捨てられた少年、魔人の溺愛を頂いたようです
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
お久しぶりです。9月最初は短編を投稿します。
今後は月に1作品以上、投稿することを目指します!
魔法が当たり前じゃない世界で産まれれば良かった、そう思ったのは幾度目か。
「本当に、何で魔力すら持ってないのかしら」
「一生ああやって、地べたに這いつくばるんでしょうね」
「オマケにろくな知識も無いし、さすが“無能少年”だな」
遠くから聞こえる、客人や他の貴族からの陰口。聞こえないフリをして、今日も貴族令息は生きるために、使用人のように掃除をする。
この世界の人々は、産まれた瞬間に魔力を持つ。ところがスティモス伯爵の息子ライモンド・スティモスは、産まれた瞬間から魔力が無く、今も簡単な魔法すら使えなかった。色々手は尽くしたが、原因も分からなければ改善の余地も無い。彼に失望した伯爵夫妻はライモンドを屋敷に閉じ込め、雑用を押しつけるようになった。
だが、分かってはいたのだ。既に居場所など無いことに。
彼が15歳になった夜、誰も祝いの言葉をかけない1日の最後、彼は父のスティモス伯爵に呼ばれた。言われたとおりに裏口に来て「どうしましたか」と口を開いた瞬間、ライモンドの口が複数の手で強引に塞がれた。
「ん!?ん・・・んーっ!?」
何かに襲われているなど、すぐに分かった。だが伯爵は見慣れぬ男と話しており、ライモンドのことなど見て見ぬフリだ。口に縄を巻かれて声も出せず、手足も拘束されて抵抗できないまま、箱に押し込められた。その箱は、オンボロな馬車の荷台に乗せられる。
「いやぁ、あんな奴がこれほどで売れるとは。後は頼みますよ、世間には事故死ということにしておきますので」
「こんなに綺麗な若い男、かなり高値で売れそうですな。良い男娼館でも紹介してやりたいよ、まぁそれより物好きな金持ちが買うかな」
向こうでの父と男の会話を聞いて確信した。彼らは奴隷商で、自分をどこかに売り飛ばすのだと。人身売買は国で違法とされているが、良い金稼ぎとして手を出す輩も少なくない。両親も遂に、その手を汚してしまったのだ。
ライモンドはただ泣いた、嗚咽も漏らせないほど強く縛られても。だが次第に、これが自分の末路だと受け入れるようになってしまう。
(ずっと役立たずで、魔力すら無い息子なんて・・・いらないよね。今まで我慢して、15歳まで育ててくれたんだ。この扱いも仕方ないよね・・・)
ライモンドの思っていることなど露知らず、馬車を動かす男達は、何やらギャアギャアと言い合っている。どうやら近道のため、森を突っ切ろうというのだ。
「おいおい、そっちは魔物がいるとか言われてるぞ?襲われたらどうすんだよ。俺らの魔法じゃ太刀打ちできねぇし、商品に傷が付くかもしれねぇだろ」
「予定時刻より、かなり遅れてるんだ。夜中の内に仕事をしねぇと、告発される可能性が高い。オマケにコイツは今までの仕事より報酬が上手い。絶対に失敗しちゃならねぇんだよ」
馬車は次第に、闇深い森に入っていく。報酬と保身のために、駆け足で進む犯罪まみれの馬車。道は悪いが、一向に魔物は見受けられない。
「ほれ見ろ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとか言うだろ。危険冒さねぇと利益なんか得られねぇっての」
「ま、俺達はやってること自体が犯罪だけどな」
ギャハハと汚い笑いが森に響いた・・・その瞬間だ。
「魔物と比べ物にならんほど、薄汚れた心の奴らだな」
低い声が周囲に轟き、荷台に突如何者かが飛び乗ってくる。いや、その衝撃で荷台を破壊したのだ!ライモンドの入る箱は、その衝撃で横に倒れた。
「な、何だお前!?」
「って、オイ!目の前に急に魔物が!!?」
突然男達の進む方向に、狼の魔物の群れが現れた。ふぅと荷台に乗った人物が、口を開く。月を背にした人物は魔人(人型の魔物)なのだろうか。右目側は青黒く変色しており、光と同じくらい希少な「闇」の魔力が大量に醸されている。その証拠に両手からは、闇の魔力特有の黒いオーラが出ているのだから。
