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二・意見交換と与太話

 王太子妃に立候補した令嬢たちは既に一ヶ月近く王宮で過ごしている。初めは慣れない環境に戸惑っていた者もいたが、そこはあくまでも貴族令嬢。すぐに王宮のしきたりに順応し、思い思いの生活を送っていた。


 貴族としてのコネクションを広げようとする者、王宮に所蔵されている美術品などを鑑賞する者、アリシアのように王宮での業務を見学・勉強する者、そして王太子との接点を多く持とうとする者と様々だった。本来、王太子妃になるべくやって来たのであるから、王太子に気に入られようと様々な行動を起こすのは当然のことである。そうではあるのだが、それを早々に諦めた者も少なくはない。



「まったく、お決めになっているならさっさと宣言なさればいいものを。そう思いませんこと、アリシア様」



 アリシアの目の前でそう言うのは、エスメ・シムラクルム侯爵令嬢だ。エスメもアリシアと同様、早々に諦めた令嬢の一人で、だからこそコネクション作りに勤しんでいる。


 シムラクルム侯爵家は古くからサトウキビの栽培と砂糖の加工品の生産を手広く行っており、砂糖外交で一財産を築いたとも言われている名門だ。その家の娘であるエスメがお茶会に新作の茶菓子を出すとなれば、王宮に集まった令嬢たちだけではなく、噂を聞きつけた高位貴族のご夫人方も多く参加する。エスメはそうやって着実に、顧客とコネクションを広げていた。アリシアは彼女のそういう強かさを気に入っている。



「まあ、いろいろとあるのでしょうね」

「あたくし、立候補を今になって後悔しておりますわ。父に言われたのもありますけれど、王都の華々しさを体験できてついでに麗しの王子様を間近で見られて、更には自分を試すにもよい機会だと思いましたのに、とんだ出来レース。これでニア様以外にお決まりでしたら驚きますわ」



 エスメは少しいじけた声を出した。状況を正しく理解し早々に見切りはつけたものの、彼女もまだ若くあどけない娘だ。王太子がニアばかりに注目をするという、不平等すぎるこの状況を消化しきれないでいた。そんないじらしさも人間らしくていいとアリシアは微笑んだ。



「ふふ、彼女、面白いところがおありですからね」

「……面白いとは?」

「あの方、三日目にわたくしの部屋にいきなりやってきて『私に足りないことを教えてください』と言うのだもの。驚きましたわ」

「前触れもなく? なんてはしたない……。大体、足りないとは何のことなんですの?」

「王妃様から直々に、『貴女は愛らしく優しいけれど、妃となるには足りなすぎる』と言われたそうですわ。そして、その足りない部分をわたくしが持っているとも」

「それで直接アリシア様に聞きに来るなんて……」

「面白いでしょう? わたくし、びっくりしてしまって」

「それ、本当に面白いと思っていらっしゃるのね。あたくしだったら微笑んで、さようならと言うわ」



 エスメは呆れたようにアリシアを見つめた。ニアもニアだが、アリシアもアリシアだとエスメは思ったのだ。アリシアは彼女の視線からそう思われていることを察しながらも、気にせずに話を続ける。



「そうしてもよかったのですけれど、面白いからいくつかヒントを差し上げましたわ。『貴族としての振る舞い、知識、覚悟かしら』って」

「それはヒントじゃなくて答えですわ」

「あら、それでも彼女は分かっていらっしゃらないようでしたもの。ヒントに違いありませんわ。『これ以上はわたくしたち王太子妃の座を争うライバル同士ですもの、お答えしかねます』と言ったらきちんと納得してくださいましたし」



 あれは本当に愉快な出来事だった。アリシアの連れてきた公爵家の使用人たちが『何だこの恥知らずは』という白けた雰囲気を醸し出していたにも関わらず、ニアはそれに一切気付かないのだから。むしろニアに付き添っていた護衛騎士が冷や汗をかいているという不思議な空間ができあがっていた。


 しかしアリシアはこうも思った。あのくらいの肝の太さがあれば、大抵のことは乗り越えて行けるのではなかろうか、と。ニアは、まだ少女だ。善性があることは確かなのだし、これから学び大人になっていけば王妃として相応しく成長する可能性は大いにあるだろう。



