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「尾齧り」の仕掛け人

☆本話の作業用BGMは、『野●村議員 会見』(ユー●ューブ)。

 曲ではないです。動画ですね。8分たらずの。

 当時、尋常でない衝撃を受けました。

 今拝見すると、謝罪会見としては内容がかなりズレてはいるものの、腑に落ちる部分もあったりなかったり……。

「折り合い」を連呼されておりましたが、それはまあ大事なことと存じます。

 

 締めは何故か『気持ちは伝わる』(BoA)。

 初見のテレビで魅入った、のでありました。

 朝から不思議な天気ではありました。

 カッと晴れたかと思えば、突然雷雨が襲ったり。

 曇り空が続くうち、日中は夏日となり。夕方は再び(にわか)雨――。

 プロ野球なら××人目のサイクルヒットおめでとう、といったところでしょうか。


 

 弱い雨も上がり、街にヒンヤリとした風が凪ぐ中、最初のお客さんがご来店です。


 大柄な男性です。

 背の高い、柔道重量級といった見た目。

 鶯色の作務衣姿。頭は青々と刈り上げ、左手には薄紫の風呂敷包み。

 室内をジロリ一瞥すると、カラコロと下駄を鳴らしながらゆっくり歩を進めます。


 椅子に腰掛けると同時、「ふう」と小さく嘆息。

 四角いご尊顔を傾け、太い眉毛をピクピクさせて、説明書きをじっと眺めます。

 大きな目を細めて懐をまさぐると、硬貨を取り出してそっと投入。


『……むぁいに~ち 僕らは鉄●にょ う~えで……』


 (いにしえ)のフレーズ。希代の名曲を思い起こさせるボタンを押下されました。


 背筋を伸ばしてこちらを見やります。

 いかついビジュアルに反して目許は涼し気、優し気な色に感じられます。





【こんばんは】


 私は、床に置かれた風呂敷包みにちらと目をやり、


「こんばんは、ツイてない御苑へようこそ。……お坊様――ではないですよね」


 太い眉毛がピクリと微動します。


【ほう……さすがです。十中八九、谷中あたりの貧乏僧侶に間違われますが。往診の帰りなのですよ】

「往診? お医者さまでしたか」

【今風に言えば、鍼灸師です】


 言い放つや、ダーツの真似っこをして見せます。

「ヒューッ」とか言いながら。

 それはまんま「ダーツ」でしょう。鍼医者でなく。

 あ、聞きました奥さん?

「鍼灸師」は今風の言い回しなんですってよ。

 


「鍼のお医者さまでしたか。てっきり、『仕掛人(しかけにん)』かと思いました」

【――仕掛人……】


 細めた目が一瞬光りました。


 お母さま、私も牽制の(ジョークという)ジャブを放てるようになりました。

 シュシュッて、こうですよ。拳は軽く握るのです。

 東海林さん(ショージショージ)の影響か、深夜のボクシング中継をつらつら眺めるようになったのです。

 シュッ、シュッ、こんな風に、時折ボディへフックを振ってみるんだにぃ(曰く、輪島さん――の真似をする関根さん)。


「失礼を。藤枝先生の『池波●安』が頭に浮かびまして」

【逆です。池波先生の『藤枝●安』でしょう。確かによく「梅安(ばいあん)先生」と呼ばれます。実際、余暇に「仕掛け(※1)」もいたしますしね】

「……左様でございますか」


 梅安先生(擬き)が薄く微笑みました。

 イッツ池波ジョーク?