「ここは俺達、魔物の領域だ。犯罪で侵入した者に容赦はしない」
魔人の警告や狼たちの威圧したうなり声に混乱したのか、馬は急に跳躍して、荷台と分離した。そのまま走り去ろうとする馬に「ま、待てぇ!」と男達は飛び乗り、荷台そっちのけで逃げていくのだった。追うのも阿呆らしい、愚かな強盗かと睨んだ魔人は、荷台に乱雑に散らばる箱を1つずつ確認していく。やがて・・・彼はライモンドが押し込められる箱を開けた。
「なっ、人間・・・!?」
すぐさま拘束を解くが、全身が震えて嗚咽を出すライモンドは、会話すらままならない状態だ。魔物や魔人を目の前にして、ここで殺されると怯えているのだろう。この世には、人食いの魔物だって多くいるのだから。だが彼らは、ライモンドに攻撃はしなかった。
「ここにいては危ないな。俺の屋敷に行こう。失敬するが、耐えてくれ」
「・・・っ」
魔人はそう言うと、自らが羽織っていたマントを破り、ライモンドの腰辺りを包んで軽々と抱き抱える。突然のことに驚くライモンドだが、何か言葉を紡げるほど、心も口も回復していなかった。分かるのは、魔人の体の感触。そしてその温かさ。初めて他人から優しくされた気がして、涙が止まらない。安心感からか、そのまま意識を手放してしまう。
流れた涙が魔人の体に落ちれば、彼から放たれていた黒いオーラが、ボンヤリと淡くなっていく。
「なっ、コイツ・・・俺の闇の魔力を打ち消した?しかも、闇の魔力を受けても何ともない・・・?」
黒いオーラがライモンドに触れては、蝕むどころか消えていく。魔人は驚いた表情で、腕の中で眠る彼を見つめるのだった。
●
「・・・ん、ぅう」
ライモンドが目覚めたのは、柔らかいベッド。「目覚めたか」と、助けてくれた魔人が覗き込んできた。明るい部屋で見れば、顔の変色や蒼い瞳がハッキリ見える。人と人外の中間点のような姿に、ライモンドはただ目を丸くする。
「え、あ・・・」
「喋れそうか?いや、その前に何か食事か」
人ならざる見た目と高圧的な雰囲気に反して、魔人は世話好きだった。従者らしき魔物がこちらがやると言っても、自分でやると言って、甲斐甲斐しく手入れをする。腹が減っただろうと食事を出し、衣服が汚れているからと風呂と着替えを用意して。数時間もすれば、ライモンドの身なりはすっかり綺麗になっていた。
「俺はダク、世間で言う魔人だ」
ヴァステル王国の国境付近には、どこの国にも属さない魔物の住処がある。その一例がこの森だ。基本人は住まないし、入ることもない。昨夜の特殊な事例を除けば。だからこんな森に屋敷があることも、彼のような魔人の存在も知らなかった。
ダクは基本、この森で静かに暮らしている。人や周辺国を襲うことなど考えていない、同時にこの森を理不尽に荒らす輩も許さない。特に犯罪や悪事の温床になるのを嫌うため、時々深夜の巡回をしているという。ライモンドを助けたのも、その巡回の時だった。共に巡回した狼の魔物を撫でつつ、ダクは話を続ける。
「箱に押し込められたお前を見た時は驚いた。縛られていたのを見た感じ、誘拐されたのか?だったら家まで送る。何処の家の奴だ?」
「ぼ、僕は・・・」
本当のことを言うか迷った。あの家から売られた以上、もう名前すら無いと思っているのだから。昨夜会ったばかりで助けてくれた人に打ち明けるのも、なんとなく気が重い。それでも良い方法が見つからず、結局全てを洗いざらいに話すしかなかった。
「・・・ライモンド・スティモス、スティモス伯爵家の者でした」
「でした?」
「売られたんです、魔力が無ければ魔法も使えない無能だから。だから僕には、帰る場所はありません」
奴隷商に売りに出されたのだ。捨てられたことなど、容易く理解できる。ギュッと拳を強く握りしめた。助けてくれた人に何も出来ない自分だと、存在価値のない自分だと、改めて突きつけられたのだから。助けられた恩も返せない、金も後ろ盾もない、そんな自分をどうするのだろう。やはり、食い殺すしか・・・?
