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三・魔法剣への誓いとは

「本日で最後のようですし、少しお話ししませんか?」



 アリシアはそう言ってダリルを部屋に引き入れた。護衛騎士は休養中の令嬢たちの部屋にはあまり立ち入らない。入室が禁止されている訳ではないが、しかし推奨されている訳でもない。今朝のように次の護衛の時間が迫っている時や何か理由があれば問題ないが、そうでない時には室外での護衛を行うものなのだ。付かず離れず適切な距離感を保てるかどうかも、本来であれば判断基準の一つになるのだろう。


 しかしアリシアは最後だからとダリルを座らせ、使用人に紅茶と茶菓子を用意させもてなした。ダリルはそれらに手を付けないものの、抵抗はせずに静かに座っている。無論、公爵家の使用人たちは部屋の端で控えており、二人きりという訳ではない。



「グラディウスさんにはこの一ヶ月、本当にお世話になりましたわ。あちこち歩き回るわたくしに、嫌な顔もしないでよく耐えてくださいました。もし職をお変えになることがあればゲネシス公爵領もお考えになってね。父や兄たちには優秀な方がいると言っておきますから」

「職務を果たしたまでです」



 そう言ってむっつりと口を閉ざすダリルに、アリシアはこの人もこの人で面白いなと笑う。彼はこの一ヶ月程ずっとこんな調子で、アリシアとて親交を深めようとは思っていなかったもののそれ以上に頑なだったのだ。しかし笑ってばかりもいられないので、すぐに本題に入る。



「先程の件なのですが、グラディウスさんからして殿下の仰っていることをどう思われます? ああ、勿論ここでのお話は外には――」

「あまりにも非常識で無礼な言い分かと存じます」

「……口外はしませんが、そこまで言わなくても大丈夫ですのよ? 相手は王家の――」

「王家であれば無作法が許される訳ではございません。むしろその逆である必要こそございます」

「グラディウスさん、もしかして怒ってらっしゃる?」

「当たり前です……!」



 荒らぐぎりぎり手前の声で、ダリルは悔しそうにそう言った。王家や自身より高貴な人間には理想を持つ人は少なくない。そうであるなら可哀想だなあ、とアリシアは頷いた。



「でも、そうね、よかったですわ。ああいうのが当たり前だと言われたら、どうしようかと思っておりましたの。言ってること滅茶苦茶でしたわよね? そうですよね?」

「ええ」

「そもそも選考の基準が分かりませんが、とりあえずそれは置いておいてニア様を選ばれたというのであれば、そのニア様と苦難を乗り越える決意があって当然ではなくて? それを国の発展だのなんだのと……。そんなものを盾にわたくしを駒のように扱うおつもりのご様子、正気の沙汰とは思えません。いえ、せめて臣下としてならまだ分かりますが、側妃って。というか、殿下はゲネシス公爵家にもクニクルス伯爵家にも喧嘩を売るおつもりなのかしら。我がゲネシス公爵家は言わずもがな権力を持っておりますし、クニクルス伯爵家は確かに伯爵位ですがニア様のお父様である現クニクルス伯爵は外交関係にとても強い方。その娘であるニア様をお飾りの愛玩にして、公爵家の娘であるわたくしの地位と功績を使おうだなんて厚かましいにも程が――はっ!」



 アリシアはまたやってしまったと、慌てて口に手をやった。相手が黙っていると調子に乗って延々話し続けてしまうのは彼女の悪い癖だ。その上、ダリルは本来王宮の騎士。期間限定でアリシアの護衛をしているだけで、彼女の配下でもなんでもないのだ。


 エドガーに言われたことが衝撃的過ぎて、わあわあと話してしまったがダリルがこのことを王家に伝えれば厄介なことになる。アリシアはごくりと唾を飲み込んだ。どうすべきか、魔法剣を持っているダリルを留める術を彼女は持たない。であれば――。



「どうなさいました、ゲネシス様」

「え?」

「話はまだ終わっていないのでしょう、どうぞ続きを」

「……いえ、冷静になれば、王家の方になんていう無礼を」

「ゲネシス様」

「はい」

「私は確かに王宮に仕える身です。しかし、現在は貴女の護衛。見聞きしたことを口外することなどございません」

「そう、それはとても素晴らしいことですわ」



 確かにダリルは潔癖で生真面目そうだ。その言葉を信頼してもいいのかもしれない。けれど、お互いに所詮は一ヶ月程の付き合いだ。懐に入れた者であっても裏切り裏切られなど貴族の世界では当たり前の出来事なのだから、用心に越したことはない。そうであるのに口を滑らせた自身が悪いのだけれど、とアリシアは黙って苦笑いをした。