 御苑にいらっしゃったのは二人目です、「殺し屋さん(擬き)」。なんちゃって。



 いっとき、静謐な間が訪れます。

 マジックミラー越し、なんとなく二人、囁くような笑い声が漏れました。



 梅安さんが静かに咳ばらいをひとつ。


【先般、お見合いなるものをしましてね。恥ずかしながら不惑の身で、人生初体験でした】

「お見合いでございますか。このご時世で、なんか新鮮ですね」

【無碍に断ることも出来ない方のご紹介で】

「さぞ大物の『(つる)』なんでしょうね」※2

【つる……ははは、その通りです。もしや業界の方で?】


 豪快に笑います。


【しかしながら……お相手の女性(にょしょう)は素晴らしい方でした】

「よかったです」

【看護師さんなのです。出来過ぎな話ですが】

「お受けになったのですか?」

【いえ、ちよと色々ありまして、返事は保留ということに】

「一度受けた依頼は完遂しないとアレされちゃいますもんね」※3

【それは「仕掛け」の定法(じょうほう)ですよね?】



 三十路に差し掛かったバツイチの女性。

 黒髪に和服がさり気に似合う、眉の薄い清楚な美人(梅安:談)だったそうです。

 会話に聡く、出すぎず、常に柔らかい微笑を浮かべ、その場を心地よくさせるオーラが滲み出ていたのだとか。


【――お酒もほどほどに進み、よい心持ちになった頃合いで、食後のデザートが運ばれ――】

「ははあ、ゴールも間近ですね」

【なぜか「鯛焼き」でした。人形町の●屋だそうで】


 ああ、そういえばこの間、食みましたね。人形焼きを買い求めに行ったのに。


 ふいに、四角いお顔が曇りました。所謂、影が差すというのでしょうか。

 ひょっとすると、これが「仕事モード」なのかしら。

 どちらの「お仕事」か存じませんが。


 瘴気のようなモノをひとつ吐くと、低い声が漏れました。


【ほぼ同時のタイミングで、ひと口がぶりといきますと――】

「……」

【かの女人(にょにん)は、鯛焼きの「頭から」威勢よくガブッと】

「……はあ」

【私は、いつも「尻尾から」なのですよ】

「……なるほど・ザ」


 気の無い返しに納得がいかなかったものか。

 梅安がもどかしそうに、


【ひどくないですかっ? 「頭から」ですよ?! もはや「殺し屋」でしょう!】


 大層憤慨してらっしゃいますが――いらっしゃいますよね、こういうお人。

 殺し屋て……相手の女性も、「仕掛人」に言われたくはないでしょうよ。


「えーと……咎めちゃったのですか?」

【一度深呼吸して、必死に自分を抑えつつ問いますと――】


 女性は目をパチクリさせ、


【『あぅー本能で頭から「イク! イッチャうぅ!」のですぅー』って……どこぞのダメっ娘メイドみたいに、アニメ声で悶えました……】


 今・まさに・目の前で、そのアニメ声擬き(男)を聞かされたわたし。


 

 梅安は、素に戻っておりました。

 いつも滑らかな私の肌は、一瞬、羽毛を(むし)り取られた(にわとり)のようになり(=鳥肌)。

 しばらくの間、天井を眺めながらマントラを唱えました。


「それが、保留の一因で?」

【無論です】

「譲れないトコロですか」

【当然です】


 良縁を願う義務、私にはございません。

 お二人で話し合ったらいいでしょうよ。


「すべてが上手く合致するものでもないでしょう。相性、優先順位……不動産探しみたいなものでは?」

【そうかもしれませんが……】


 

 彼の主張に、私も出来得る限り耳を傾けてみました。


 正直、楽観していた私は――例え他愛ない話に思えても、実は底の底まで根が深く浸透している厄介な事もあるという事実を――思い知らされたのでございます。

 折り合う、ということが、これほど難しいなんて……。

 


「……申し訳ございません、お時間です。ゴッド・ブレス・ユー」

【ああ……こちらこそ、長々とすみませんでした】


 梅安は意外にも大人しく立ち上がり――

 寂しげに鳴く下駄を引き摺りながら、肌寒い街の薄闇へと消えて行きました。



 おこがましいとは存じますが……言い知れぬ敗北感が棘のように胸中へ残っただけでございました。




 

 ふと、自分はどちらから食むだろうか――脳内で再現しておりますと。

 塾帰りの爽太くんが裏口からやって来ました。


「お疲れ様です! 神幸さん!」


 眼鏡貴公子の快活な声が響きました。





 暫くの間、公会堂でのコンサートに纏わるアレコレで盛り上がりました。

 終幕後に爽太くんが撮った、各々方の写真を見ては赤面し、爆笑し、落ち込み――を繰り返し。

 仕舞いには、二度と御免だと苦々しくも思いつつ……。



 突然、問うてみました。

 貴方なら、「鯛焼きどこから食べるかな?」と。

 軽い気持ちで振ってしまいました。


 せーので、と念を押し――


「アタマ!」(私)

「気分で!」(爽太くん)


 これは…………微妙に一大事?

 いえいえ。私自身、特に拘りはありませんから。

 爽太くん正解! 気分でいいですよね。

 などと脳内で独りごち……。

 無言で見詰め合うと、恥ずかしくなるくらい、頭が熱を持ち始めたのでございます。


 幾らでも折り合えますよ。

 爽太くんとなら、きっと。いや多分……。

※1 『仕掛人・藤枝梅安』(池波正太郎)より。依頼を受けて、たれかのお命を頂戴します。梅安先生の武器は「はり」。

 「仕掛け」「仕掛人」は、池波先生の手による造語だそうで。

 『必殺シリーズ』のネタ元らしいです。

※2 同作における、殺人依頼を取りもつ「ブローカー」の隠語。元締めとも。

※3 受けた依頼を途中で断ると、アレされちゃいます。ご注意ください。

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