強く思いすぎたのか、無意識に悔し涙が溢れ出す。ダクはそっと、その涙を拭う。久しぶりの人の手は、少しゴワゴワしているが温かかった。
「・・・色々あったんだな。なら、落ち着くまでここで暮らせ」
「えっ」
「何もしなくて良い、それが嫌なら色々手伝ってくれ」
「え・・・え・・・?」
「ライモンドというのも言いにくいな、ここにいる間は“ライ”という呼ぼう」
ダクに勝手に決めてられていくというのに、ライモンドは止める気が起きない。むしろ嬉しかった、ここで生きることを前向きに認めてくれたのだから。だが何故、自分にここまでしてくれるのか。ただの善意とは思えない、彼にも利点があるのだろうか。
「その顔、どうしてここまでするのかに驚いてるな」
まるで全てお見通しだと言うように、ニヤリと笑うダク。ふと窓際に飾ってある花を、1輪だけ摘まむ。刹那、右手から溢れる黒いオーラにより、花はドンドンしおれてしまう。
「俺は“闇”の魔力を持っている。自ら制御できないほど、な。色々魔力の拘束具で調節はしているが、それでも常に出てしまっているんだ。さっきの花みたく、触れたモノを弱らせてしまう。同じ闇の魔力を持つ奴なら、そこまでじゃないんだけど」
闇の力は光と対照的で、主に破壊や腐敗といった死に関連するモノが多い。近くにいるだけで生命力が吸われ、触れたモノを傷つける程に。オマケに魔物が多く持っているため、使い手は嫌悪される対象だった。確かにダクの体は、魔力抑制の包帯を両腕に巻いており、手首足首には鎖付きの枷が付けている。これまでしても手から溢れているとは、どれだけ強い力なのだろう。
「でもさっき、お前の頬に触れても、何も無かっただろ?」
「・・・あ」
ふと思い出した。確かに彼はその手で、自分の涙を拭ってくれたのだ。だが肌には全く痛みはなかったし、変わった様子も無い。まるで恋人のように慰められたと気付き、突然顔が赤くなるが。
「おそらくだが、ライには闇の魔力への耐性がある。全身に浄化の力があるんだろうな。その証拠に昨夜、俺が触れたにお前の体は、この黒いオーラを打ち消したんだ」
「で、でも僕、魔力を持ってないって」
「従来の魔力測定では測れないんだろうな。あくまで耐性だから」
都では闇の魔力はタブーとされており、話題に出すことも禁じられている。だからこの耐性が分からなかったのだろう。新たな魔法の種類か、何かの突然変異か、色々可能性はあるそうだ。
「この屋敷にいるのは、本当に最低限で。こんなデカい屋敷を限られた奴らで管理するの、スッゲえ苦労してたんだ。お前さえ良ければ、一緒に暮らしてくれないか?色々面倒は見るから」
生まれて初めて、自分の存在を肯定されたのだ。ようやく誰かの為になれる、存在価値のある自分になれる。ダクはライモンドの頭を撫でると、彼はまた泣きそうになる。
「あっ、す、すまない。急に詰め寄りすぎたか・・・」
「ち、違います・・・スッゴく、嬉しくて」
ライにとっては、やっと居場所が見つかったのだから。泣きながら笑うライを見て、ダクは初めて心の底から安心した。
「僕、役に立てるなら、ずっといます!ダクさん、いえダク様、お願いします・・・!!」
「あ、ありがとうな。普通に名前呼びで良いって」
○
それからライモンド、もといライは、ダクの屋敷にて暮らすようになった。流石に何もしないのは悪いと思ったので、色々なことを手伝うようになる。ここにいる従者らしき魔物にはなかなか慣れなかったが、共に作業すれば打ち解けていく。
だがそれ以上に、ダクはライの世話を焼いていた。食事や散歩はおろか、風呂も一緒に入り、同じベッドで休む。使えそうな部屋がないからと説明されたが、あまりにも近い距離にはなかなか馴染めない。まるで本当の家族のように、愛されているのは嬉しいのだが・・・。
(そんなに一緒にいられるのが嬉しいのかな。でも、なんとなく気持ちは分かるかも)
今まで距離を取られていたのが当たり前だったライ。仕方ないと受け入れつつ、こうして誰かに深く愛されたかったのかもしれない。だが本当に、自分がその役割になれているのか自信が無い。ただ闇の魔力への耐性があるだけで、いつも彼に助けてもらってばかりだから。
オマケに彼は魔人、自分は人間。色々考えや価値観が違うに決まってる。今後も、彼と上手くやっていけるだろうか・・・。
そんなコトを思いつつ、半年が過ぎた。夜になり部屋に戻ろうとするライは、ダクと執事(おそらく猪の魔物)がバルコニーで会話しているのを見つけた。何を話しているのかな、と軽い気持ちでこっそり覗き見る。
「いやぁ、ダク様にも遂に心を開ける人間が現れるとは。貴方をずっと見ている私としては、嬉しい限りでございます」
「そ、そうか?」
「えぇ、あんなに楽しそうなダク様を見るのは、旦那様がご存命の頃以来でしたから。やはり大切なお方の存在は、大切ですよね」