「ご信頼いただけませんか」

「あら、そのようなことは」

「では」

「え?」



 ダリルはおもむろに立ち上がり、アリシアの前で跪いて魔法剣を掲げた。



「“この剣に誓い、私の心を貴女に預ける”」



 鈍く小さく魔法剣が光り、静かに消えた。一瞬の出来事だった。ダリルは何事もなかったようにまたソファに座りなおしたが、アリシアはあまりのことに言葉が出てこない。けれど、なかったことにはできないのだ。



「――っ、ぇ、あ、あの、い、今、何を」



 アリシアはひどく動揺をしていた。いつも自信に溢れてハキハキと喋る彼女が、こんなにも動揺するのはかなり珍しいことなのだ。しかし、それも仕方のないことで、部屋の端で控えていた公爵家の使用人たちも身じろいで驚きを隠せていない。



「魔法剣に誓いを立てました。これで、憂いなくお話し頂けるかと」

「ちか……ぇ、ふっふふふ、あっははは!」



 楽しい、楽しい、楽しい! アリシアは愉快で愉快でどうしようもなかった。令嬢としてあるまじき笑い方であるけれど、気にしていられない程だ。剣に誓いを立てるのは、騎士であればいつかは行うことだ。生涯に何度か行うことになってもおかしくはない。けれど、ダリルは“魔法剣”に誓いを立てたのだ。しかも、自身の心を預けると。王族でも公爵家の嫡子でもない、ただの令嬢であるだけのアリシアに。


 魔法剣は、ただの剣ではない。魔力が秘められた特別な剣で、魔力がない人間でも魔法を纏った斬撃を放つことができる。しかし、それだけではない。魔法剣は使用者を選ぶ。そして使用者の誓いを守る。


 魔法剣と誓いについては、いくつもの実話が存在する。特に有名なものは、二つ。一つは、「主を守る」と魔法剣に誓いを立てた騎士が死んだ後、その主に危機が迫った時には魔法剣が勝手に魔法を放ったというもの。そしてもう一つは、「決して主を裏切らない」と同じく魔法剣に誓った騎士が、主を裏切ったその時に魔法剣に貫かれ絶命したというものだ。ほかにも似たような話がいくつか存在している。


 逸話ではなく、実話なのだ。魔法剣への誓いは重い。だからこそ、王族であっても魔法剣を所有する騎士に誓いの強要はしてはならぬ、という法律もあるくらいなのだから。


 それを、大して何のこともないかのように、ダリルは行ったのだ。期間限定の護衛対象であるアリシアに対して、しかも“心を預ける”と!



「っふ、ふふ、っく……。し、失礼を、んん、こほん、はあ、はあ……」

「大丈夫ですか?」

「ん゙、大丈夫ですわ。もしかしたら、あんまり大丈夫でないかもしれませんが、大丈夫ですわ!」

「……」

「はあ、はあ、ふふ、心を預けて頂けるなど、光栄ですわ。動揺してしまって申し訳ございません。くふ、ですが、そんな大切なものを預けてしまって、本当によろしかったの? わたくしがそれを悪用するとは思わなかったのですか?」

「一切」

「んーふふふふふ!」



 アリシアはまたもや笑いを堪えられなかった。口をしっかりと塞いでしまっているのにどうしても笑い声がもれる。令嬢としてあり得ない姿を晒してしまっている自覚はあるのだ。更に後ろから自身が連れてきた使用人たちの視線を感じるが、ダリルが変なことばかり言うせいなのだから許してほしいとアリシアは笑いながら涙を拭った。



「はあはあ、んん、で、グラディウスさん。話の続きが聞きたい、ということでしたわよね?」

「ええ」

「お話しするのは構わないのですが、その前にどうしてそんなにも話の続きが聞きたいのかを教えていただいてもよろしいかしら」

「……」

「グラディウスさん?」

「……聞きたいから、だけではいけませんか?」

「いけなくはないですが、本当にそれだけですの? 噓偽りなく?」

「ええ」



 ダリルは特に表情を動かさずそう頷いた。伯爵家の令息であり魔法剣を扱えるほどの騎士であるダリルが、ただ話が聞きたいのだと、子どものように。


 そんなダリルの態度に、アリシアは笑いを堪えながら心の中でもう許してほしいと叫んだ。しかしアリシアも公爵令嬢。そんなことを本当に叫ぶ訳にはいかない。既に大声で笑ってしまった後なのでいまいち信憑性に欠けるが、これ以上の醜態を晒せないのも事実だ。