「あの方、あれで伯爵家の跡取り娘だったのでしょう? 驚きですわ」

「あら、逆にああいうふうに故意に育てたのかもしれませんよ。何も知らない可愛らしいお嬢さんが好きな殿方も多いと聞きます。可愛い娘に優秀な婿を取らせて、地盤を固めることを狙っていたのでは?」

「あれはやりすぎですわ」

「でも、実際、殿下は彼女に夢中なのですからあながち間違いでもないでしょう」

「……ぞっとしますわ、何がとは言いませんが」



 エスメは気分が悪そうに首を横に振った。ニアは、クニクルス伯爵の一人娘だ。つまり、女伯爵になる可能性もある人だった。ニアの雰囲気から、婿に伯爵位を継がせることを想定していたのだろうけれど、それにしてもあんまりだった。


 選考会には、ニアのように跡取り娘も参加している。選ばれれば王妃だが、その場合は親戚がいくらでも新しい跡継ぎを用意するのだから問題はないのだ。問題があるような人は、そもそも参加はしない。


 これはアリシアの推測だが、クニクルス伯爵はニアが選ばれることなど微塵も考えておらず、交友関係を広げてくることと行儀作法の習得を期待して送り出したのではなかろうかと考えている。ニアの所作はどれも子どもがやっと覚えたような拙さで、間違ってはいないがあまりにも不格好なのだ。可愛らしいといえば可愛らしいが、妙齢の貴族令嬢としては顰蹙を買ってもおかしくない。ニアは年の近い高位貴族令嬢の友人もいないようであるし、おそらく間違ってはいないのだろう。



「確かに面白くて度胸はおありなのでしょうけれど、あの方が王太子妃、ひいては王妃になると思うと……」

「その二つさえあれば、どうにかなるのでは? 不足があったとしてもそこは王太子殿下がどうにかなさいますでしょう」

「それは、まあそうでしょうね。あの方の足りなさは初日の時点で皆さんお分かりです。それでも、と仰るのなら、そうなのでしょう」

「ええ、わたくしたちが考えることではありませんわ。少なくとも今は」

「あら、王宮内で随分怖いことを仰いますのね」

「怖いこと? まあ、何のことかしら」



 うふふ、と二人は笑い合う。一瞬だけぴり、と空気が張りつめたけれど、それはほんの僅かの時間だった。



「それにしても、エスメ様。このショコラ、本当に綺麗な細工ですね。職人の方々は領地にいらっしゃるの?」

「ええ、我が領地では菓子職人の養成にも力を入れておりますの。王妃殿下にもお褒めの言葉を頂きましたのよ。ですが、最近台風が多いでしょう? 原材料のカカオの輸入が滞っておりますの。うちは魔法使いが少ない地域ですから、毎回キャラバンに台風の防御ができるような上級の魔法使いを付ける訳にもいきませんし……」

「あら、でしたら、期間を決めて我が家の魔法使いを数名派遣しましょうか? その代わりに――」

「こちらからは菓子職人を? ふふ、父に話しておきますわ」


―――


 王宮の広く長い廊下を歩きながら、アリシアはダリルに次の行先をつげる。



「では、グラディウスさん。本日はもう時間があまりございませんので、庭園鑑賞に行こうと思います。王室お抱え庭師の庭をもう少し勉強しておきたいの」



 エスメとの茶会が終わり、時刻はもう夕方に差し掛かっていた。食事は各々のタイミングでとっていいことになっているが、月が上り切る頃には自室に戻るのが暗黙の了解となっている。いつでも王族の呼び出しに応えられるようにだ。


 しかしまだ時間に余裕はある。王宮は探索するところが多く、いくら見ても見飽きないのだ。アリシアは、王宮を辞する前にできるだけ多くを目に焼き付けようと躍起になっていた。



「……」

「グラディウスさん?」



 返事がないことを不思議に思ったアリシアが、立ち止まって振り返る。いつもならすぐに「承知しました」と言うダリルが、黙ったまま彼女を見ていた。



「本日は、もうお戻りになりませんか?」

「あら、どうして? 何か不都合でもおあり?」

「多少、顔色が」

「……あら」



 指摘され、アリシアは頬に手をやる。侍女にも指摘を受けていたことで、化粧でどうにか誤魔化すよう頼んだのだ。鏡に映った顔はそう悪くなかったと思うのだけれど、とため息を吐きかけたのをどうにか呑み込みつつアリシアは微笑んだ。