そうか、とぶっきらぼうな返事だが、その魔人の顔は赤い。おそらく図星を付かれたのだろう。
「やはりダク様は、人間と関わることが落ち着くのでしょう。何せ貴方様は“この森に残された人間”でしたから」
えっ、と間抜けな声が出た。ダクは・・・魔人ではなく、人間?驚いたあまりに周りが見えず、うっかり近くの花瓶を落としそうになる。幸い花瓶は無事だったが、その時にドタバタ音を立てすぎたようで。振り向いたダクと、目が合ってしまった。
「・・・ライ?」
「あっ・・・」
やってしまったと立ちすくむライに、どうしたのかとダクは歩み寄る。事情を知らぬ執事はキョトンとしつつも、2人で会話させようと、軽く会釈をして去って行った。ライもどうにか逃げようと思ったが、がっしり肩を掴まれてしまった以上、観念して彼と向き合うしかない。しかし何を言えば良いのかも分からずに、ただ視線をそらすばかり。
「さっきの話、聞いてたのか」
「・・・はい」
隠すつもりだったんだけどなぁ、と顔は笑っているが、その蒼い瞳はどこか遠くを向いている。ライモンドに聞かせてなかったということは、やはり知られたくないことなのだろう。ダクはバルコニーの手すりにもたれかかる。夜風が気持ちよく肌を撫でていき、少し落ち着いたのだろうか。彼はポツリポツリと、過去を語り始めた。
「俺の本名はダクラス・アンディオ、ヴァステル王国でそれなりに名家のアンディオ公爵家で産まれたんだ。この強大すぎる闇の力を持ってな」
彼は産まれた瞬間、その闇の魔力で母親を呪い殺した。オマケに闇の魔力で蝕まれ、顔には醜いアザが残る。父親からは完全に忌み子扱いされつつも、嫡男のため周囲は必死にその闇の力を取り払おうとしていた。だが全ては無駄足に終わり、第二夫人との間に子供が出来た瞬間、ダクは用済みになった。5歳の頃、この森に置き去りにされたところ・・・本当の魔人と出会った。
「おそらく向こうも闇の力欲しさだったんだろうけど、本当の息子のように可愛がってもらってさ。魔力の使い方とかこの森での過ごし方とか、人間との関わり方を教えてもらったんだ。
俺もようやく、愛せる家族が出来た気がして、嬉しかった」
僕と同じだったんだ、とライは知った。ここに捨てられ拾われて、新たな名を与えられた。そしてここで生きる意味を与えられたのだと。
「俺が18になった時、その魔神は息を引き取ったんだ。これからはお前がこの森の魔物を統括しろ、って遺言を残してさ」
その遺言に従い、ダクは自らを魔人と名乗るようになった。元々人間らしからぬ闇の力を持っていたのだ、偽るのは容易かった。魔物達も幼い頃からどっちつかずの彼を受け入れていたため、良い関係を築けていた。こうして数年が過ぎた頃、ダクはライモンドに出会う。
「最初は驚いて、どうすべきか迷った。でも・・・何だか、放っておけなかったんだよな。昔の俺を見つけたようだったからさ」
何も出来ない自分を受け入れてくれて、生きる場所を与えてくれて。普通とは大きく外れているが、こうして生きている。そんな似た者同士。
「俺はお前に出会えて良かったよ」
そう言って、ダクはライの頭を優しく撫でる。この半年で随分と慣れてしまったが、まだ撫でられるのは恥ずかしい。しかし同時に安心するのだ。彼に愛されているのだと実感出来て、幸福感に満ち溢れるから。
「・・・僕もです。もっと、貴方の隣にいさせてください」
改めて言うと恥ずかしい、ライはそう言った後にどんどん顔を赤くしていく。ダクはその様子を見て、ニコニコと笑いながら、さらに頭を撫でるのだった。
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それからは、静かに時が過ぎた。
スティモス伯爵が奴隷商に手を出したのが公になり、伯爵家の信頼はガタ落ちになったこと。アンディオ公爵の後妻の子は愚息で、公爵家の金をほぼほぼ浪費してしまったこと。
そんな事態など知らずに、魔物の森にて2人は幸せに暮らしていた。
「あ、あの、ダクさん。この体勢、本当に回復するんですか?ベッドにいった方が・・・」
午後の休憩時間、森の侵入者撃退で体力を使い果たしたダク。疲れたからと、今はライの膝枕で横になっていた。
「ん?それって、そういう意味か?」
「へ?・・・あ、いえ、そういうわけでは!!」
少し遠くで執事が「他者の前で何をおっしゃってるんですか」と、呆れ顔で言う。ダクは軽く笑って、悪い悪いと返した。
「俺としても、ライの膝は落ち着くな。柔らかくて、温かくて」
「・・・よ、喜んでくださるのなら、嬉しいです」
家族以上、恋人未満と言ったところだなぁ。過程をすっ飛ばしたことで自覚無しに惚気る2人を見つめつつ、執事はティーブレイクの準備をするのだった。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
次回作は上中下の小説になる予定です。まだまだ作成中ですが。