「い、いいでしょう。話の続きをいたしましょう。ただ、わたくしの話は長くてよ。グラディウスさんに耐えられるかしら」

「問題はありません」

「そう、では、ええと、どこまで話したかしら」

「『ゲネシス公爵家の地位と功績を使おうだなんて厚かましいにも程がある』……までです」

「……何の話をしていたかしら」

「王太子殿下の非常識で厚かましいという話です」

「今更ですけれど、王宮ですべき話ではありませんわね」

「今更です」

「ええ、ええ、まったく、その通りですわ!」



 少女のように軽やかにはしゃぎながらアリシアは話を続けた。公爵家の使用人が戸惑ったように少し身じろいだが、もう彼女の中でダリルは警戒をする対象の相手ではなかった。



「そもそも王太子殿下はどうして、あんな非常識な発言が許されると思ったのかしら。後ろに控えていた近衛騎士の方は目を見開いていたわ。もしかするとあの方の独断なのかもしれませんね。そもそも我が国は基本的に一夫一婦制です。王族にのみ、直系の血筋が絶える可能性がある時にだけ側妃という制度が認められていますが……。まあ、あの方も内々とはいえ側妃みたいな方から生まれたから、その制度を悪く思っていないのでしょうけれど」

「側妃みたいな方、とは……?」

「あら、ご存知ない?」



 アリシアは小さく首を傾げるが、ダリルは頷くだけだった。



「公然の秘密というやつですわ。王太子殿下は王妃殿下のご子息ではありません。あの方の本当のお母様は未亡人の子爵夫人でしたの。現在では王女殿下を出産されていますが、当時王妃殿下は不妊に苦しんでおられて、そこで出産実績のある子爵家の夫人が莫大な金銭と引き換えに王太子殿下を出産されたのです。国王夫妻は仲が非常にいいでしょう? 更に王妃殿下は大国アストラム皇国のお姫様ですし、側妃を召し上げるのは現実的ではなかったの。高位貴族たちも軒並み怖気づいていたと聞いています。それで生まれた王太子殿下は王妃殿下が産んだ、と内外に発信をしたもののこの国の貴族は事実を知っていることが多いですわね」

「……不潔だ」

「そういう貴方は潔癖そうね」



 クスクスと笑いながら、アリシアは焼き菓子を口にした。ダリルは眉間に皺を寄せて威圧感を醸し出しているが、アリシアにはそんなことを恐れるあどけなさなどない。



「夫婦仲がよかったというのであれば、養子をとるか、それこそ待てばよかった話では? 結局、王女殿下はいらっしゃるのですから」

「子爵夫人を推薦したのは王妃殿下ご自身だったと聞いています。未来のことなどわかりませんもの、どうしても国王陛下のお子が欲しかったのでしょうね。金銭で動いてくれたのは子爵夫人くらいだったらしいですが、他にも複数人に声をかけていらっしゃったようですし」

「……」

「そんな顔をなさらないのよ。まあ、時代やその時の状況によって最適解など変わるものですから。で、話を戻しますが、父君である国王陛下も形の上では一夫一婦です。あの方も王妃殿下の息子として育てられています。この国で側妃が最後に認められたのは、確か……二代前、いえ、三代前だったかしら。とにかく先代国王の時代にはもう側妃はいらっしゃらなかったわ。それなのにどうして側妃なんて、それも地位の高いわたくしの方を? ……もしかして、もしかすると、王太子殿下は、頭が」

「悪いのでしょうね」

「ふふ、もうっ、そんなにはっきりと言ってはいけませんわ!」



 本当に愉快で仕方がなかった。アリシアは元々“普通の貴族令嬢”ではなかったかもしれないが、正しく貴族の娘として振る舞うことはできる。だからこそ、家族以外にこんなにも本心を話したことはないのだ。


 アリシアにとってこの会話は楽しい時間であったけれど、ダリルにとってはそうではなかったらしい。くっきりと刻まれた眉間の皺はそのままだ。



「……どうなさるおつもりですか?」

「勿論、お断りします。愛国精神というものが欠片もない訳ではありませんが、王太子殿下個人の身勝手な要求を呑むつもりはありません。それに」

「それに?」

「あれはやはり、公爵令嬢であるわたくしへの侮辱ですわ。ひいてはゲネシス公爵家への侮辱でもあります。ニア様とクニクルス伯爵家への侮りもあったように感じましたし、きっちりとやり返しますわ」

「お手伝いできることがあれば、何なりと」

「あら、では、わたくしのことはアリシアと呼んでください」



 にこりと微笑むアリシアに、ダリルはぱちりと瞬きをした。驚いたらしいダリルは、いつもりより幼く見える。初めて見る表情だとアリシアは更に笑みを深めた。



「駄目かしら?」

「いえ、問題はありません、アリシア様。では、私のことはダリルとお呼びください」

「ええ、ありがとう、ダリル。明日は面白いものを見せられると思います。楽しみにしていてくださいな」



 ふふ、とまた笑ってアリシアは今夜は忙しくなると覚悟を決めた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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