「でもね、グラディウスさん。時間は有限ですのよ、ちょっとくらいの無茶をしなければならない時もございますわ」

「それは本当に今でしょうか?」

「それは――」



 アリシアがダリルに言い返そうとしたその時、二人の後方から声が投げかけられた。



「アリシア嬢」

「これは王太子殿下、ご機嫌麗しく」



 アリシアが礼をとるのと同時に、ダリルは無言で半歩後ろに下がる。こういう当たり前のさり気なさは意外と難しいが、さすがは王宮付きの騎士だとアリシアはいちいち感心していた。……目の前の、地位にかまけて気使いが疎かになっているエドガーとは真逆であるとも思った。



「君には、一言声をかけておこうと思ってね」

「まあ、光栄ですわ。一体、どのようなご用件でしょう?」



 いくら王族といえど、いや、王族であるからこそ、こんな廊下で公爵令嬢を呼び止めるとは礼儀に欠けている。元々の関係性があったり、職務上のことであるのならばいざ知らず、高位の者が下位の者を廊下で呼び止め、会話を持ちかけるなど誰にどう取られるか分かったものではない。最悪の場合には軽んじられていると思われて仕方がない行為だ。


 これらは確かにそう目くじらを立てる程でもないが、つまりこういった積み重ねは重要なのである。ただでさえ今は王太子妃の選考期間なのだから、エドガーは殊更気を使うべきであるのだ。こんな簡単なことも分からないなんて、エドガーの教育係は彼に何を教えたのかしらとアリシアの疑問は尽きない。



「悪く思わないでほしいのだが、選考の結果、王太子妃はニアに決まったよ」

「……あら、そうですの」



 わあ、とアリシアは心の中で大爆笑した。発表前の重大事項をこんな廊下で、しかも人払いすらせずに立ち話で暴露するなんて、エドガーはいろんな意味で大物だ。王太子付きのベテラン近衛騎士がほんのわずかに眉を動かしたが、その動揺も彼には感じられないらしい。肝の太いニアと大物のエドガー、彼女が王太子妃で彼が王太子。これからこの国は面白くなるかもしれない、とアリシアはにっこり笑った。



「選ばれなかったことは残念に思いますが、どうぞお気になさらず。誰かが選ばれるということは、誰かが選ばれないということですから。ニア様へお祝い申し上げますわ」

「君程の才媛なら、そう言ってくれると思ったよ。正式な発表は明日行うのだが、その前にもう一つ伝えたいことがあってね」

「何でしょう?」

「君を側妃に推薦しようと思っている」

「……はい?」



 今度こそエドガーの後ろに控えている近衛騎士の目が見開かれたが、彼に背中を向けているエドガーはやはりそれに気づかなかった。アリシアはそれを見て少し平静を取り戻す。



「ニアは優しく素晴らしい女性で、王太子妃に相応しい。ただ生まれが伯爵家で、その上少し夢見がちだ」

「理想を語れるのは大事なことですわ」

「しかし実現性に欠けている。そこでアリシア嬢、君の出番だ」

「わたくし?」

「君の政治手腕は素晴らしい。父上や議会の貴族たちも一目を置いている。且つ、君は公爵令嬢で、高位貴族としての振る舞いにも長けている。この一ヶ月能動的に王宮の仕事を勉強していたことも知っているよ。君を妃にという声も多かった。けれど私は、ニアに恋してしまったんだ。悪く思わないでくれ」

「はあ」



 こんなにも嬉しくない賞賛がかつてあっただろうか、とアリシアは気の抜けた声を出してしまった。しかし、エドガーは気にならなかったようだ。



「だが、君はこの国にとって必要な人材だとは思う。私とニアを支え、側妃として一緒にこの国を発展させていって欲しいんだ」

「まあ……」



 面白い与太話ではあったが、さすがに心から笑うことができずアリシアが愛想笑いを浮かべたところで、近衛騎士が声を上げた。



「ご歓談中失礼いたします。殿下、そろそろ陛下とのお約束時間が」

「ああ、そうだな。では、アリシア嬢、また明日」

「ええ、殿下。ご機嫌よう」



 アリシアとダリルはエドガーが背を向けた瞬間に、同じような無の表情で彼を見送った。



「……グラディウスさん」

「はい」

「本日はもう部屋に戻ろうと思うのですが」

「賢明なご判断かと」

「では、参りましょう」

「ええ」



読んでいただき、ありがとうございました。

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