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特別なデイ

 お母様……再び晋三が目の前に座っております。電話の前に菓子折りを置いた(てい)で。

 くどいようですが、リオで「マリオ」に扮した「あの方」ではありません。


 ちなみに菓子折りは、家族全員大好きな「坂●のえびせん」のようです。

 ……なるほど、ということは……。


【……あのう、この間のことは、何とぞご内密に願いたく……】


 菓子折りをズイと前面に押し出し、晋三が恐縮(フリ?)します。

 内密なんて言葉、お前も知っているのですね。晋三のくせに。


「お客さん『ツイて』ますよ。私、前回も担当させていただいた者です。業態からして、守秘義務は当然あって然るべきです、心配ご無用です」


 私は、晋三が小さく安堵の溜息をつくのを見逃しませんでした。

 つまらんな……少しイジって差し上げましょうか。


「ただ――私が住職本人とはお考えになりませんでした?」

【ヒィッ?! いやそんな……ご住職はお忙しい方です。ここを兼務されるのは難しいかと……】


 そりゃそーだ。さすがに無理筋でしたか。



 晋三が本日選んだヴォイスは、「進路指導の体育専門教師(男性)」という――果てしなく不吉なボタンでした。

「イケナイ進路指導」でも期待しているのかい? ク●が。

 おいおい……こっちは前回初めて巻き込まれたばかりだっての、いきなりアクセル吹かさないでおくれ。


【綾女ちゃんにばったり会って、ここのこと教えてもらいました。直営だったんですね……】


 蒼ざめた顔を俯かせる晋三を見ていたら、嗜虐心がくすぐられます。


「お客さん『ツイて』ますよ。本日は『料金二倍デー』です。遠慮なく、もう一枚硬貨を投入しておくんなまし」

【え? それ「ツイて」るんですか?】


 過日の、高原のような清々しい空気とは真反対な、穢れたオーラが漂うターンとなりそうでございます。


☆☆☆


「お客さん、最近の『ツイてない』は――いや、進捗状況はどうです?」


 貴様相手に真面目に取り合う気にならぬよ。


【あ、あのう……そこ「お客さん」じゃなくて、「お前」って言っていただけますか?】

「ブフッ?!」


 てんめぇ……頓珍漢なフリはよせ。貴重なマウ●テンデューが無駄に減っちゃったじゃないの。


 お前、てか。どうすっかな……これでも一応「プロ」だからなあ(?)……。


「――お客さん、今日は『二倍デー』でね――」


 言い終わらぬうちに、晋三のヤツが神速で五百円硬貨を投入しました。

 お前はアホな子だ。

 こんなところで千円も散財して……。


 自分の振ったことといえ、健気(?)な彼の所作に思わず目が潤みました。憐れな……。

 この千円は、あとで私がきっちり供養してあげるからな。


☆☆☆


【進捗は……ないですね。以前の平和な日常に戻っただけです】


 ゆったりと背もたれに身を預け、晋三がぽそっと呟きました。

 ヘタレめ……。ますますつまらん。


「『お前』、童貞か?」

【ヒッ!】


 晋三が一本身震いをかまします。

 ……やりづらいな。何を言ってもご褒美になりそうで面白くない。



 ヤツが身をくねらせながら、


【……そもそもですね、始めからお話させていただきますと、なぜ僕がご住職にぃ――】

「いい、言わんでいい(興味ねンだよ)」

【そう仰らずに、聞いてくださいよぉ】

「ここから先は追加料金が必要に――」


 また神速で硬貨を投入!

 あっと思う間もなく。


 こいつアホだ! 

 自分で(あお)っておいて流石に慌てました、私。

 恐い……無事に閉店を迎えられる気がいたしません。どうしましょう、お母様——。


「そ、そんな明け透けに語っていいのか? 聞き手が誰なのか気にならんの?」


 一瞬止まった晋三。

 あ、という顔で、


【そういえば……どなたなんでしょうね。ご住職のお身内のハズは……×××ちゃん? なんてこと……まさか、ははは】


 なにが「まさか、ははは」じゃ。はなから除外済みか。

 リラックスしてんじゃねーよ。ネクタイ(いじ)る体で。

 

 ——その「×××ちゃん」だっつの。うわー、大声で教えてやりてええええええ。


 いや、いかんいかん、落ち着かねば。ヒッヒッフー。



「……用件は以上か?」

【え、まあ、そう……いうわけでも。もう少し付き合ってくださいよ、せっかく料金追加したのに】

「帰れ帰れ。すぐ帰れ」

【ええー ……少し詳しいお話も――】

「はいお疲れさん。南●阿弥陀仏!」

【あれ?!】


 プチっと切りました。

 また晋三は固まっております。


 前回は三十分このままだったのですよね……。

 うーん……。



 ……仕方なく、また受話器を手にいたしました。


「『お前』が帰らねーと、私も店じまいできねんだよっ! 『お前が』『お前が』『お前が』『お前が』『お前が』、『お・ま・え・が』帰らねーとなっ!!」


 あーほら、アニマルさんみたいになっちゃったじゃないの。

「気合いだッ!」って……。



 

 ……気が付くと。


 椅子は晋三から転げ落ち――もとい、晋三は椅子から転げ落ち、側臥(そくが)でビクンビクン痙攣しておりました。

 くたばったか。手間を掛けさせやがってよう。

 無意識にガッツ(の)ポーズ。


 額の汗を手の甲で拭い、長い息を吐いた私は――。

 気をやった晋三の処理をどうすべきか、ひとしきり立ち(すく)んで考え込んだのでございます。



☆☆☆



 本日の売り上げは、なかなかのものでしたよ、お母さま。晋三が大いに貢献してくれました。

 フロアは念入りに掃除しておきます。

 

※本話は、2021年10月に綴ったものであります。

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