四・当たり前の結果と、乱入
アリシアが王太子エドガーに呼び止められた翌日、選考会初日と同じように令嬢たちは一つの部屋に集められた。そこには国王夫妻と王太子、宰相、そして初日とは違って各大臣が揃っている。更に護衛騎士たちも令嬢たちの後ろに控えており、初日より随分物々しかった。
前日に王太子妃決定を知らされたアリシア以外の令嬢たちも、王太子妃が正式に決まったことを悟った。ある人はつまらなそうな雰囲気を隠して、ある人はまだ諦めていない瞳で、ある人は緊張して、そしてアリシアだけは心の底から楽しそうに笑って国王の言葉を待った。
「さて、ここに集められた時点で皆はもう察しがついていることだろうから、単刀直入に言おう。我が息子、王太子エドガーの妃が決定した。どんな結果になろうとも、心穏やかに聞いてほしい」
単刀直入と言った割に回りくどいなと思いつつも、アリシアはにこにこしながら国王の話を聞いた。そんなアリシアの隣に座っているニアは、唇を噛んでぎゅっと胸の前で手を握っている。本当に感情豊かで可愛らしい人だとアリシアは感心した。……それと同時にほんの少しだけ憐れにも思った。貴族でなければ、この愛らしさはただの魅力であっただろうに。
「ニア・クニクルス伯爵令嬢、君に決定した。このまま王城に留まり王太子妃としての教育を受け、エドガーを支え、次期王妃として励んでほしい」
ざわ、と、声でなく音でもない衝撃のようなものが走る。分かり切っていたことだろうと白けた目をしながら祝福を言いながら拍手をする令嬢もいれば、信じられないという目線をニアに向けてしまう令嬢もいた。アリシアは初めから聞かされていたので、なんのことはない。しかし意外にも一番に驚いて動揺したのはニアだった。
「……ぇ、ほ、本当に? 本当に、私でいいんですか!? 私、だってまだ、私に足りないものが何か分かっていないのに……!」
自信がないのは仕方がないとはいえ、この雰囲気でよくそんなこと言えるものだ。やはりニアは肝が太いとアリシアは頷いた。“知らない”“分からない”など、貴族としては恥でしかない。知らなくても知ったふりをして、分かっていなくても分かった体で押し通す。それがこの国の貴族のやり方だ。無知はそれだけで付け入られる隙を与えてしまう。そんなことも理解していないのかと、大臣の一人がぴくりと眉を動かした。
そんな風に初日とは別の意味で凍った空気を壊したのは、王妃だった。
「ニア嬢、確かに貴女はまだ若く未熟です。ですが、ただ早熟であればよいという話でもありません。そして、国を守るということは一朝一夕で理解できることでもありませんし、どんなに最良の選択をしたと思ってもそうでないこともあります。分からぬことは、これからエドガーと共に学んでいきなさい。エドガーもその覚悟を持っているからこそ、貴女を選んだのだから」
「王妃殿下……! はい、私、頑張ります!」
ニアは涙ぐみながら、力強く頷いた。王妃もそれを見て頷き返す。もしかすると、王妃は若い頃の自身をニアに重ねているのかもしれない。これからのニアがするであろう苦労を、先に知っている者として厳しくも優しげな目をしていた。
そんな二人に場の雰囲気が和らぐ。……しかしアリシアは、この後に起こるであろう騒動を思うと色々と複雑な思いだった。そして、そんなアリシアの思いなど知らないエドガーが席を立ち、ニアの前に跪く。端の方で誰かが「きゃあ」と小さく可愛らしい悲鳴をあげた。
「ニア、この先のどんな苦難も君となら乗り越えていけると思うんだ。私の妃になってくれるね?」
「はい、エドガー様……! 私でよければ喜んで!」
わ、と拍手が鳴る。寄り添う二人は、夢物語の王子様とお姫様のようだ。ここが絵本の世界なら、二人は幸せに暮らしましためでたしめでたし、で終わるのだがとアリシアはほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。ちらりと後ろを振り返ると、ダリルも似たような表情をしていた。
「皆、ありがとう。選考会への参加にも感謝するよ。そして、ここにいる皆に、聞いてほしいことがあるんだ。父上と母上にも聞いていただきたい」
「ふむ、言ってみなさい」
国王は父親の顔で、エドガーに続きを促した。息子が愛する人と婚約を決めたのだ、やはり親としては嬉しいのだろう。……その息子がこれからとんでもないことを言い出すとも知らずに。そう考えると、アリシアは国王に同情してしまいそうになった。
「私は正妃としてニアを選びました。彼女の優しさが、私にとって必要だからです。しかし、国にとって必要な女性がもう一人必要なのだと思うのです。それが、アリシア・ゲネシス公爵令嬢でした」
「……エドガー、何を言っている?」
「ええ、ですから父上。私は、アリシア・ゲネシス公爵令嬢を側妃として迎えたいと考えております」
今度こそ、室内は本当にざわついた。大臣たちは隣にいる人と耳打ちを始め、令嬢と護衛騎士たちは小さくしかしはっきりと「何てことを」だの「信じられない」だのと言い合っている。国王夫妻はこれでもかと目を見開いていたが、アリシアのいる場所からはニアの表情は読み取れなかった。しかしエドガーはまだ言葉を重ねる。
