ゆめのなか〜妹マリンのためにヒロト兄ちゃんがんばる〜
ヒロトは空中に浮いたままフワフワと森の中を前に進んでいました。
進みながら
「これって夢なんだろうなあ。ふつう夢の中でそんなこと気づかないけど」
と、そんなことを考えていました。
ヒロトの足下1メートルくらい下には道があってそれに沿って進んでいます。
別に下りて歩いてもいいのですが、せっかく浮くんですから浮いたほうが楽しいのです。
そうしてしばらく森の中を散歩していますと少し開けた場所に出て、道の先にヒロトのように浮いている女の子がいるのが見えました。
女の子はヒロトを見ると片手をぶんぶんとふって大声で呼びかけてきました。
「あーっ!やっと来たーっ!ヒロト兄ちゃんおっそーい!早く早くー!」
「ええーっ!?」
初めて会った女の子に名前を呼ばれてびっくりします。
ともかく『早く』と言われてしまったのでヒロトはフワフワなりに急いで女の子に近づきました。
「あのー、遅いとか早くとかって言われても別に君と約束とかしてないし。っていうか君一体だれなの?」
「私は『マリン』だよ!」
「えっ?君も『マリン』っていうの?僕の妹と同じ名前だ」
妹といっても産まれるのは来週の予定でまだお母さんのお腹の中にいるのですが。
でも産まれたら『マリン』って名前にすることはもう決まっていました。
「ちがうよ!同じ名前なんじゃなくて私が妹のマリンなんだよ!」
「ええー?妹はまだ産まれてないし。産まれたとしても赤ちゃんだよね。君は僕と同じ10才くらいじゃないの?」
「赤ちゃんのままじゃ動きにくいし、おしゃべりもできないでしょ。だからヒロト兄ちゃんと同じ10才の姿にしたんだよ」
「そんなことできるの?」
「ここは夢の中だし!」
「……そっかー」
なんとなくヒロトはマリンは本当のことを言ってると信じることができました。
堂々と胸を張って断言するマリンの表情や態度がいとこのミナとそっくりだったせいもあるかもしれません。
「そんなことよりヒロト兄ちゃん、私今とっても困ってるの。助けてほしいの」
「え?何があったの?」
「えーとね、私はこの道の先にある洞窟をくぐりぬけなきゃいけないんだけど」
ところが洞窟の入り口前で1頭の大きな動物が通せんぼをして洞窟に入れなくて困っているというのです。
「もうねー、近づくと『がおーっ!』って吠えたり、『おまえなんかこっち来るなー!来たらかみついてやるぞー!』って怒鳴ったりするから怖くて近づけないの。でね、私が離れると『ヒロトー、ヒロトー、うわあああん』って泣き出すからヒロト兄ちゃんの知ってる子だと思うんだ。だからヒロト兄ちゃんから通せんぼをしないように説得してほしいの」
「う〜ん、僕の知ってる動物?ジョリーかな?」
ジョリーは近所の飼い犬でヒロトにとてもなついています。
「ジョリーなら説得できるかもしれないからやってみるよ」
「ありがとー!」
「あ、ところでその洞窟に入れないとマリンは何が困るの?」
「洞窟をくぐり抜けないと私は産まれることができなくなっちゃうの」
「ええーっ!?何がなんでも説得しなきゃ!さっそく行こう!」
2人は洞窟に向かってフワフワと進んで行きました。
◇◆◇
「あ、いたいた。ヒロト兄ちゃん、あの子が通せんぼしてるの」
マリンが指差す先には大きな動物がいました。こちらにお尻を向けてうずくまっているようです。
「そっかー、あの子が……あれ?なんかこう……」
ヒロトはその動物見て違和感を持ちましたが理由はすぐに解りました。
「大きい!ぜったいジョリーじゃない!この子が言ってたヒロトって僕と違う人じゃないの!?」
その動物は象ほども大きかったのです。
肩や背中も筋肉モリモリで絶対に犬ではありません。
すると2人に気付いた動物が立ち上がりながら振り返りました。
そしてそのライオンに似た怖い顔が見えた瞬間、その動物が泣き叫びだしました。
「うわあああああん!ヒロトだあああああ!」
やっぱりヒロト本人のことで間違いなかったようです。
しかしヒロトにはこんな巨大な動物に知り合いはいません。
「ヒロトー!オレを捨てないでー!」
「捨てないよ!?それ以前に君を飼ってないよ!?君どこの子なの?」
しかし動物は『お終いなんだあー!』『捨てられるんだー!』と泣きわめき続けます。
「10年一緒にいたのにー!」
「10年前って僕まだ赤ちゃんじゃん……ん?もしかして君『ラオ』なの?」
「そうだよー!なんでわかんないんだよー!」
