますと。
不審者がおずおず足を踏み入れました。
傘も持たぬ小さな翁が、口をパクつかせます。
青い作務衣にサンダル履き。散歩の途中なのか、気安い出で立ちです。
肩口がやや濃い色合いですが、さして雨にやられた風でもありません。
ギリセーフ、といった感じでしょうか。
ツルツル頭ではないものの、地肌は多目。
申し訳程度の白髪の間から鈍い光沢がチラチラ覗きます。
ご老体はへっぴり腰でへこへこ歩み寄ると、
【ちぃとばかし、雨宿りしたいのであります!】
善きタイミングで叫び、急に姿勢を正してパッと敬礼を。
『させてくれろ! でよか』
【させてくれろ! であります!】
『どうぞ』
……なるほど。
ちぃとばかし、面倒なのと遭遇してしまったようであります。
それはお互い様ですかね、お母さま。
☆☆
突っ立ったまま、ぼーっと説明書きなど眺めております。
徘徊中、床屋さんのサインポールを初めて見たように眺める年老いたチワワ――そんな趣です。
『災難でしたねぇ』
【ほああ?!】
跳ねるチワワ。
『――ゲリラ豪雨』
【う、ウル●ラマン?!】
しりとり?
脊髄反射みたいに。
で、ソッコー敗北ですか。
『椅子、どうぞ。遠慮は無用に』
翁は両手で入念にお尻をまさぐると、安堵した面持ちで腰を下ろします。
何故か――すかさず500円硬貨を投入しました。
躊躇いもせずボタンを押下します。
『マダガ●カル!(by ゴー☆ジ●ス)』
あ、割と好きな芸人さんですよ。
「泣く子も黙る☆宇宙海賊」。確か、代アニ出身(声優科)でしたね。
作法に則って受話器を持ち上げ、
【悪ぃね、邪魔しちゃって。であります】
「君のハ●トにレボ☆リューション! なんもです。こちらこそ、雨宿りで散財させてしまい」
申し訳ないことで。
お気を遣わせてしまったようです。
【いや、丁度よかった。折角だから、ちよと聞いてもらおうかな~であります】
徐に懐から取り出したのは、掌サイズの赤いゴムボール。
右手で掴んで翳すと、
【ここ! ここぞ!】
左手の人差し指を突きつけます。
顔を寄せて目を凝らすと、どうも地図のようです。
いつも持ち歩いてらっしゃるのでしょうか。
「よく見えないのですが……それが?」
【わたしん家であります!】
「こんにちはーありがとぅ~さよ」
【そりゃ、あたしンちであります!】※
「おぉう」
まさかのチワワツッコミ。
誘導された感もございますが。
個人情報を積極的に晒す翁、濡れ顔に少しだけ赤味が差します。
【明日の朝食を買いに、ちょいとファ●マへ】
「左様でしたか」
軽装も納得です。
【朝食はいつもパン。一周まわって、最後は食パンに落ち着いたのであります!】
「ほほう」
【エロエロ食べ比べたけど、結局フ●●マの8枚切り。死んだ母ちゃんのおっぱいより柔らかいのであります!】
「ふうん」
【薄さが絶妙で食べ易い――】
「へ~え」
【薄いね。反応が。あ、8枚切りだけに?】
自らの台詞に、手を叩いてウヒャヒャと笑います。
「あっはは(棒)」
【今日は、8枚切り売り切れとって。他のフ●●マ寄っても、やっぱり6枚切りと3枚切りしかない】
「それはツイてないですね」
【……というワケで、ワシゃもう疲れたよ、であります】
「ちょ、パトラッシュ呼んで来ましょうか」
【この辺におるんであります?】
それ聞いてどうしようと?
「6枚切りじゃいけませんか?」
【6枚切りは、気のせいか柔さが……ちよと食べ辛いしぃー】
「デリケートな……」
【3枚、3枚、2枚で、三日保たせるのがルーティンなんですわ】
「三日目は腹保ちが心配になりますね」
思い出したようにかしわ手ひとつ、
【こないだ、「8.5枚入り」ちゅうのが置いてあってね】
「寝耳にウォーター……微妙に増量中? 見たことないですよ」
【端っこらへんにペラいやつが入ってたよ。味は普通】
「それなら、三日目は2.5枚か……」
私のミギーが――おっと、これじゃパクり――右手がしっかり数えました。
ひと桁でよかった。
【9枚切りがあればいいのに……】
「6枚切りなら、2枚・2枚・2枚で三日間均等なんですけどねえ」
キョトン顔の翁。
暫し硬直したのち、
【………………天才か?】
「たまに言はれもす」
へ~えというお顔で憮然としてらっしゃいましたが――。
【……でも……8枚切りが気に入ってるんだよねえ……であります……】
目を伏せ気味に。
しみじみ呟いたものであります。
☆☆
今日はこののち、どうされるのか。
「本日は……6枚切りで我慢されますか?」
翁は、「しょんぼり」という音が聞こえそうな青い顔で項垂れると、
【迂闊だったのであります……】
「? どうされ――」
【さっき投入して手持ち金が……】
「…………あらあら」
【…………お察し、であります!】
パン買って帰れない、という非常事態。
なんとなく、悪者になった心持ちです。
元々腹黒いので間違いではないのですが。
「ご老体……」
【うん?】
「力が欲しいか?」
【お金が欲しいであります!】
「ですよね」
雨宿りに寄ったのが御苑でなかったら……。
翁はほんの間、小さくフンガフンガ空気を漏らしておりましたが。
白い顔を上げると、
【久方ぶりに、明日は和食でありますな】
「……是非、バランスの良いお食事を」
【米は抜くのであります!】
ダイエットみたいに仰います。
萎れた顔で、ヘラりと笑いました。
【そろそろお暇するであります。善き雨宿りになり申した。感謝であります!】
「とんでもない」
ピョンと椅子から飛び降り、ぺこり頭を垂れます。
突然のツイてないに翻弄された無垢なチワワ。
御苑が「ツイてない」の片棒を担ぐことになるとは……。
独り暮らしというご老体に、も一度ゴムボールを見せていただき住所を確認すると。
念のため店の置き傘を預けました。
「ゴッド・ブレス・ユー」
去り際の小さな背中へ、追って囁いたのでございます。
☆☆☆
店の電話で兄様に繋ぎをつけると、フ●●マで食パンを買ってここへ持って来てとお願いしました。勿論、8枚切りです。
――兄様の代理でやって来た光旭さん(ウチの番頭)から、無事に食パンを受け取った私は。
ブツとお釣りを持って、マダ●スカルの翁宅へと走ったのでございます。
――さながら、メロスの如く。
辿り着いた該当住所に住居は無く。
草臥れた祠に、子犬のような、愛らしい痩せぎすのお地蔵さんが佇んでいるだけです。
ビニールの傘が赤子のように、小さな胸へ寄り添っておりました。
……悄然と立ち竦み、地蔵菩薩のご尊顔をぼんやり眺めます。
脳内に霧が立ち込め、悶々とし始めた頃合いで、隣家の窓がカラッと開きました。
なんとなしに横目で窺うと、小さな顔が覗いております。
暫しのもどかしい時を経て――。
私の左手が、ぶら提げた食パンを頭上に掲げると、思わず、
「あの、お届けもので――」
目が合った彼の翁は、
「わんわん!」
愉快そうに吠えたのであります。
…………お隣だったのですね。
※ 漫画『あたしンち』(けらえいこ)。ここではアニメを意図しております。。
神幸が口ずさんだのは、OP主題歌『さらば』(キンモクセイ)。