「皆が混乱するのも分かる。しかし前例はいくらでもあることだ。私は二人の手助けを受け、この国をもっとより良いものにしていくと――」
「エドガー、もう一度聞くぞ。何を、言っている?」
ついさっきまで父親の顔をしていた国王の顔には、もう表情は乗っていなかった。それでも聞き間違いだと思いたいのだろう。痛いくらいの動揺が、この部屋にいる全ての人に伝わっていた。そうだというのに、エドガーは首を傾げるだけで自身の父の苦悩を知ろうともしない。
「何と言われましても、言葉の通りです。父上も母上も、ニアではやはり不安だと再三仰っていたではありませんか。その点、アリシア嬢ならば全ての問題がクリアします。しかし、私が愛しているのはニアだけだ。ですから――」
その後もエドガーは説明を続けたが、国王は絶句するばかりだった。王妃も同じで、顔を青ざめさせながら口を塞いでいる。
本来であれば国王夫妻はこの程度のトラブルの事後処理を考えるだけの能力を持ち合わせているのだろうに、さすがに息子が晴れの日にこんなことを言い出すなんて酷いショックにすぐには立ち直れないらしい。アリシアはその姿を目に焼き付けながら、反面教師としようと誓った。
「それに、アリシア嬢には昨日の内に側妃の打診をしています。臣下としてこの国に長く仕えるゲネシス公爵家の娘が打診を断る訳がない、彼女としても本望なはずです。そうだね、アリシア嬢」
エドガーがアリシアの方に振り向く。同時にニア以外の全ての視線が、アリシアに集まった。アリシアは物怖じせずに、にこりと美しく微笑む。
「結論から申し上げます、わたくしは側妃にはなりません」
「えっ」
エドガーは、本当にアリシアのこの答えを予想していなかったらしい。やはり彼は昨日、ダリルが言った通りに頭が悪いようだ。
「昨日、王太子殿下より申し出を受けましたので、その旨、既に父に伝えております。父は『お受けすることはまかりならない』と」
部屋のどこかで「当然だろう」と誰かが呟いた。そう、少し考えたら分かることだ。権力を持つ公爵家の娘が、どうして側妃としてへりくだってまで王族に仕えるというのか。それ程のうまみなど、どこにもありはしないのだ。そうだというのに、エドガーは眉間に皺を寄せる始末。アリシアはもう我慢が出来ずにくすりと笑ってしまった。
「どういうことだ、アリシア嬢。ゲネシス公爵は何を考えて――」
「黙れ、エドガー」
国王が、目線を伏せたままで立ち上がった。
「皆、騒がせたな。これにて選考会は終了とする。令嬢たちは護衛騎士と文官たちの指示に従って自宅へ戻るよう手続きを」
「お待ちください、父上。これは次期王権に関わることです。ゲネシス公爵家にはきちんと話を通さなければ、そうだ、今から公爵を呼び出して――」
「その必要はございませんわ、もう既に呼んでおりますもの」
次の瞬間、示し合わせたように部屋の扉が開いた。先触もなかったが、入ってきたその人の無作法を咎められる人間はこの室内にはいない。
「知らせもなく失礼いたします。しかし火急の用件でございますので、ご容赦ください」
「……ゲネシス卿」
「国王陛下ならびに王妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じ上げる。お忙しいところ大変心苦しいのですが、お話が、今後のことで」
アリシアはほんの少し冷や汗をかきながら、自身の父の背中を見つめた。あんなに怒っているところを見るのは久しぶりだ。国王もその怒気に圧倒されてしまっている。いや、国王だけでなく、この空間にいる誰もがそうだ。護衛騎士たちでさえ、剣の柄に手を置けている者は少ない。
そんな中、勇敢にも、いや無謀にもエドガーは声を上げた。
「ゲ、ゲネシス公爵! いくら貴方が公爵であっても王族の前で無礼では――」
「黙れ、小僧!」
「ひっ」
ゲネシス公爵のひと睨みで、エドガーは竦みあがった。尻餅をつかなかっただけましだろうが、それでも滑稽な姿である。アリシアは先程までの楽しい気分など思い出せないくらいには同情をしてしまった。
アリシアの父、ゲネシス公爵はその容姿に特別な威圧感がある人物だ。特に武功があるわけでもなく、本人も剣よりペンが好きだと言って憚らないが、とにかく顔が怖い。体だって天賦のもので、そう鍛えてもいないのに大きくて筋肉質。さすがに本職には敵わないだろうが、社交界でダンスのステップばかりを気にしているような貴族たちの中ではどうしても異質だ。そんな人がいきなりにすごんでくれば、誰だって悲鳴くらいあげたくもなるだろう。
しかし、この状況を打破できる人間は、やはりいない。この国において、最高の地位を持つ国王夫妻でさえゲネシス公爵を諌められないのだ。自身が父を呼んだとはいえ、アリシアは本当の本当に心からこの場に居合わせた人々を憐れんだ。
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