「分かるわけないよ!?夢の中だからって変わり過ぎだよ!」
ラオはライオンに似たぬいぐるみです。
ヒロトもお母さんもアレルギーがあるのでぬいぐるみなどは持っていなかったのですが
「このぬいぐるみなら大丈夫だ!アレルゲンを寄せ付けずそれでいて人体には無害!丸洗いオーケーで衛生維持可能!この私が開発した新素材でできているのだ!これをヒロト君にあげよう!」
と近所の発明家の塩辻さんが赤ちゃんだったヒロトにプレゼントしてくれたのです。
お母さんによるとラオが原因でアレルギー症状が出たことは一回もないそうです。
もちろん現実のラオはぬいぐるみらしくコロンとしていて目の前にいる本物の獣のような感じはしませんし、そもそもこんなに大きくありません。
「うわあああああん!そいつが来るから俺を捨てるんだー!」
ラオは前脚でマリンを指して泣きわめきます。
「マリンが産まれるからって何でラオを捨てることになるの!?」
「サヨナラなんだ~!」
「だから違うって……ん?『サヨナラ?』」
ヒロトは昨日お母さんが部屋に来たときに棚の上に置かれたラオを見て
「マリンが産まれたら、いよいよラオもその棚の上からサヨナラね」
と言っていたことを思い出しました。
「ラオ!君はかんちがいしてるよ!昨日お母さんが言ったのは『棚の上からマリンのところへ行く』って意味だったんだよ!僕の家にいるのは変わらないよ!」
ヒロトが大きくなるとラオと遊んだり一緒に寝たりすることはなくなり、ラオはずっと棚の定位置に飾られていました。
もちろん埃を払ったり洗ったりして奇麗にはしていましたけど。
ところが、今度妹が産まれることになったので
『このままここに飾られてるよりも新しく産まれてくる妹にプレゼントしたらどうだろう』
とヒロトは考えたのです。
お母さんもお父さんもこの考えには賛成してくれました。
「その子のところへ行く?捨てるんじゃなくて?」
泣き止んだラオが聞き返してきます。
「そうだよ!昔の僕みたいにいーっぱい遊んでくれるよ!ねっ!マリン」
「もちろんだよ!たくさん遊んであげるのは飼い主の義務だからねっ!」
ヒロトの問いかけにマリンは胸を張って大威張りで答えます。
「……わかった。通せんぼやめる」
ラオがそう言うとポヒュンと身体が元のぬいぐるみになりました。
どうやら『ぜったいそいつをとおさないぞー』という思いがラオの体を大きくしてしまっていたようです。
今までラオの身体で隠れていた洞窟の入口がその向こうに見えます。
洞窟なのにその中は光で溢れていました。
「ヒロト兄ちゃん、ありがとね」
「どーいたしまして」
ヒロトにお礼を言ってマリンはフワフワと洞窟に向かいます。
途中ラオの所まで来るとラオが
「ごめん」
と言ったので、マリンは一度ストンと地面に降りて
「気にしなーい、気にしなーい」
とラオの頭をなでてから再びフワリと浮かんで洞窟に進みました。
マリンは洞窟の入口前で振り返り
「じゃあねー、ヒロト兄ちゃーん!ラオー!来週産まれたらいっぱい遊んであげるからねー!」
と言って光の中へ入っていきました。
「……どっちかって言うと僕の方が『遊んであげる』側だと思うんだけど」
ヒロトがそう呟いたところで目の前が暗くなります。
目覚めの時間が来たのでした。
◇◆◇
それから5年が過ぎました。
あの夢を見た翌週に予定通り真鈴は誕生して元気に育っています。
「ただいまー」
「おかえりー!」
大翔が中学校から帰ってくると、ちょうど大きなリュックを背負った真鈴が玄関から出てくるところでした。
「真鈴、お出かけかい?」
「うん、アスミちゃんのとこ!」
「今日はラオも連れて行くのかな?」
「そうだよ。きょうはラオもおでかけー」
真鈴はたまにお出かけ先にラオを連れていくことがありました。
背中の大きなリュックにはラオが入っているのです。
「ラオとよく遊んでくれてるねー」
「うん、だっていったじゃない。たくさんあそんであげるのはかいぬしのぎむだからね!って」
「……えっ!?」
「じゃあいってきまーす!」
「え、あ、真鈴、ちょっと待って」
もしかして覚えてるの!?
そう聞こうとした大翔は――
「待って真鈴!走らないで!危ないから!交差点で止まってー!そうっ、偉い、よく止まった!はいっ、そこで右を見てー、左を見てー、手を上げてー、よーし、ってダッシュしなあああい!ちょっと、僕が行くまで待ってえええっ!」
――とりあえず夢の話より真鈴の交通安全を優先したのでした。




